掟その8 一人は皆の為に、皆は一人の為に
■ 前編 ■
「ユーリ、そこ違うよ」
「ん?何処だ?」
「そこ。問5の答え。そこはX=6」
「へ?6?んな、馬鹿な…?」
下宿のユーリの部屋。
そこで、フレンとユーリは顔を突き合わせ、目の前の問題集に挑んでいた。
最初は、ユーリ一人でやっていたのだが、分からない問題が多々ありその度に聞きに行っていたら、面倒だと言う事でフレンと二人勉強する事にしたのだ。
しかし、これが意外と、フレンはスパルタでズバズバと間違いを言い宛て、若干イラっとしてるのはユーリだけの内緒である。
「ほら、腹立ててないで。そこ、二段目の計算、4×3が何で7何だい?」
なーんて、内緒で入れる筈も無く、フレンにはしっかりばれていた。
それを突っ込むとまた面倒になる事が分かっているのか、ただ単に気付いていないのか、ユーリはフレンの指さした計算を見て素直に頷いた。
「あー…。何で、12になってねぇんだ…」
「ユーリは応用力があるのに凡ミスが多いんだよ。もう少し落ち着いてやればいいのに…」
「うるせー…。えーっと…」
リーフに書いた計算式を消しゴムで消して、改めて計算をし直す。
シャーペンが動く音だけが聞こえ、部屋に響き渡る。
かと、思ったら、行き成りドドドッと地響きが聞こえ、次の瞬間扉が壊れん勢いで開かれた。
「ユーリっ!!」
「うおっ!?何だっ!?」
「カロル?」
「エステルとリタが泣いてるんだっ!!」
エステルとリタが泣いてる?
泣いてる?
…ナイテル?
ガタンッ!!
ガタタタタッ!!
無言で立ちあがり、カロルを部屋に置きハイスピードで階下に走る。
そして、リビングへと駆け込んだ。
「エステル、リタっ!」
「エステリーゼ様、リタっ!」
ほぼ同時に呼び掛けると、目を真っ赤に腫らした二人がソファに座っていた。
「どうした?何があったっ?」
「大丈夫ですかっ?」
矢継ぎ早に問い掛けるが、口籠るだけで答えてくれない。
何だ?一体何があったのか?
口に出したくない程の何かがあったらしい。
それとも、思い出したくないのか。
でも、状況を把握する為、口を開こうとしたら、予想外の所から返事が返って来た。
「…痴漢にあったのよ」
「ジュディ?」
「っ!?」
男共から言葉が消えうせた。なにせ…。
怒っている。あの、ジュディスが。
明らかに怒りを顕わにしている。
空気が冷たい。ジュディスに触れただけで、全身が切り刻まれそうな位に。
正直言って―――。
(恐い…)
可愛い妹達をこんなに泣かせて、オーバーリミッツゲージMAXに達してしまったらしい。
「ほら、二人共、タオル濡らしてきたわ。目を冷やして…」
「ありがとう、ございます…」
「……が、と」
ジュディスは心配そうに二人の目の前に座り、ずっと二人の頭を撫で続ける。
二人にとっては凄く優しいお姉さんだろう。
だが、その後ろにいる男二人にとっては…ジュディスの背中、いや周りに見える筈のないオーラが。怒りのオーラが見える。
(恐すぎる…)
余程、腹に据え兼ねてる事がありありと分かる。
こんな状況だと二人に近寄るのも躊躇われる。というか、近寄った瞬間にジュディスに斬られるだろう。間違いなく。
ふと、ユーリがフレンを見ると、同じ気持ちだったのだろうフレンもユーリを見ていた。
だが、覚悟を決めて状況を聞こうとしたその時、リビングのドアが開いた。
入って来たのは、この寮の管理人こと、おっさん。もといレイヴンだった。
そして、彼の目に入ったのは今のまさにこの状況で。手に持っていたカバンがレイヴンの手から離れ床に落下した。
「ど、ど、ど、どうしたのっ!?リタっちっ!?嬢ちゃんもっ!!」
