掟その3 新人歓迎会は派手にするべし
フレンは幸せ絶頂で心を弾ませていた。
何故なら、確実に迷惑だと思っていた自分の気持ちを受け入れるまでとは行かないけれど、
『迷惑なんかじゃねぇよ』
と気持ちを教えてくれたからだ。
これは間違いなく、ちょっとでも可能性があると言う事だ。
だったらどんどん気持ちを伝えていかなければ…。
自然と笑みが顔に出てしまう。
「会長?どうかなさいましたか?」
「え?いや、何でもないよ。ソディア」
「そうですか?」
あんまり納得していないらしく、ソディアの語尾が上がっていた。
それが気になって聞き返すと少し戸惑ったように首を振った。
「あ、いえ。ただ普段より表情が柔らかい気がして」
「えっ!?」
もしかして、顔に出ているんだろうか?
ばっと顔に触れる。
だが、触れた所で分かる訳が無い。
けれどユーリの事を考えていると、どうしても嬉しくなってしまう。
「…会長?」
「あぁ、うん。ちょっと、いい事があってね。つい嬉しくて頬が緩んでしまうんだ」
「良い事、ですか?」
「うん。ずっと好きだった人が僕をどう思っているか教えてくれたから…」
「会長っ、好きな人いたんですかっ!?」
「うん?いるよ?自分の命を賭けてもいい位に愛してる大切な人」
「ど、どんな方ですかっ!?」
「え、えーっと…?」
そんなこんなで生徒会業務をそっちのけで話をしていると予鈴が鳴り響く。
ソディアは全く納得していないがフレンが授業に出るため生徒会室を出て行くので、渋々後を追い自分の教室に向かった。
教室に戻ると、授業が始まり滞りなく時間が過ぎる。
あっという間に昼休憩の時間になった。
いつもの様に下宿の皆でご飯を食べる為、下宿に一旦戻る。
クラス、学年が違う為皆それぞれ別に戻るのだが、目指す場所が一緒の所為か大抵は道すがら合流することが多い。
案の定、ユーリが目の前を歩いている。
何て運がいいのかっ。
テンション高く前を歩くユーリの名を呼ぶと、少し驚いたように肩を跳ねさせた後フレンの顔を見て穏やかに笑った。
それが、嬉しくて急いで隣に並んで歩く。
他愛も無い会話をして下宿へ向かう。
下宿付近に着くと、玄関前に見慣れない人物が立っていた。
フードを深く被っているが、スカートをはいている所を見ると女の子のようだ。
「誰だ?アンタ」
「ユーリ、失礼だよ」
取り敢えず声をかけるユーリを呆れたように咎める。
しかし、フレンにしてもユーリの疑問はもっともだったようで、咎めはしても止める事はなかった。
「相変わらず失礼だわ、あんた」
この少し高い声は…まさか。
ユーリが自分の記憶から答えを探し出す。
「…ってお前、リタかっ!?」
「リタって、エステリーゼ様の親友の?」
「そうよ」
「いつ、こっちに戻ってたんだ?お前、海外に留学してたんだろ?」
「……………きょ、う……」
いっきに声が低くなるのが、あまりにも不自然だ。
「お前、姉ちゃんに許可取ってきたのか?」
「…とって、ないわよね?」
リタではない声が後ろから聞こえて、慌てて振り返るとそこには。
「久しぶりね、ユーリ」
「…ジュディ…」
モデル並みのプロポーションをした長髪美女が立っていた。
ユーリはそれで全て納得したようだが、フレンには正直着いていけていない。
「ユーリ?彼女は?」
「あ?あぁ、ジュディスだ。リタの姉ちゃん」
「それは、会話を聞いていれば分かるよ。僕が聞いているのは何故ここにいるのかって事と、何で君がそれを知っているのかって事」
「何でって前にちょっと、な」
「前?」
「あぁ」
