掟その4 行事には積極的に参加しよう(文化祭編)
■ 後編 ■
「御指名、サンキュ」
定番と言っていいのだろうか?
取りあえず、アシェットの作ったセリフカンぺに基づき指名された席の人物に礼を言い、しばらく話して解放される。
もう数回繰り返し慣れ始めた頃。
また指名され休んだばかりだと言うのに呼び出され、ピシリと何かにひびが入った。
ユーリが指名されて行った席。
そこには、ある意味予想通りの……フレンが座っていた。
カロルとパティと一緒に。
「……んで?注文は?」
「勿論、君と校内一周デートで」
「成程な。だが、断る」
「ダーメ。断れないよ。ね?アシェット?」
アシェット?
疑問に思い振り返ると、何時の間に立っていたのか。ユーリの後ろにアシェットが立っていた。
確かにアシェットは手にお金を持っている。
指名があったのは間違いない。
間違いない、のだが…何故あんなにも青冷めて必死に頷いているのだろうか?
ユーリは首を捻るだけ。
その理由を知っているのは、アシェットと、『ユーリと校内一周デートが出来るなんて聞いてないよ?』と眼だけでバシバシと訴えいているフレンのみだった。
けれど、ユーリには理解できていない為、しかも相手はフレンだ。
言う事を聞く義理は無い。
「折角の文化祭で、何でお前と歩かなきゃならねぇんだよ」
「ん?色々と理由はあるけれど、とりあえずは、エステリーゼ様やリタのクラスに行ってようよ。って誘いに来たんだよ」
「……あいつ等のクラス、か。ま、確かに興味はあるな」
「だろ?だから、行こうよ」
ま、いいか。
そう思ったのが運のつきだった。
フレンが嬉しそうに笑ったかと思うと、椅子から立ち上がり、ユーリの一瞬の隙をついて驚いているユーリの唇へ掠め取る様なキスをして、すぐさま手を引いて歩きだした。
何が起きたんだろう…?
そんな事を考える暇も無く、ユーリはフレンに手を引かれ教室をあとにした。
パティやカロルが追いかけ教室を後にした直後、堰を切った様に黄色い奇声が教室に溢れかえったのは言うまでも無い。
そんな教室での爆発を知らず、ユーリはフレンに引きずられるまま、エステルの教室へと向かっていた。
意外とフレンの手は力強く離す気配はまるでない。
もう、いっそ諦めるべきだろうか。
そんな事を思っていても、回りがキャーキャー言うのを聞いていると諦めるのも何か認めてる様で嫌だった。
だから、思う事は。
(早くエステルのクラス着かねーかな…)
だった。
そもそも、だ。
(オレ、別にコイツの恋人になったわけじゃねーんだけど。…まだ)
告白の返事だってしていない。
ただ、迷惑じゃないって事と、嫌いじゃないって事を伝えただけ。
なのに、隙を突かれて抱きつかれるは、キスはされるは……。
(だんだんコイツに慣らされて行ってる気がする…)
気がするのではなく、慣らされていると気付くにはユーリにはもう少し時間が必要だった。
なんだかんだで考えている内に気付けばエステルのクラスに到着していた。
「……テーブルじゃなくてリングかよ」
「す、すごいね…。予想外だ」
エステルのクラスのは既に喫茶店ではなくステージ。もしくはリングである。
普通の喫茶店ならばテーブルとイス。
それが無い。所か小さいリングがテーブルの代わりに置かれていてしかも、そこでは店員であるクラスの生徒がプロレスラーの恰好して客と腕相撲をしていた。
「あ、ユーリっ」
「よぉ、エステル」
「一勝負しましょうっ」
パタパタとやってきたエステルがユーリの手をとり、中へと引き入れる。
反対の手を繋いでいたフレンも半強制的に中へと引き込まれた。
「さ、注文は何になさいます?」
「んー?何があるんだ?」
「えっとですねー。ジュースはコーラにサイダー。ウーロン茶にオレンジジュース、カルピスです。食べ物はホットケーキ、チーズケーキ、チョコケーキです。トッピングはアイスとイチゴの二つ選べます」
「成程。んじゃ、オレはコーラとホットケーキにアイストッピングで。フレンはどうする?」
「そうだな…。僕はウーロン茶でいいよ。パティは?」
「ウチは、サイダーにアイストッピングするのじゃ。カロルは決まったのか?」
「僕はカルピスとチーズケーキがいいなっ」
「はい。かしこまりました。えーっと、紙相撲が4、指相撲が2、腕相撲2ですね。挑戦者は四人ですね。少々お待ち下さいませ」
……。
一瞬の間。
だが、それを問いただす前にエステルは注文を届けに裏へと行ってしまった。
「なぁ、フレン」
「うん」
「……ここ、プロレスラー喫茶だよな」
「うん」
「相撲はプロレスじゃねぇよな?」
「ユーリ、突っ込み所が違うよ」
一体なんなのか?
