黒ずきんちゃん





多分…昔。森にひっそりと暮らす、親子がいました。
その親子は大層仲が良く、いつも笑って過ごしていました。
そんな親子にとある一報が届きました。それは、2人にとって、とても大切なお祖母ちゃん(エステル)が風邪で寝込んだという知らせでした。
そこで、お母さん(フレン)は娘(ユーリ)をお見舞いに行かせる事にしました。

「いいかいっ!?ユーリっ!!」
「あー、もう。なんだよ」
「エステリーゼ様に会いに行くんだっ。口の聞き方と態度に気をつけるんだよっ!?それから、間違っても、エ、エ、エステルなんて呼ばないようにっ!!」
「分かった分かった。っとにもう、耳タコだって」
「ユーリっ、あと、森には凶悪な狼がいるから、出会ったら直ぐに斬るんだよっ」
「……はい?」
「いいね?問答無用で斬るんだよっ!?」
「お、おう?」
「じゃ、はい。これ。風邪薬とワインと僕の手製のパン」
「…分かった。んじゃ、行って来る」
「なるべく、寄り道なんてしないで真っ直ぐ行って、真っ直ぐ帰って来てねっ」

フレンからもろもろの物が入ったバスケットを渡され、ユーリはフレンに見送られ家を出ました。手にはしっかりと愛刀が握られています。
森の中、家から離れ進んだ所でユーリは足を止め悩みました。

(…大丈夫なんだろうな…。さっき手製って言ってたし…確かめてみるか)

さっそく寄り道をするようです。
森の中をしばらく進み、調度いい切り株へ腰を降ろし、バスケットを空けました。
そこには、素晴らしく想像通りの…。

「何だ…この、紫と緑のグラデーションかかったパンは…?」

世のモノとは思えないパンが入っていました。
人にあげる物とは言え、何やら恐怖を覚えたので少し千切り、意を決して口の中に放り込みました。

「うぐっ!?」

ユーリは唸りました。

(な、なんだコレっ!?なんだコレぇっ!?最初、ほんのり甘さがあるかと思いきや、極度の塩気と苦味が同時に押し寄せ、止めと言わんばりに酸っぱさが口の中を駆けずり回る。しかも、表面はしっかり焼けているが、噛んだ瞬間ぐちゃって、ぐちゃって潰れるっ!?中は柔らかい通り越して生そのものだっ!!)

一言で言うと、不味い。
果てしなく、不味い。
とにかく、不味い。
すごく、不味い。

(こんなモン、病人に食わせられるわけねぇだろっ!!………どっかに、捨てるか…)

ゆっくりと立ち上がり、余りの不味さに溢れた涙を拭った。
そして、そのまま森の中を歩いていると。

「おーい、青年ー」

遠くから声がします。
その声の主は、森に住んでいる狼(レイヴン)の声でした。
ユーリは、フレンの教え通り、刀を引き抜き問答無用で斬りつけました。

「どほぉっ!?」

はしっ。
レイヴンは何とか刃を掴み、攻撃を阻止しました。

「何すんのよっ、いきなりっ」
「いや、フレンが問答無用で斬れって言うから」
「そんな物騒な事、あっさり実行しないで頂戴っ!!」
「あいつ、言う事まもらねぇとクドクドと五月蝿ぇんだ。だから、な?」
「いやいやいやっ、な?じゃないわよっ!と、とにかく、その刀、納めてっ!!」
「ちっ、仕方ねぇな」

仕方なく刀を鞘に納めると、レイヴンはほっと一息つきました。

「所で、青年?もしかして、これから嬢ちゃんの所に行くの?」
「あ?あぁ。そうだけど?」
「それ、手に持ってるのワイン?」
「って言ってたな。フレンは。あと書状だと」
「ふ〜ん。おっさん、その書状見てもいい?」
「駄目だ。一応、フレンからエステルに渡せって言われてるからな」
「成る程ねー。それじゃあさ、青年。すまないけど、おっさんのお使いも頼まれてくんない?」
「内容による」
「簡単よー?嬢ちゃんがお花が欲しいって言ってたんだけど、おっさん用事入っちゃってねー」
「花?なんで?」
「さー?風邪引いて寝てばっかで暇なんじゃない?」
「暇、ねぇ…?」

じーっと、レイヴンを見ると、しれーっとしている。
嘘くさい。
しかし、花なんてすぐ摘める。
そんなのは寄り道に入らないだろう。
仕方ないな、とユーリは妥協した。

「分かった。その代わり後で何か奢れよ」
「…ただでは起きないわね。青年」
「当たり前だろ。じゃあな」
「ほいほーい」

レイブンと別れ、パンを捨てる場所を探しつつ、花畑に着いた。
適当に花をブチブチと摘み、花が無くなった所に穴を掘りフレン特製殺人パンを埋葬した。
脅威のパンがなくなった事に、とりあえず安堵するとさっさとエステルの家へ向かった。

