掟その4 行事には積極的に参加しよう(文化祭編)
■ 前編 ■
体育祭もやっと終わったかと思うと次は文化祭。
秋の行事は次から次へとやってくる。
そんな中、ユーリは一人クラスメイト全員を相手に戦っていた。
「絶対にやらねぇぞっ、オレはっ」
「ユーリ、いい加減諦めろって。多数決でもう決まったんだから」
アシェットが呆れたように言うが、ユーリはここで引く訳には行かない。
「そもそも、男だけのメイド喫茶って、おかしいだろっ」
「女だけの執事喫茶ってのがあるんだから、別にいいんじゃね?」
「いやいやいやっ!可笑しい事この上ないだろっ!!」
「あー、ユーリ。往生際が悪いぞ。別にいいだろ。女装くらい」
「だったらお前やれよっ」
「え?俺?いやー、俺はユーリみたいに似合わないからなー」
「アシェット…。歯ぁ喰いしばれ…。いや、いっそ喰いしばるな。力の限り殴ってやるから」
ギリッ。
ユーリの拳が握り締められる音が聞こえ、アシェットは流石に危機感を感じ、数歩後ろに下がる。
ジリジリと間合いを取る二人をクラスメートは見世物の様にやいのやいの騒いでいた。
しかし、クラス委員長にしてみれば、いい加減決めてしまわないとHRの時間が終わってしまうのだ。
この時間内に決めて提出しなければ予算を得る事が出来ない。
そろそろ口を出すべきか、否か。
迷っていると予想外の所から声が上がった。
「だったら、二つ合わせてみたらどうかしら?」
ジュディスが楽しげに微笑みながら意見した。
意味が理解出来ず、ユーリが問い返すとジュディスは改めて説明を始めた。
「『男だけ』『女だけ』が不公平なのだから、メイド執事喫茶にして皆一斉にコスプレすればいいのよ」
「いやいやいや、ジュディ。それは解決になって…」
「それと、平等にする為に、皆くじにすればいいわ。そうね…。執事、メイド、当日裏方、前日準備の4つでどう?」
「だからな、ジュディ。オレは」
「大丈夫。確率的には四分の一の確率なのだから。メイドを引き当てなければいいのよ」
「それは、そう…だな」
ここでユーリは納得してはいけなかった。
本当は心の何処かで知っていたのだ。以前、ジュディスの出した案で見事メイドを引き当ててしまった事を。
けれど、ここで何時までもごねていると流石にアシェット所かクラスメートの皆が敵に回ってしまう。既に回っている感は否めないが。
それだけは避けなくては…。
そして、やはり何時もの様にどこから取り出されたのか、ティッシュの箱を改造して作られたくじ引きBOX。
クラスメート全員自分の賭けなくてもいいプライドを賭け、いざ勝負に出たのだ。
そして―――文化祭当日。
ユーリは、下宿の自室でベットに腰を下ろし、目の前にあるバッグを睨みつけていた。
その中には、恐怖のメイド服が入っている。そう、見事にくじを引いてしまった。
もし、許されるならば窓の外に捨てたい。そして、正直文化祭をサボりたい。
だが、進学を決めた今。それは許される筈も無く…。
「はぁ〜…。なんっでこうクジ運が悪いんだ。オレは…」
これでメイド服を着るのは二度目だ。
以前着た時にもう二度と着るまいと誓ったのに。
だが何より苦痛なのが…。
『当日はお菓子やら道具やらの搬入で着替える場所なんてねぇから、メイド、執事担当は着替えて登校な』
……ありえねぇ。
いっそトイレでも着替えれる。
そう訴えたものの、トイレの臭いさせて食い物運ぶ気か?なんて言われたら反論も出来なかった。
「これ着て朝飯の準備とか、マジでありえねぇ…」
何で今日に限ってオレが朝飯当番なんだ。
何時もはまず制服を着て、朝食、片づけが済んだらすぐに登校出来る様にしている。
朝は何かと忙しいから。だから今日は制服の代わりにこれ(メイド服)を着て朝食の準備をしなくてはいけない。
しかし、それだけは避けたい。
マジで勘弁被りたい。
となるとやっぱり、クラスの奴らに何を言われても、学校で着替える。
それしかない。
覚悟を決め、制服に着替えると部屋のドアを開けた。
すると目の前のドアも同時に開き、そこには…。
「…フ、レン?」
「なんだい?ユーリ」
「お、前…。何て恰好…」
「あぁ、これかい?今日の文化祭。僕のクラスの喫茶店はコレなんだ」
「喫茶店で、白銀の鎧って可笑しいだろ」
「まぁ、それは仕方ないな。なんでも、ファンタジー喫茶。らしいから」
「それで騎士の恰好かよ。すげぇな」
何でだろう。何時も堅苦しいフレンが更に堅苦しく見える。この不思議。
しかもグローブ付けて配膳とは大丈夫なものだろうか?