戻って来たエステルをみて、全てに合点がいった。
何せ後ろに男子生徒二人が立っている。
「もしかして、腕相撲に勝ったら無料になるとかそんなトコか?」
「はいっ。パティとカロルは皆のジュースを懸けて私と紙相撲勝負、フレンとユーリは食べ物を懸けて彼らと指相撲と腕相撲対決です。買ったら全部無料ですよ〜」
「って言っても後ろに居るお前。柔道部だろ」
「そっちの彼も空手部だよね」
ニヤリと自信ありげに笑う。
しかし、フレンもユーリも何の事はない。体育会系気質。
勝負とつくものは負けていられない。
早速勝負に移り、勝利を収めたのだった。
時間が経過するのは速いもので、気付けば後夜祭の時間になっていた。
結局ユーリはフレンとずーっと一緒にいるはめになり、解放されたのがそれこそ生徒会の仕事である後夜祭の今になってだった。
体育館でそれぞれ壁際に背を預けて座っている。
パティとカロルは一般客なので早々に帰って行った。
いっそそれに交じって帰りたかったんだが、そうも行かずユーリはぼんやりと舞台を眺めていた。
お調子者のアシェットが司会をしながら後夜祭が進む。
前列の方にはエステルとリタが嬉しそうに後夜祭を楽しんでいるのが見える。
「前に行かなくてもいいの?」
「ジュディ?…別にいいさ。こっからでも見える」
「そう。じゃあ、私もご一緒しようかしら」
そう言ってちょこんと隣に座る。
お揃いのメイド服を着て座っていると何とも微妙な感じだが、一日着ていてもう慣れてしまった。
「そういや、ジュディも途中からどっか行ってたよな?指名でも入ったのか?」
「いいえ。バウルが来ていたからちょっとデートしてたの」
「バウルが?そりゃ良かったな」
「えぇ。久しぶりだったから…」
「オレも少し会いたかったぜ。お?アレクセイが出て来たぜ?」
「あら。本当。フレンもいるわ」
ユーリとジュディス、舞台から視線を逸らさず静かに会話を続ける。
どうやら、今回の文化祭の喫茶店人気のトップを発表するらしい。
結果はどうやら、エステルのクラスが一位のようだ。
「ま、妥当だな」
「えぇ、妥当ね。エステルのクラスは本当に楽しかったわ」
「まー、喫茶店に面白さが必要なのか?って感じがしないでもないけどな」
兎にも角にも後夜祭のメインが終わったんだ。
もう下校してもいいだろう。
そう思い立ち上がろうとしたその時。
会場のテンションが一気に急上昇した。
「な、なんだっ?」
「始まったみたいね」
ジュディスが呟いた瞬間、舞台にいたアシェットが更にテンション高くマイク片手に発表した。
『これより、ヴェスぺリア学園の後夜祭本番っ!!ミスコンを始めますっ!!』
はい?
ミスコン?
んなの聞いてねーんだけど。
と呟いた所で誰も聞いちゃいない。
とは言え、『ミスコン』である。
ユーリには関係ない。
なら、座って聞いてるか。
そう思ったのが本日二度目の運のつき。
順位が順調に発表され…。
『第二位、エステリーゼ・シデス・ヒュラッセインっ!!』
三位にリタが呼ばれ、二位にエステルが呼ばれた。
不思議で堪らないのは、学園のマドンナと呼ばれているエステルが二位。
しかしエステルにして見れば自分が上位に入ると思っていなかったのか、舞台に上がり照れながらも嬉しそうにリタと二人仲良く話している。
微笑ましいな、と思う中アシェットの声がまたその雰囲気をぶち破った。
『そして、堂々の第一位はっ!!』
デデデデデデッ……ダダンっ!
ドラムロールが大きな音を立てたその時、スポットライトがユーリとジュディスを照らした。
「お、ジュディス。お前みたいだぞ」
『ユーリ・ローウェルだああああああっ!!』
「ってオレかよっ!?」
「ユーリ、行ってらっしゃい」
『さあ、さあ、さあっ!!ユーリ、舞台にあがってこぉいっ!!』
こんな時体育館の一番後ろに座っていた事を後悔する。スポットライトが舞台に上がるまでの間延々と付いてくるのである。
兎に角こんな茶番早く終わらせる。
ユーリがそう思ったのか定かではないが、猛スピードで舞台に駆けあがり、マイクを握っているアシェットを蹴り付けた。
「誰がミスだっ!!」
「仕方ねぇだろ。お前が投票数一位だったんだから」
「オレが男の時点でその投票は無効だろうがっ!!」
ユーリが男と言った時、会場がザワザワとざわつく。
しかも、皆が口ぐちに呟いている言葉は…。
『え?ユーリ先輩って男だったの?』
『見えねー』
『おう。どうみても美少女だって』
『もう、いっそ男でもいい』
『メイド服すっごい似合ってるよね』
と。それはもう登校時と同じようなユーリを刺激するものばかり。
そして、そんなユーリへ更に大きな爆弾が投下された。
「さて、優勝者には、この学園始まって以来の秀才にして、麗しき生徒会長フレン・シーフォから勝利のキスをっ!!」
「…はぁっ!?」
「ユーリ」
嬉しそうに笑うフレンが何時の間にやら横に立っていて…。
キス?
キ、ス……?
……限界だった。
「い、いらねぇーーーーっ!!」
ユーリの絶叫が響き渡る。
ユーリが逃げられたかどうかは……想像にお任せしよう。



