掟その8 一人は皆の為に、皆は一人の為に
■ 中編 ■
「…ユーリ?お前、女だったのか?」
「んなわきゃねーだろ」
アシェットの揄いの言葉を突っ込みと一緒に蹴りつける。
「ユーリ、スカートで蹴っちゃ駄目だよ。中が見える」
「……フレン、似合うな」
「……アシェット。僕にスカートは似合わないよ」
フレンは蹴りつけない替わりに、思い切りグーでアシェットの顔を殴り飛ばした。
「いってぇな。フレンっ!っつーか、お前ら似合いすぎだし、何でこーなってんだよっ!」
ユーリの教室。いつもと同じ様にフレンが教室によりユーリと話している。
けれど、何時もと違う事があった。
それは、フレンの髪がロングになっている。ユーリの長い髪がツインテールになっている。
色々あるけれど、一番の違いは…。
二人の『ヴェスぺリア学園の女生徒の制服姿』だろう。
ユーリとフレンは心の中で盛大に溜息をついた。
事の起こりは単純で分かりやすい。
昨日の作戦会議の時の話だ。
※※※
「さて、と。どうやって犯人を捕まえる?」
「一番良い方法は囮捜査なんだけど…」
レイヴンの部屋で炬燵に足を突っ込みながら作戦会議。
痴漢を退治するには囮捜査が一番。そう思いレイヴンが口を開きチラリとジュディスを見て、……静かに視線を逸らした。
目が、ジュディスの赤い瞳が、『誰に囮をさせる気なのかしら?』とありありと言っている。
「囮捜査にすると、常習犯は捕まえれたとしても、今回彼女達を泣かせた犯人を捕まえる事が出来ないですよ」
「そうだよね。だって、そいつはエステルとリタを狙ってたわけでしょ?そうなると、二人を外に出さないといけないじゃんか」
「だよな。せめてオレ達がそいつの顔を知っていればどうにかなるんだが」
「…ラピードなら分かるんじゃないかな?追い返したのラピードだったよね。確か」
「いいな、それ。なら、ラピードを連れて駅に」
「駄目よ」
「へ?」
それまで一度も口を開かなかったジュディスが待ったを入れた。
「ラピードは二人が学校に行く時の護衛になって貰うから。カロルも、出来ればパティと一緒に二人の側にいてあげて頂戴」
「え、う、うん。分かった」
「絶対二人に男を寄せちゃ駄目。お願いね」
「分かったよっ!僕頑張るっ!」
「それから、ユーリ、フレン」
「何だ?」
「何だい?」
「二人に囮になって貰うわ。二人とも私達と同じ制服を着て暫く生活してくれる?」
……。
一瞬、理解に苦しむ。
ジュディスは一体何を言っているのか。
オレ達男が女装している時点で犯人所か誰も近寄らなくなるじゃないか。
「あ、あのな?ジュディ」
「う、うん。僕達が囮になる訳が…」
「……生活、して、くれる?」
ビクリッ!
……殺気を感じた。
やばい。
ここで逆らったら……。
さーっと血の気が引いて行く。
二人は無意識に頷いていた。
「あと、おじさま」
「は、はいっ!」
「おじさまは、ユーリとフレンの制服の準備と学校への痴漢への対策の通達。とにかく女の子を一人で帰らせない事。最低でも三人以上で帰らせる事を徹底させて」
「わ、分かったっ。任せて頂戴っ!!」
空気を察知する能力は人一倍長けているレイヴンは素直に頷いた。
「しばらく、ユーリとフレンは二人で帰ってね。それから、絶対遠回りして、一度電車に乗って遊んで帰ってくる事。痴漢撲滅、しましょうね」
もう、男達はジュディスの言葉に頷くしか無かった。
※※※
「ほぇ〜…。そんな事が。ってか、許せんな。ウチのマドンナを触るなんて」
「あぁ。その犯人マジで絞める」
何時の間にか二人の周りに人が集まっていた。
「でも、痴漢とか。恐いねぇ」
「けど○○×線でしょ?あそこホンット痴漢される事多いよ」
「あー、うん。知ってる。私もされたもん。結構電車通学の子達の間じゃ有名な話だよね」
「そうそう。そっかぁ。エステルちゃん達あれに乗っちゃったんだねー」
