掟その2 食事は極力皆揃ってするべし





ユーリは、悩んでいた。
それはもう普段、学校の勉強ですらここまで頭を回転させて悩む事はハッキリ言ってない。
そんなユーリが完成させた料理を目の前に悩む理由は、さっき突然受けた親友からの告白だった。

『…僕はずっとユーリの事が好きだったんだ。嫌になるわけ無いじゃないか』

嫌われた訳じゃなかった。
その事実はかなりユーリの心を軽くさせた。
なのに…。

『大好きだよ。ユーリ』

その一言がユーリの思考を停止させ、

『…ユーリ』

そう囁いて重ねられた唇が体を縛りつける。
思い出せば思い出すほど、顔中に熱が集まってるのが分かった。
親友の…フレンの顔を忘れようとすれば、返って先程の事が鮮明になって思い出される。

「だああああああっ!!どうしろってんだっ!!」

ここの下宿の掟で食事は皆が集まってからリビングでするように決められている。
例え学校で部活があったとしても、病気になったという事でもない限りはこれを守らなければならない。
けれど、リビングの席はユーリの前の席はフレンだ。
でも、今はとても真正面で顔を見れる状況じゃない。
とはいえ、下宿の掟は絶対だ…。
どうすれば…。
部屋の掃除が終われば皆自室から降りてくる…。
何か良い手は…?
そう思って辺りをキョロキョロと見回して、「これだっ」とユーリはとある物を戸棚の上から下ろした。
ユーリは早速たった今思いついた計画の準備を始めた。


しばらくして、準備が終わった頃カロルがキッチンに「おはよーっ!!ユーリっ!!」と飛び込んできた。
それに「おう」と軽く答え頭をガシガシと撫でてやると、「えへへっ」と何やらまた撫でたくなる様な返事が返ってきて笑みがこぼれる。

「おはようなのじゃ、ユーリ」
「おはようございます。ユーリ」

パティとエステルもキッチンに入ってきた。
その後ろにフレンもいる。
ようやく全員が起きたようだ。
ならば、

「よしっ、全員揃った所で皆でピクニックに行くぞっ」

いきなりのユーリのセリフに四人がキョトンとした。
どう反応していいのか分からない、そんな感じだ。
だが、その反応を予想済みだったユーリにしてみればどうって事はない。

「さっき偶然『バスケット』を見つけてな。丁度日曜日だし皆で行こうぜ」

ユーリの言葉に四人は、

「賛成ーっ!!早く行こうよっ!!」
「ユーリっ、それとっても素敵ですっ」
「ボール持ってって遊ぶのじゃっ!!」
「いいね。じゃあ、レジャーシート持って行かないと…場所は近くの公園でいいのかな?」

同時に答え、誰一人同じ事を言わない所が面白い。
そんな中、何とか自然に状況を逃れれた事にユーリは安堵した。
必要なものを持つと、各自下宿の戸締りをして必要な物を持ち外に出て、最後に玄関の鍵をフレンがチェックし近くの公園に向かった。


下宿の近くの公園は、広場があり日曜日な所為もあるのか結構家族連れがシートを敷いていた。
わざわざそんな人ごみの中にいく必要も無いだろう。
そう判断して丁度良い木陰にシートを敷くと今朝食卓に並ぶ筈だった食事を広げた。

「わぁっ、凄いですっ♪」
「うんっ。すっごく美味しそうっ」
「のじゃっ。食べても良いのか?」
「あぁ。沢山食えよっ」
「はい、皆まず手を拭いてね」

フレンが手拭を渡すと、素直に手を拭いて「いただきますっ」の声で食事を始めた。

「カロル、好き嫌いするなよ」
「しないよー。ユーリのご飯美味しいもん。これ何入ってるの?」
「パティ、ツナサンドありますよ」
「うむ、今食べてるのじゃ」
「ラピード、僕が食べてるのは駄目だよ。玉葱が入ってるから。ほら、こっちをあげるね」
「わんっ」

わいわいと騒ぎながら、ユーリの作ったお弁当は減っていき、あっという間に空になった。
何だかんだと皆で食べた所為かフレンが隣に座っていても気にならなかった。
後片付けをユーリが率先して引き受け、他の皆は腹ごなしに遊び出した。
元気にバレーボールだ。
それを片付けの終わったユーリがシートの上で横になりながら眺めている。
木陰にいる所為か風が気持ちいい。
心地よさから睡魔が襲ってきて…何時の間にか眠りについていた。