ちょっと気になって鎧に触れてみると意外にしっかり出来ているのか固い。
これ材質何だろう…?
とか、考えてる間に、フレンがユーリを不審げな目で見つめていた。
「所で、どうして君は制服のままなんだい?」
「えっ?」
「おかしいな。僕の記憶が正しければ、君のクラスはメイド執事喫茶だろう?」
「……オレ裏方…」
「見え透いた嘘をつかない様に」
「何で嘘って言い切れるんだよ」
「簡単だよ。そのベットの前にあるバック。衣装が入ってるんだろ?」
「ち、違うっ!それは違うっ!」
「…焦ってる地点で認めている様なものだよ。ほら、ユーリ。戻って戻って」
「あ、おいっ。ちょっ」
うきうきとしているフレンに背を押され、部屋に戻される。
ユーリをそっちのけで、鞄のチャックを開けたフレンの目が中に入っている物を確認して更に輝いた。
その時のユーリの行動は早かった。くるっと振り返り閉められたドアを開け、逃走を図る。
…だが。ドアを開けた目の前ににっこり笑ったジュディスがメイド服で聳え立っていた。
終わった。
ユーリがそう思ったかどうかは定かではない。
しかし、前門の虎、後門の狼。まさにその状態だった。
逃げられない。冷や汗がだらだらだらだら…。
「ユーリ、どうして制服を着ているのかしら?」
「こ、これはその…」
「ジュディスの言う通りだ。ユーリ。僕も手伝うから」
そして、強制的にメイド服を着せられたのは言うまでも無い事だった。
ミニスカートのメイド服(ジュディスとお揃い)着せられたユーリは泣く泣くその格好で階段を下りリビングへ行くとそこには既にカロルとパティ以外の下宿のメンバーが揃っており、ユーリの姿を見ると一瞬にして固まってしまった。
けれど、それはユーリも、その後ろに立っていたフレンも同じだった。
「み、んな。凄い恰好だね」
「……オレはまだマシな方なんだな」
ユーリの女装ですらマシと言わせるこの状況。それは、リタのナース服に始まり、レイヴンのメイド服姿。そしてなんと言っても。
「……エステル、それで外を歩くのはちょっとやばいんじゃないか?」
「そうなんです?結構動きやすいですよ?」
「エステリーゼ様。僕もユーリに同意です。流石に、その格好は…」
「似合わない、です?」
「いやいや。そーじゃないのよ。嬢ちゃん。でも、ほぼ水着に近いその格好で外を歩くと色んな意味で危険よ?って事」
「水着じゃないですっ!ぷろれすらーですっ!!」
……いや。男の目から見たら一緒だ。
女子プロレスラーのヒールレスラーのようだ。しかし、レオタード…。お金持ちの生粋のお嬢様にこんな恰好させて歩かせていいものだろうか…。
ユーリとフレン、そしてレイヴンが目だけで会話する。
(平気だと思う?)
(いや、これ完全にアウトでしょ)
(けど、こんなやる気満々のエステル止めれるか?)
