掟その5 一ヶ月に一回は家族の日(前編)
「また、来たな…。この日が…」
「そうだね…」
リビングでユーリとフレンがカレンダーを見つめ、ふっふっふっと怪しげに笑っている。
一体、何なのか?とリタが若干引き気味に、エステルに問いかけるとエステルは黙って微笑みまたしても、掟の書かれた張り紙を指差した。
「えーっと、何々?毎月21日は家族の日?何コレ?」
「この下宿は家族をイメージして作られているんです。だから、毎月1日だけは皆名前ではなく名称で呼び合うんです」
「名称?」
「はい。大抵は年齢順です。だから私の場合、レイヴンはお父さん。カロルは弟。パティは妹。ユーリとフレンはお兄さんですね」
「えっ!?何っ!?この年になっておままごとっ!?」
リタが嫌そうな顔をして言うと、背後からジュディスがニコニコと話に加わってきた。
「あら、楽しそうじゃない」
「のじゃ。この企画は結構面白いのじゃっ。ウチが一番好きな掟なのじゃっ」
「ボクも好きだよっ。だって、ここいらで有名なユーリとフレンをお兄ちゃんって呼べるんだよっ」
「あー…。馬鹿っぽーい…」
がっくりと肩を落とした。だが、エステルと一緒にいる為には仕方ないと覚悟を決めようとした、その時―――。
「やったっ!!僕の勝ちだっ!!」
「くっそぉっ!!負けたっ…」
行き成りの大声に一斉に振り向くと、そこには本気で悔しがるユーリと飛び跳ねんばかりに喜ぶフレンがいた。
「何してんの?あいつら」
「ユーリとフレンは同い年じゃからの。毎回ジャンケンでどっちが兄貴か決めるのじゃ」
「今回はフレンが長男みたいだね」
「そのようねー。んじゃ、そゆことで皆今日一日は家族だからねー」
いつの間にか現れたレイヴンの一言で家族の日が始まった。
今日は世間では休日にあたる日曜日だが、ユーリ達の通う学校は違った。何故なら今日は彼等の学校の体育祭だからだ。
朝から狼煙があがり、今日運動会が実行される事を知らせる。ユーリ達は体操着に着替えグラウンドに集合していた。この学校の体育祭は就職クラスと進学クラスに分かれて競技を競い合う。その為、進学クラスの3年生のフレン、2年生のエステルとソディア、1年生のリタと就職クラスの3年生のユーリと同じく3年生のジュディスの対決となる。グラウンドの東が進学クラス、西が就職クラスの陣地だ。因みに教師はそれぞれのクラス担任はそのクラスの陣地へ。それ以外は参加義務は無い。おかげでレイヴンにしてみれば今日は若人を見守る立派な休養日だ。しかし…。
「あ、父さん。見つけたっ」
「あらら、見つかった?ってカロルじゃないの。何?見に来たの?」
「うんっ!だって、兄さん達の対決だからねっ。ちゃんとお弁当も作ってきたんだよっ」
「のじゃっ!ウチとカロルの力作なのじゃっ!」
「わんっ!!」
「な、何て良い子達なのっ!よーし、お父さんがいい場所用意してあげるからねっ!!」
しっかりと応援に来たカロルとパティとラピードがレイヴンの休養を妨げたが、これはこれで嬉しそうだったりする。レイヴンの後に続き、カロル達は木陰の下の絶好のスポットの場所取りに成功した。シートを敷き上にピクニックバックをおき、三人と一匹はシートの上へ座った。
「ね、ね、父さん」
「んー?どうした、息子よ」
「プログラム持ってる?」
「あー、そう言えばフレンに渡されたわよー。ほい」
プログラムを渡し、自分はゴロンと横になり、選手宣誓をするフレンを遠くから眺める。カロルとパティ、ラピードはレイヴンに渡されたプログラムを覗き込む。
「えーっと?あ、皆結構色んな種目に出るんだね」
「そうじゃの。まずは誰の競技なのじゃ?」
「わぉん?」
「うん、と。あ、まずはエステル姉さんの100m走だよっ」
「エステル姐かっ。じゃ、しっかりと応援するのじゃっ」
「うんっ」
「わんっ」
三人と一匹は、しっかりと応援する為に、持ってきた小道具を準備するのだった。
一方フレン達、進学クラス 西陣地。
フレンとリタはこれから走る為に指定の場所へ移動する前の2人に激励を送っていた。
「エステルっ!!頑張ってっ!!」
「はいっ!!頑張りますっ!!」
