掟その4 行事には積極的に参加しよう(町内祭り編)
「どうして駄目なんだいっ!?」
下宿にフレンの声が響き渡った。
学校も夏休みに入り、遊びに行ったり、部活をしたり、皆それぞれ休みを満喫していた。しかし、下宿に戻ってくると各部屋にクーラーは無い為、唯一エアコンのあるリビングで皆集まり各々のゆったりとした時間を過ごす。だが、今日だけは違った。
「どうしても何もあるかっ!何でオレが女装しなきゃならねぇんだっ!!」
「それが駄目ならウサ耳でもいいからっ!!」
「意味わからねぇよっ!!」
ユーリが本格的に声を張り上げた所為で、ラピードを枕に寝ていたカロルとパティが目を覚まし、本について会話していたリタとエステルが驚いて二人に注目した。
「あ、あの、ユーリ?フレンも。どうかしたんです?」
「どうかしたも何も、こいつが女装しろって言うから」
「変な所だけ抜擢して言わないでくれ。実は今度の町内仮装パレードの事で衣装の相談をしてたんです」
「それで、ユーリに女装を?」
「えぇ」
「おかしいだろ。何でオレだけ女装なんだよ。お前は普通にタキシードにするって言ってたくせに」
「それは、僕が見たいからだっ」
「いやいや、その理論はおかしいだろ。どう考えても」
またギャンギャンと喧嘩を始めてしまった二人にリタが「馬鹿っぽーい」と呟いた。それをしっかり聞いていたユーリがリタに向かって指を指し言った。
「お前、他人事じゃねぇぞっ!!」
「はぁ?何でよ。だって、アタシは出ないもん」
「リタ。それは出来ないんです」
「何で?」
「この下宿は、イベントには絶対参加なんですよ?」
そう言ってリビングに張ってある掟と書かれた張り紙を指差した。そこには、確かに『行事には積極的に参加しよう』と書いてあった。
「確か去年は、皆で着ぐるみ着たんですよね〜」
「のじゃ。皆で仲良く暑い中歩いたのじゃ」
「あれ、本当に暑かったよねー」
「だな。マジで死ぬかと思ったからな」
「だから今年は涼しいのにしようと思って、こうやって決めていたんだよ」
思い思い話す姿は何だかんだ言いながらも楽しそうだった。ならば、やってもいいかとリタも思う。そんな時、リビングにレイヴンとデート帰りのジュディスがリビングに入って来た。
「なーに?皆揃って何してんのー?」
「明後日の仮装パレードの衣装について決めてんだよ」
「あ、そっか。もうそんな日なのね」
「そうだよ。けど、衣装が決まらなくてな」
「あら、何?だったら簡単にクジ引きとかで決めたらどう?」
「クジ?どうやって?」
「そうねー。例えば『自分がしたい格好』を一つ紙に書いて『誰かにして貰いたい格好』をもう一枚の紙に書く。それでシャッフルして皆平等にクジを引く」
「……いいぜ。それにしよう。お前等もそれでいいだろ?それから、おっさんも今回は強制的に参加決定だからな」
「えぇっ!?おっさんもーっ!?」
「言いだしっぺが参加するのは当たり前だろ」
レイヴンの泣きが入るが、誰一人反対する者もレイヴンを助ける者もいなかった。
「それじゃ、はい。コレ」
「……ジュディス、相変わらず準備いいね…」
ジュディスから紙を二枚ずつ受け取り、皆部屋の隅で見られないように書いていく。書き終わると、その紙を四つ折りにしてジュディスが用意していたティッシュの箱にその紙を入れた。不正があるといけないと言う事から、ラピードに頼み良く混ぜて貰い再度一つ紙を選び一斉に引いた。
「それじゃ、せーので開くわよ。せーのっ」
カサカサと紙を開き中に書いている文字を読んで、喜ぶもの、沈むもの半々だった。
「……フレン、何引いたんだよ?」
「…セーラー服……」
「…明らかにおっさんの文字だな」
「そう言うユーリは?」
「………メイド服……」
「ホントにっ!?やったぁっ!!」