(無理無理)
(おっさん、エステルとリタだけでも車で学校まで送ってやれよ)
(お願いします)
(そうしますか。あー、二人とも自分が持ってる服でデカイ服とかあったら貸してあげなさい。彼女等の服だと足まで隠れないでしょ)
(了解)
(分かりました)
視線だけの会話。
だが、何故か通じ合った三人は同時に頷き、ユーリとフレンは一旦部屋に戻り、レイヴンは鞄を漁り始めた。
数分後降りてきたユーリの手にはパーカートレーナー、フレンの手にはチェック柄のカジュアルロングシャツが。
そして、レイヴンの手には車の鍵が握られていた。
「ほら、リタ。これ着ろ」
「えっ?何よ、これ」
「オレの服。エステル程じゃないが、お前も流石にその格好は歩けないだろ。ってか、歩かせる訳にはいかねぇ。下宿の兄として」
「同じ理由でエステリーゼ様もこれをどうぞ」
「これ、フレンの服です?」
「そうです。これならば、少なくとも膝上までは隠れますので、どうか、その格好のまま歩くのだけは…」
しかし、ぶかぶかの男服を着せると言う行動も意外と男性のツボを突いている事を彼らは失念していたのだが、今この時は二人の姿を隠せた事に安堵し気付く事無く朝の作業へと移るのだった。
ユーリは何時ものようにキッチンに入り、冷蔵庫を開ける。今日は時間も無い事だし、と簡単にお握りとみそ汁にする事に決めた。
昨日炊いといたご飯もたっぷりある。ボールにご飯を開け、少し冷ましてる間に皿を用意して、鍋にお水を入れコンロに上げ火をつける。塩が入っている入れ物を目の前に置き、海苔を手頃のサイズに切り、昨日の夜焼いておいた魚をレンジで温める。
何時ものように動いているとふとある事に気付く。じーっと誰かの視線を感じる事に。
誰なんて言うまでも無い。
「おい。フレン。じーっと見てられると気持ちわりぃんだけど」
作業を止めずに言うと、自分に気付いてくれたのが嬉しいのか、ぱぁっと顔を綻ばせユーリに背後から抱きついた。
いきなりそう出るとは思わず、「うおっ!?」と声を上げ、自分に抱きついてきたフレンをジロリと睨みつける。
しかし、フレンはそれすらも嬉しそうに、ニッコリと笑って受け入れ抱き締める腕に力を込めた。
「ユーリ、可愛い」
「全然嬉しくねぇし。お前今日の当番どうしたんだよ」
「今日はリタが掃除当番だよ」
「あ?そうだったか?」
「うん」
会話がそこで途切れる。
そして、思い出す。未だに、後ろから抱き締められてるのは何でだ?
そもそも、料理作ってる時は邪魔で仕方ねぇんだけど?
その意味も込め、もう一度ジロリと睨むと今度はフレンにしては珍しく少し意地の悪い笑みを浮かべ、そして。
「んむぅっ!?」
突然頬に手を当てたかと思うと、肩にあるフレンの顔の方を向かされ、突然唇に噛みつかれた。
正しくは―――『キス』された。
なのだが、あんまり勢い良く唇を重ねられた為、つい噛みつかれたと表現したくなってしまう。
唇を舌でなぞられ、かと思うと啄むようにして、ユーリが油断した所に舌を口の中へ押し込み、ユーリの口内を荒らし回る。
充分味わいつくして、ユーリの吐息すら奪うような深い深いキスをして、フレンは満足した。
「おまっ…ばかっ…」
「心配なんだ。ユーリが他の人に取られないか。ユーリは…僕のだからね?」
顔を真っ赤にしたユーリにフレンは更に追いうちをかけた。
ユーリの項に鼻先を突っ込み、キスをして、きつく吸い上げるとそこに赤く小さな印が出来上がった。
言わずとしれた、世に言う所のキスマーク。
しかし、項など自分には見えやしない。そして、どこか鈍感なユーリは今のフレンの行動に気付く訳がない。
けれど、フレンにして見れば自分の所有印が押せたのだ。
ニッコリとユーリに笑いかけると、もう一度触れるだけのキスをして、キッチンを出て行った。
嵐が過ぎ去った後のユーリ。
「ま、またこのパターンかよ。……いい加減フレンとのキスに慣れちまいそーだ…」
ぼそりと、呟くと触れ合っていた唇を手の甲で軽くこすった。