ギラリッ。
ジュディスの目が光輝いた。
…やばい。
本格的にやばい。
今ここに男はいない方がいいようだ。
男三人はジュディスを刺激しない様にそっと、こっそり、リビングから抜けだした。
ジュディスの怒りオーラから何とか解放された三人はとりあえず一息つく。
そして、改めて今の状況を確認し合う。
何故、エステリーゼとリタが泣いて、ジュディスが今にも秘奥義をブチかましそうな位怒髪天なのか。
「んで?一体何したのよ?」
「それが、どうやら、痴漢にあったようで」
「でも、まだ何時とか何処でとか聞けてねーんだよ」
「あの状況じゃ無理よね。色んな意味で」
三人で静かに頷いた。
「さて、どうすっかな」
「うん。詳しく聞かないと撃退も出来ない」
「そうね。兎に角、ウチの可愛い可愛い娘達に触った奴を消さないと」
「だな」
どうやら、この男共も妹達が可愛くて仕方ないようで、目がジュディスと同じ眼つきになっていた。
なにせ、レイヴンの呟いた『消さないと』に誰一人として異議を唱えない。
しばらくすると、そこにカロルとパティが階段を駆け降りて来た。
「皆っ!話は聞いたのじゃ。エステルとリタ姉は大丈夫なのかっ?」
「それが、オレ達じゃ中に入れねーんだ。パティ、ちょっとジュディスと入れ替わってくれよ」
「うむっ、任せろっ」
そして、パティは中へと飛び込んで行ったかと思うと、入れ替わりで般若の顔したジュディスが出て来た。
いや、正しくは顔は何時もの笑顔なのだが、ジュディスが纏う怒りの空気に圧倒される。
「……ジュディ」
「何かしら?」
「と、とにかく落ち着いて、ジュディスちゃん」
「……そうね」
はぁ、と小さく息を吐き、ジュディスは何時もの空気へと切り替えた。
そこで、男性陣も一息つく。
「んで?一体何処で痴漢にあったんだ?」
「電車。今日あの子たち二人で出掛けたらしいの。そこで、ね」
「常習犯ですか?」
「いいえ。それだったら、あそこまでならないでしょう?」
「どうゆう事?」
「エステルとリタ。二人を最初からターゲットにしていたみたいなの。電車で体に触れて来たからリタがエステルを連れて逃げたらしいんだけど、どうやらこの付近まで追って来たみたい」
ピシッ。
オーバーリミッツゲージ上昇中。
「流石に寮の中までは追ってこなかったみたいだけど」
「ホントか?」
「えぇ。ラピードが追い返したから」
グッジョブ、ラピード。
男達全員で称賛を贈る。
だが、このままにして置く訳にもいかない。
「……さて、と。行くか」
「……そうだね」
「……おっさんも行くわ」
「……僕も行く」
一様に武器を構え、制裁を与える為玄関へ向かう男達に「ちょっと、待って」とストップが入った。
ジュディスがストップを入れる理由が分からず、全員で振り返ると、彼女はこれまで見た事の無い様な真面目な表情で立っていた。
「何で止めんだ。ジュディス」
「そうだよ、ジュディス。僕はエステルやリタを泣かせた奴許せないっ!」
「…私もよ。カロル。けどね、中途半端にやると相手を煽る事になりかねないわ。やるなら、痴漢は撲滅、犯人は再起不能、存在抹消、完膚無き迄叩き潰さないと、ね」
……ゴクリ。
目がマジだ…。
男達は逆らう気が一切、これっぽっちも起きなかった。
むしろ起こしたら殺される。
「え、えっと、じゃ、じゃあ作戦会議しようか」
「そ、そうね。フレンちゃん。おっさんもそれでいいと思うわ」
「だ、だな。なっ、カロル」
「う、うんっ。皆でレイヴンの部屋に行こうっ!」
こうして、痴漢退治の作戦会議がレイヴンの部屋で行われる事になった。