コンコン。コンコン。
ドアをノックすると、中から小さく返事が返ってきた事を確認すると遠慮も無く中へと入った。
そこには、ベットの上に横になる、エステルがいた。

「おーい、エステル。大丈夫かー?」

布団を被り、顔が見えない。
だから、とりあえず声をかけた。

「だ、大丈夫です」

返事が返ってきた。が、物凄い太い声だった。

「すごい声だな。一体どうしたんだ?」
「か、風邪が悪化したんです」
「そっか。そういや、何で布団から顔出さないんだ?」
「ユーリに風邪うつしちゃいけないからです」
「ふーん。大丈夫か?」
「大丈夫です。ユーリが持ってきたワインがあれば治ります」
「…そうか。んじゃ、好きなだけ飲めよ。おっさん」
「あ、あれ?バレバレ?」

ガバリと布団を剥ぎ、出てきたのはさっき別れたレイヴンだった。

「さーてと、エステルを何処に隠したのか、白状してもらおうか…?」

バキバキとユーリの指が鳴ります。
目は立派に仕事人です。

「それがねぇ、嬢ちゃん。いないのよねー」
「いない?…食べたの間違いじゃないだろうな…?」
「そ、そんな訳ないじゃないっ。それに、おっさんは青年の方が好みよ」
「なに言ってっ、うおっ!?」

レイヴンがユーリの腕を引き、ベットへと引き込みました。

「たまには俺様といちゃいちゃしても、いいだろ?」
「ば、馬鹿言うなっ!放せっ!!」
「や〜ん。真っ赤になって、青年かーわーいーいー☆」

結構本気で暴れているのに、レイヴンは予想外に強いようです。
顎に手をあてられ、ぐいっとレイヴンの方を向けられ、

「それじゃ、いただきま〜すっ」
「や、やめっ」

唇が重なろうとした瞬間。

「ファイヤーボールっ!!」

火の玉がレイヴン目掛けて飛んできました。

「のわーっ!?」

今がチャンスと抜け出すと同時に、レイヴンが燃やされた。
いい感じに焦げたレイヴンの尻尾を掴み、ずるずると外に連れ出したのは狩人(リタ)だった。
家の中に残されたユーリがほっと落ち着いた。

「…リタか。正直、助かった…」
―――『バーンストライクっ!!……』
「大丈夫ですっ?ユーリっ!?」
―――『ちょ、リタっち。もう、勘弁してっ!!』
「エステルっ?お前、何処いたんだ?風邪はもういいのか?」
―――『絶対、許さなーいっ!!天光満る所に…』
「はい、リタに薬を作ってもらったので」
―――『それ、秘奥義じゃないのぉーっ!?』
「そっか、じゃあ、これもう必要ないな。んでも、一応渡しとく」
―――『インデグネーションっ!!』
「あ、お薬?有難う御座いますっ。これは、書状ですね?返事は直接フレンに渡しますね」
―――『ぎゃあああああああっ!!』
「…ってか、外めちゃくちゃウルセーな」
「…ですね…」

その後、リタがレイヴンを引き連れ、帰っていった。
そして、風邪が治ったエステルと共にユーリは家へと帰っていった。

「お帰りっ。ユーリっ、遅いじゃないかっ。やっぱり寄り道してたんだねっ!?」
「…したくて、したんじゃねぇよ。それに、エステル連れて走るわけにはいかないだろーが」
「こんばんは。フレン。お邪魔しますね」
「こ、これはエステリーゼ様っ。失礼いたしましたっ」
「晩飯に誘ったんだ。風邪も治ったらしいし、いいだろ?」
「勿論だ」
「んじゃ、2人とも座って待ってろよ。直ぐに飯作ってやるから」

そう言って台所にユーリが消えたのを見送り、エステルとフレンは席につき雑談を始めた。そして…。

「って、レイヴンとベットの上にいたので、私びっくりしちゃいまして」
「…ベットの上に?」
「はい。ベットの上に。…フレン?」

ガタンッ。
椅子を倒す勢いで立ち上がり、

「ユーリっ!!だから狼は直ぐに斬るように言っただろーっ!!」

台所にいるユーリに向かって走っていったとさ。
めでたしめでたし。

『黒ずきんちゃん』って一言も出てないんだけど、いいのー?(レイヴン談)