「……まさか、これお前が書いたんじゃねぇだろうな?」
「うんっ♪ホントにユーリが引いてくれるなんてっ♪」
「マジかよ…。でもまぁ」
とフレンとユーリが騒ぎ、
「リタは何を引いたんです?」
「タキシード…」
「カッコいいですっ♪きっと、似合いますっ♪」
「アンタは?」
「私は学ランだそうです。楽しみですね♪」
見事にユーリとフレンが自分がしたかった格好をリタとエステルの二人に引かれ、
「…おっさん。騎士の格好って何か嫌なんだけど」
「あら?まだ似合う年齢よ。安心して」
「いや、そうじゃなくてね。なーんかこう、ね」
「カロルは、何引いたのじゃ?」
「今年もまた着ぐるみだよ〜。僕が誰かに引かせたくて書いたのに自分で引いちゃった…。恐竜の着ぐるみ」
「ウチも着ぐるみじゃ。ウチは猫の着ぐるみじゃの」
「猫の着ぐるみって事はリタかしらね」
「ジュディスは何だったの?」
「私?私は警察官(男装)だそうよ。エステルが書いたのね、きっと」
とそれぞれが、自分の格好を確かめると今度は手配をどうするか相談し始めた。
「タキシードと学ランとセーラー服はどうにかなるかもしれないが、他はどうする?」
「大丈夫よ。おっさんがちゃんと借りて来て上げる♪」
「僕も行っていいですか?」
「フレンちゃん?」
「ユーリのメイド服、僕が選びたいんですっ」
「……おーい、カロルー」
「どうしたの?ユーリ」
「お前も一緒に行って来い。いいか。ちゃんと二人を見張ってろよ」
カロルの肩に手を置き、鬼気迫る顔で言われカロルはカクカクと頷くしかなかった。
あれやこれやであっという間に日数が過ぎ、当日。
仮装パレードは正午からと言う事で、前日に渡された服を男性陣はリビングで、女性陣はエステルの部屋で着替える事になっている。何故一緒に着替えるかと言うと、一緒の方が色々着替え易いと言うのも勿論あるが、隙あらば逃走する人物がいるからである。
「あれ?これって、どうやってつけるんだろう?」
「あ?どれだ?」
「これ」
「あー、スカーフな。とりあえず、その襟の下に…」
「レイブン、チャック閉めてー」
「はいはい。少年、何か妙に似合うわねー。その恐竜着ぐるみ」
「あんまり嬉しくないんだけど…。でも、前のと違って顔だけでも外に出てるのは楽だよ」
「ユーリ、凄く似合ってるよっ」
「褒めてねぇだろ、それ」
「心の底からっ、全身全霊で褒めてるよっ!!」
「それはそれでムカつくっ」
わいわい騒ぎながら着替えの終わった男性陣は、女性陣を座って待つ事に決めた。ただ待っているのもあれなので、ユーリはキッチンにお茶を入れに行く。前もって作っておいたロールケーキを人数分に切り、紅茶を淹れたカップと一緒にお盆に乗せて戻ってきた。その姿はメイドそのものだった。それぞれの前にカップとケーキを置いていく。ただし、レイブンの前には紅茶だけ。ユーリなりの気遣いだった。そんなユーリの姿からフレンは目を離せないでいた。レイブンに付いて行き、沢山のメイド服の中から一番ユーリに似合うのはどれだろうと一時間悩んだかいがあるというものだ。ちょっとゴシックっぽいかなとも思ったが、ユーリの黒くて綺麗な髪に、白のフリルが際立ち更にユーリの姿を美しく仕上げていた。が、そんなメイド服もユーリにしてみれば不満そのもの。結局女装をする事になったのだ。嫌で仕方ない。フレンだって同じ女装なのに結構ケロリとしている。やはり体格の違いだろうか。フレンも女装の代表服みたいなセーラー服を着てミニスカートを穿いているのに何処からどう見ても男にしかみえない。それがまた悔しい。レイヴンとて、普段適当に結んでいる髪を下ろし、今着ているオレンジの騎士服を着ていると男らしい。だんだんと腹が立って来るがカロルを見て、すーっと頭が冷めた。紅茶とケーキをどうやって食べようかと着ぐるみの手で戦っている。