頷くだけで黙ってしまったユーリ。
そんなユーリの行動にフレンは何時に会ったのかを理解し、後悔した。
ユーリとフレンは常に一緒だった。それこそ物心持った頃から…。
だが一時。ユーリとフレンが離れた時がある。それが、高校受験の時だった。フレンにはどうしても行きたい大学があった。けれどユーリと離れたくない。大学で嫌でも離れてしまうのならば、せめて高校だけは一緒に行きたい。ユーリが今の高校を受ける事を知っていた。そこに進学コースがある事も。そのコースの倍率が高い事も。でもユーリとの学校生活の為にフレンは世間で流行っていた願掛けをしたのだ。
『一番大好きな物を我慢すると願いが叶う』
その願掛けを実行し、一年間のユーリ断ちをした。学校に受かった時死ぬ程嬉しかったのに、ユーリからの視線は痛かった。その後、必死に弁解し今の関係にある。
ジュディスとあったのは、その一年の間だったのだ。今思うと何故ユーリ断ちをしたのかさっぱり分からない。何故ユーリと同じ学校に行く為にユーリを自分から離さなければならないのか。過去の自分に会えるなら間違いなくそう怒鳴っているだろう。
「フレン?どうした?」
「えっ?あ、いや、何でもない」
何でもなくないけどっ…なんでもない。
そんな葛藤をしていると、「リタっ!?」とエステルが嬉しそうにパティの手を繋ぎ走って来た。
「どうしたんですっ?どうしてここにいるんですっ?もしかして、こっちに帰ってきたんですっ!?」
それはそれは嬉しそうに詰め寄るエステルにリタは台詞を挿む隙が全く無い。先程から「あ」とか「う」としか言えていないリタを見かねて、ユーリが口を挿んだ。
「兎に角だ。中で話そうぜ。カロルが待ってるしな」
「そうだね。今日はカロルが料理当番だったっけ」
「のじゃ。今日はオムライスって言ってたのじゃ♪」
ゾロゾロ揃って中に入ると割烹着姿のカロルがおたまを持ったまま、出迎えリタの顔を見て停止した。
「り、リタ…?」
「そうよ、久しぶりね。ガキんちょ」
「な、何で?」
「ま、それはおいおい聞くとしてカロル。オレも手伝うから二人分追加な」
「あ、うん」
ユーリと二人揃ってキッチンに消えて行く。
残された五人はリビングへ向かう。
「あれ?レイブン先生?」
「やっとご到着〜?おっさん、腹減って腹減って〜…ってその後ろのリタっち?」
「えぇ。レイヴン先生ご存知なんですか?」
「そりゃあ、今日から入る新人さんだしねぇ」
『………は?』
思わず出た言葉がキッチンからサラダを運んできたユーリと重なった。
「だーかーらー。今日からリタっちもそのお姉ちゃんのジュディスちゃんも一緒にこの下宿に仲間入りするの」
レイヴンが何気なく話すものだから、全員が「ふーん、そうなんだ」と納得しかけるが。
『………えええええぇぇぇぇっ!?』
やはり、通用しなかった。
「んな事一言も聞いてねぇぞ、おっさんっ!」
「あれー?そうだったー?」
「……レイヴン先生…?」
「ふ、フレンちゃん。ちょっと恐いわよ?」
「部屋の掃除だってしてねぇし、直ぐに寝泊り出来ねぇぞ?」
「それは大丈夫っしょ。エステル嬢ちゃんの所とパティちゃんの所にお泊りすれば」
「そうは言うけどなぁ…」
「大丈夫、大丈夫。なんとかなるわよぉ」
「………ようするに、アレクセイ校長に言われて逆らえなくなったと、そうゆうことですね?」
「う……、ま、まぁ、とにかくご飯を食べよう、ね?ね?」
フレンとユーリは肩を落とし溜息をつくとそれを合図の様にユーリは料理を運び、他は席につく。