「ソディアも、頑張れっ」
「か、会長っ。勿論ですっ!!就職クラスの奴等になぞっ、ユーリ・ローウェルなんかに負けたりしませんっ!!」
「え?なんで、ユーリ限定…?」
エステルとソディアが任せてと言うように自信満々にスタート位置へと向かった。しばらくして、合図と共にエステルが走り出す。しっかりと就職クラスを負かし一位を取り、ソディアも勿論フレンに宣言した通り他の追随を許さず一位を奪い取った。旗を持って自分の陣地に誇らしげに戻ってくるのをリタと2人で迎え入れる。
「あれ?もしかして、次はユーリ?」
先程までエステルたちがいた所にユーリが立っていた。髪を結い上げポニーテールにして、腕と足を軽く動かし準備運動をしている。
「みたいです。あちらで少し話してきました。お兄さんには負けないと言ってましたよ」
パーンッ、と合図が鳴りユーリが走り出した。相変わらずの素早さと身軽さ。文句なしの一位だった。
「…さすが、ユーリだね」
「ですね」
「…でも」
あの格好はないんじゃないかっ!?と出そうになる言葉を必死に飲み込む。元々白い足が短パン着用の所為で曝されて、尚且つ。
(うなじ…。ユーリ、どれだけ人を誘惑する気なんだいっ!!)
出来る事なら今すぐユーリの所へ飛んで行き、着替えさせるか僕のモノだと宣言したい。ひたすら悶々としているフレンを放って、プログラムがどんどん進み『プログラム、6番。借り物競争に参加される方は…』とアナウンスが入った。
「お兄さん、行かなくていいんです?」
「え?あ、あぁ。そうかっ。行って来ます」
エステル達に一声かけ、待機場所へ向かう。そこには、同じ競技に出るのか、ユーリがクラスで一番仲の良いアシェットがいた。
「君も出るのかい?」
「お?なんだ、フレンじゃねぇーか。おう」
「走順は僕の一つ前か」
「みたいだな。んじゃ、お先」
「あぁ」
アシェットが位置につき、合図と共に走り出す。そして机の上に置かれた紙を開き、真っ直ぐに自分の陣地へと走るとユーリをつれてゴールした。
(なんてお題だったんだろう?)
ユーリを連れて来たって事は、友達とか?フレンが考えを巡らせていると、走者全員がゴールし一人ひとりお立ち台の上でお題の確認をし始めた。
『はい。アシェットさんのお題は【恋人】ですね』
「はぁっ!?」
「えぇっ。立派なオレの恋人ですっ!!」
「お前、馬鹿かっ!!」
「照れんなって。なー、ユーリ?」
「っとに、仕方ねぇな。お前は」
会場に笑いが溢れる。しかしフレンには壇上で話す言葉が右から左へと流れた。冗談だと分かっていても自分の好きな人が他の男の恋人として紹介されたのだ。ショックだった。しかし自分の順番が来てしまいフレンは今は忘れる事にして走り出した。机の上にある紙を開く。そこには『妹』と書かれていた。フレンにとって今『妹』と呼べるのはエステルにリタ、それにパティだ。ここで一番近いのは…。フレンはキョロっとあたりを見回すと、木陰にシートを敷きこっちを応援しているパティ達が見えた。あそこが一番近い。真っ直ぐそこへ向かって走り出す。
「パティっ。すまないが、一緒に来てくれないかっ!?」
「勿論、行くのじゃっ!!」
一緒に走っていたら遅くなってしまう。フレンはパティを抱き上げ猛スピードでゴールへ向かい白いテープを切った。どうやら、一位だったらしい。ホッと一息つきパティを降ろした。
「ふっふっふっ。一位なのじゃ」
「そうだね。でも、運も良かったみたいだ。他の人たちのお題は正直大変そうだ」
次々とゴールをする走者を見てしみじみと思う。米俵とか女子の水着とかを持って走って来ている。特に女子の水着を持ってきている男子生徒の頬が手形に腫れ上がっており、凄く可哀想だ…。
ようやく全員がゴールし、壇上に上がる。入れ替わりの様に前回の走者が反対側から降りる。ふと、ユーリに意識が行く。アシェットの横で照れながら笑っていた。
(…どうして…)
ユーリに気をとられ、フレンは壇上に立った。―――その時。
「うわっ」
「わわっ!?」
米俵を持った生徒がパティへぶつかり、パティが壇上から―――突き落とされた。