しばらく眠っていたのだろう。
外で昼寝してる割に暖かい気がしてゆっくりと目を開くと、見慣れた金髪の…。

「うわっ!?」

目の前にフレンの顔があった。
仰向けに寝ていた筈なのに、フレンに抱き寄せられる様に横になって寝ていたのだ。
フレンの腕はしっかりとユーリの腰に回されている。
とりあえずその腕をよけ、起き上がると他の皆もシートの上に寝転がっていた。
ラピードに到ってはパティの抱き枕だ。

「何だよ、皆も寝ちまったのか?」
「うん。流石に遊び疲れたみたい」
「おまっ…、起きてたのか…?」
「うん。ユーリの可愛い顔ずっと見てた」

起き上がりユーリの顔を覗き込むように笑う。
正直何て返答していいか分からない。
ただ顔が熱いから多分真っ赤になってるんだろう事は分かる。
こんな顔をフレンに見られるのも癪で顔を逸らした。

「ねぇ、ユーリ…?」

そっとフレンの腕がユーリの肩に回され、ぐいっと引っ張られ腕の中に引き込まれた。
抱き締められている事が恥ずかしくて、何より男同士でしかも公園で抱き合うなんて洒落にならない。
離れようとするが、昔から純粋な力比べで勝てた試しが無い。

「こん、のっ、馬鹿力、がっ」

暴れてもビクともしなかった。
…体鍛え直しだな、と場違いな事を思う。
離れる所か抱き締める力がますます強くなって離れることが叶わなかった。
取り敢えず無駄な事が分かったユーリは体から力を抜くと、フレンがボソリと呟いた。

「ユーリ、僕の気持ち迷惑だった…?」
「え?」
「ずっと君だけを見ていた。ずっと好きだったんだ…。でも、ユーリにとってそれは迷惑…?」

フレンの泣きそうな顔。
だが、その表情がユーリにはかえって不思議だった。
迷惑だと感じるような奴を自分の隣に置いたりなんてしない。
だから「迷惑なんかじゃない」そう伝えようとした口を開いたその時、カロルがムクリと起きあがった。
はっとフレンに抱き締められている今の状況に気付き、慌ててフレンを突き飛ばし距離をとる。
カロルはまだ眠いのか目を擦り、キョロキョロ辺りを見回し首をかしげた。

「あー…ユーリー…おはよー」
「あ、あぁ。おはようさんっ」
「今何時ー…?」

と問われてもユーリは時計なんてしていない。

「今、12時半だよ」
「12時ー…半…?そっかー…12時…って、12時半っ!?」

フレンが自分の腕時計で時刻を確認すると、カロルは何度か口で反芻し、そして覚醒した。
慌てて立ち上りエステルに駆け寄った。

「エステル、やばいよっ!!」
「は?」
「エステル、起きてっ!パティもっ!!」

何が起こったんだろう…?
ユーリとフレンはカロルの行動がつかめない。
だが。

「エステルっ、1時半に約束あるんでしょっ!?パティは1時にドンと待ち合わせって言ってたでしょっ!!」

カロルの焦りに納得がいった。
そして、思い出す。
そういえば、今日追試だったな、と。

「フレンだって、1時に生徒会の集まりがあるって言ってたじゃんかっ!!」
「あっ!?」
「忘れてたのーっ!?僕も、ナンと出掛ける約束がっ。1時に集合なのにぃっ!!」

全員が慌てて帰り支度をする。

「あー、もういっそ置いてけよ。俺が片付けて持っていくから」

ユーリが呆れたように言うと、

「何を言ってるんだいっ。ユーリっ、君の追試今日だったよねっ」

フレンがいらない事まで思い出してしまった。
仕方なく一斉にハイスピードで片付け、下宿までダッシュ。
ランチボックスをユーリが持ち、ピクニックシートをフレンが持ちラピードが水筒を持ち走り続ける。
ふと気になってフレンを横目で見た。
何時も通りの男前の顔なのに…どこか傷ついてる様にも見えて…。
だから、ユーリはフレンにだけ届くように小さく呟いた。

「迷惑なんかじゃねぇよ」
「…え?ユーリ…?」
「お前を迷惑だなんて思った事はない」
「ユーリ…」

これ以上何か言うのも木っ恥ずかしくて走るスピードを上げた。
だから、ユーリはフレンが嬉しさに頬を緩ませたのを知らない。
全員息を切らしながら、下宿に戻ると玄関の前でピクニックに誘って貰えなかったレイヴンが膝を抱えて拗ねていた。