カロルとユーリが料理を運び終え席につき、『いただきまーす』とカロルの元気な声で食事を始める。
詳しい事を聞こうにも、レイヴンが会話をとっとと切り上げてしまう。
食事が終わり、午後の授業に戻ろうって時にレイブンが見事な爆弾を落とした。
『今日、リタっちとジュディスちゃんの歓迎会をやるから準備してね』
掟には確かに『新人歓迎会は派手に』とある。
だが、何も今日しなくてもいいだろう。
ユーリとフレンが心の底からそう思ったものの下宿の年長者として、管理者の言葉に逆らう訳にはいかず渋々ながらも頷いた。
午後の授業の間、リタとジュディスは転校、転勤の手続きをしていた。
二人とも揃って、大学の卒業の資格まで持っていたが一緒の学校に行きたかったのか、同じ学校に転校してきた。
ジュディスに到っては保健医の資格もある為アルバイトとして放課後働くようだ。
授業が終わり次第、ユーリはカロルと合流し買い出しとご馳走を。レイヴンとパティは部屋の片付けと飾りつけ。フレンとエステルが入居部屋の片付け兼掃除。
「ただいま〜」
カロルとユーリが買出しを終えて帰ってきた。
「おかえりっ、ユーリっ。レシート捨てないで持ってきたよね?」
「あぁ、カロルに預けてる。カロル渡してやってくれ。俺はこの材料持って先に料理にかかるわ」
「うん。ユーリっ。僕も直ぐ行くね」
ひょいっとカロルが持っていた買い物かごを片手で持ち、キッチンに消えた。
「はい。フレンっ」
「ありがとう。カロル…あれ?案外使わなかったんだね」
「うん。だってユーリが必要ないって言って買わなかったんだ」
「そっか」
節約上手なのか、面倒臭がりなのか今一よく解らない。だが、安くすむ分には文句を言う必要も無い。素直にカロルからレシートを受け取り、リビングに戻り会計ファイルに挿めた。ここの会計はすっかりフレンの仕事になってしまった。最初は勿論、管理者のレイブンがしていたのだが余りに杜撰でフレンに譲渡されたのだった。一ヶ月毎にフレンがレイブンに報告をしている。ファイルをしっかりともとあった場所に戻すと、自分の割り当てられた仕事に戻る。リタとジュディスの部屋はエステルとパティの部屋と同じ三階。今までは物置の様に使っていた部屋だ。片付けも一苦労である。そういえば、洗剤を取りに来たのだと洗面所に向かうとそこには、ユーリが立っていた。
「あれ?ユーリ、どうしたの?」
「ん?あぁ、フレンか。いや、な?髪が邪魔くせぇから結ぼうと思ったんだが、そう言えば朝顔洗う時使ったままだったかなー?とか」
「ゴム?…これ?」
フレンがポケットから黒い髪ゴムを取り出すとユーリがパッと顔を明るくして手を伸ばして来た。たったコレだけの事なのにこんな表情をするユーリが堪らなく可愛くて…。ユーリの手をぐっと掴み引き寄せていた。
「フレン?」
「えっ?」
「ちょっと、放してくれない?」
つい、無意識に抱き締めていたらしい。「ごめんっ」と謝り慌ててフレンが手を放した。
「ばーかっ」
ペシッと頭を叩くと笑って落ちた髪ゴムを拾い、洗面所を出て行った。腕の中にいたユーリから一瞬香ったユーリの香りにドキドキと心臓が脈打つ。エステルが呼びに来るまでフレンはその場で顔を赤くして立ち尽くしていた。
夜になり、リタとジュディスの歓迎会が始まった。しっかりと大きく『ようこそ、下宿【凛々の明星】へ』と書かれており、部屋中に折り紙のくさりが紙の花とと一緒に飾られている。テーブルには、ユーリとカロルの力作がずらずらと並んでいた。お子様メニューからレイヴン用のおつまみまでバッチリだったりする。会が進むにつれてリタがエステルと同じ学校に通いたくて、こっちに戻って来た事が理解できた。それをジュディスも知っていた様で何時かやるだろうと準備だけはしていたのだと言う。そこでレイヴンを使う当たり流石としか言いようが無い。皆のテンションが上がって来た所で、ゲームの時間がやってきた。