「……食べれない……」
「カロル。ったく、仕方ねぇな。ほら、口あけろ」
「ありがとうっ、ユーリ」
ケーキをフォークで小さく切り分け少しずつ、恐竜の口の中にあるカロルの口へ放り込む。それを見て、フレンが嫉妬心を燃やしたのは言うまでもない。そんなこんなで過ごしていると女性陣が準備を終えリビングに入って来た。
「うわぁ、皆可愛いですっ♪」
「…それは、嫌味か?エステル…」
「え?どうしてです?」
女性陣は何気にノリノリらしい。髪型のセットまでバッチリだ。エステルの学ラン姿は、「ユーリをイメージしてみました」との言葉通り、袖を捲くり学ランのボタンをあけ髪型も小さく後ろで結んでいた。
「おや〜?リタっち、可愛いじゃないの」
「う、うっさいっ!!」
「ね、ね。おっさんはどう?カッコいい?」
「なっ!?…え、エステルの方がカッコいいっ!!」
「えーっ!!…リタっちのケチ…」
確かにレイブンの言う通りリタの姿はカッコいいと言うよりは可愛いに近かった。リタにコレを言ったら怒るが、ぺったんこの所為で男の子に見えてそれがまた可愛いのだ。蝶ネクタイがますますそれを倍増させていた。その点、ジュディスは立派なスタイルの所為で逆に警察官の格好が色気を醸し出していた。髪型が何時もと違いポニーテールなのが尚更心を惑わす。
「あっついのじゃ〜」
「あ、パティ…暑いよね〜」
猫の着ぐるみが似合うのだが、やはり夏にはきついのだ。カロルの横に座り二人で伸びていた。
ユーリが女性陣の分もお茶とケーキを用意し、時間までまったりと過ごし、祭りの時間になり全員で外に出た。パティがラピードの為に、ウサギの耳を用意していたのでそれをつけ、ラピードもつれて祭りの会場へと向かった。祭りの会場はそれはもう凄かった。正直、下宿のメンバーなど可愛いものだと思い知らされる地獄絵図だった。この、仮装パレードは実は投票制で優勝すると商品が貰える。その為に皆気合を入れて来るのだろうが、あれでは逆効果だ。客が引く。だから、当然優勝は下宿メンバーの物だった。しかし、それによりそれぞれがそれぞれにファンをつけた事を本人達は気付く事は無かった。
この祭りは終わると夜は花火大会と変わる。出店が立ち並び、空には花火が浮かぶ。一旦家に帰った下宿メンバーは、女性陣は浴衣に着替え、レイヴンを抜いた男性陣は私服で祭りに再びやって来ていた。本当はユーリもレイヴンと同じくもう一度外に出るのは嫌だったのだが、フレンが女性だけで行かせるのはちょっと…と呟いた為、護衛代わりについて来たのだ。しかし、カロルはナンと。ジュディスは日本にいると言う恋人とデートに行ってしまったので残っているのは5人だけだが。でもまぁ、折角来たんだからと、楽しむ事に決めたユーリは早速林檎飴にかじりつく。そんなユーリをフレンは嬉しそうに眺めていると、ユーリからのお叱りが飛んできた。
「……ったく、何なんだよ。フレン。今日一日ジロジロと」
「えっ!?あ、ごめん。だって、君が可愛いからつい…」
「ついって…お前は…」
肩ががっくりと落ちる。フレンの目はどうなってるんだろう、とマジで調べたくなる。
「本当だよっ」
「そうかそうか、ありがとよ。んな事言うのはお前だけだぜ」
ニヤリと笑い、フレンの着ているシャツの胸倉を掴むと、自分に向かって引き寄せた。
「ユーリっ?何…んっ?」
唇が一瞬だけ触れ合う。そして直ぐに手を放し体を離して硬直しているフレンの耳元にボソリと呟いた。
「オレからの嫌がらせだ。効いたろ?」
そう言って、さっさと歩いていってしまった。
「え?え?い、まの……えっ!?」
頭が今の状況に追いつかない。残されたフレンはしばらくその場で呆けており、ユーリが呆れて迎えに来るまでそのままだった。