「昨日、×□街の本屋行くって言ってたから、一言言って置けば良かったな」
「ウチの学校の生徒って狙われやすいんだって…」
それぞれが、痴漢に対する話題に盛り上がる中、二人は一つ気になる事があった。
「○○×線、そんなに痴漢多いのか?」
「みたいだね。こんなに被害者がいるなんて」
「おい、フレン」
「だね。でも取りあえず今は時間だからクラスに戻る」
「あぁ」
フレンがその場を離れクラスに戻る。
「おい、お前ら」
ユーリはクラスメートに向けて声をかけた。
「絶対に女一人とかで帰るなよ。友達と帰れ。野郎共もだ。女一人だったりしたら、絶対一人で歩かせるな。離れてでもいい。目を離すな。いいな」
『おうっ!』
『はーいっ!』
ユーリの言葉にクラスメート全員が大きく頷き、それを見て、ユーリは満足気に微笑んだ。
女装をして、しかも何時もと違うツインテールだと言うのに授業は滞りなく進む。
いい加減、その格好に慣れた放課後。
ユーリはフレンの生徒会が終わるのを教室で待っていた。
こーゆー時くらいは、生徒会など後回しでも良いと思うのだが、それを出来ないのがフレンだとユーリは知っている。
だから、ユーリはエステルとリタがラピードの迎えを待ち、帰るのを窓から見届けると、手元にある教科書を開いた。
何気に受験生。試験もある。勉強して置くに越した事は無い。
昨日は数学をやった。だから、今日は英語。
英語は意外と嫌いじゃない。…そもそも、勉強自体が嫌いな訳じゃない。
ただ、他にやりたい事が一杯あるだけ。
優先順位が低かっただけのこと。
でも、今は勉強が上位にくるから勉強する。
問題集を開いて、問題を解き、分からなければ教科書と参考書を照し合せる。
時間はそんなに経ってないだろう。
フレンが教室に帰る準備を整えて迎えに来た。
「ユーリ、帰ろうか」
「……おー…。ちょっと、待ってな。ここのthatが………おし。合ってる」
急いで最後の問題一つを解いて、導きだした答えが合っている事を確認すると鞄に開いていた文房具を放り込み、フレンのいる入口へと向かった。
「待たせたな。ほら、行こうぜ」
「うん」
「…いい加減互いに見慣れて来たな」
「そうだね。凄く切ないけど」
二人仲良く玄関へと向かうその背中は微妙に哀愁が漂っている。
靴を履き替え、外に出て行く必要のない駅へと足を向ける。
横を通り過ぎる人、皆が振り返る。この状況。
二人にして見れば、何処かおかしい所があるのだろうかと心の臓がドキドキ…。
「今日の晩飯どーすっかなー?」
「え?今日はカロルが当番じゃないのかい?」
ドキドキなぁーんて事は無く、周りからの視線に気付く事すらなかった。
ユーリに到っては、そろそろ女装に違和感を感じなくなってきてしまったのか?
若干の心配が過る。
駅に着くと、二人は敢えて今日噂話に出ていた○○×線に乗って市街地に行く事にした。
切符を買い、電車が来るのを待つ。
「なー、フレン。甘い物食べたくねぇ?」
「…ユーリ、今は『フレイ』だよ」
「あ、あぁ。そっか。悪い。フレイ、な。フレイ」
「で、甘い物だっけ?何食べたいの?」
「んー。クレープかー、アイス。ケーキもいいよなー」
真剣に悩むユーリを横に、フレンは辺りに神経を集中させていた。
そう。そもそも、痴漢退治の為にわざわざ女装して、偽名まで使って街に繰り出しているのだ。
これで、捕まえられなければ、きっと捕まえられるまでやらされる。絶対に。
(ユーリの制服姿は凄く、凄く可愛いから…。でも、僕はこの格好を何時までもしていたくない。男だからねっ!)
ユーリも男だと言う事を突っ込む事は出来なかった。何故なら、フレンの脳内だから。
そんな事を考えているフレンを気付く事も無いユーリとフレンの前に電車は到着した。
ラッシュの時間ではない筈なのにこの混みよう。
「こんだけ混んでりゃなぁ…」
「だよね」
二人は覚悟を決め電車に乗り込んだ。