「とは言え、何も用意してないぞ?」
「だよね〜。どうしよう?」
「あら?じゃあ、これはどう?」
そう言ってジュディスが出して来たのは、八本の割り箸。
「……それって、まさか……?」
「王様ゲームって言うのよね」
「マジでかっ!?」
何だろう。この逃げられない雰囲気は…。
誰もがそう思っただろう。そして、その雰囲気のままにジュディスが持った割り箸を「いっせーの、で」とそれぞれが引き、レイヴンが飛び跳ねて喜んだ。
「………おっさん、王様かよ」
「そうよ〜。さーて、どうしようかなぁ」
「レイヴンさん。貴方は教育者であるという事をお忘れない様に」
「……う……フレンちゃんったら今それ言わなくてもいいのに…」
「おっさん、早く言うのじゃっ」
「そうねぇ…。4番がー」
「あ、私です」
「2番にー」
「あら、私だわ」
「ハグでどうっ?」
だがエステルとジュディス。女の子同士のハグ等ただ微笑ましいだけだった。そのまま第二ラウンドに続く。今度の王様は…。
「あ、ウチなのじゃっ」
「パティ、お願いだから簡単なのにしてよ?」
「ふっふっふっ。ズバリっ、3番が」
「あ、オレだわ」
「6番を」
「おっさんねー」
「お姫様抱っこするのじゃ」
………。
無言でユーリがレイヴンを姫抱きする。正直、どちらも何にも嬉しくない。しかし、レイヴンを姫抱きしてもユーリは微動だにしない。
「青年、だいぶ筋肉ついたのねー」
「そうだな。おっさんの一人や二人位平気だな」
「がーん…」
何やらレイヴンがただショックを受けて終わったようだ。そして微妙な空気のまま第三ラウンド。以外にこのゲームは白熱したようで、夜中迄騒いでいた。だが、流石にそろそろお開きにしようと年長者の言葉により、最後の一勝負となった。その最後の王様は…。
「最後もおっさんが頂きっ」
「またおっさんかの?」
「それじゃ、1番が」
「またオレかよ」
「5番に」
「あ、僕だ」
「熱いキッスでどう?」
二人はピシッと石のように固まった。何故こんな大勢の前でそんな事をしなければならないのか…。だが、さっきリタがレイヴンにホッペにチュウもやってのけたのだ。これでやらない訳には…。けれど、相手はフレンだ。ここで断ればかえって…。そんな風に頭の中をグルグル回転させていると、ぐいっと手を引っ張られあっという間にフレンの腕の中で反抗する暇も無く、ぐっと唇を重ねられた。前された時とは違い一瞬の触れ合い。フレンの顔は真っ赤で…。それに釣られるようにユーリの顔も赤く染まった。
「……あの、お二人さん?」
「何だよ、おっさん」
「何かしら?その反応は…?」
何って…。二人がまた赤くなる。だいたい何でオレがこんな目に…。そうだ。全て…。
「…おっさんが悪い」
「へ?」
ガシッとレイヴンの手を掴むとズルズルとペイッと縁側の窓から外に放り投げた。そして、ラピードを呼び込み中へ入れるとピシャリと窓を閉め鍵をしっかりとかけカーテンを閉めた。
「さー、皆。悪は滅んだから片付けするぞー」
ユーリの一言に皆我に返り、後片付けを始めた。皆首を捻り不思議に思っている中、フレンだけは幸せを噛み締めていた。
余談として、レイヴンは外から壁を登り自室に帰ったとか帰らなかったとか…。



