掟その5 一ヶ月に一回は家族の日(後編)
「危ねぇっ!!」
ユーリが走り、落下するパティの下に自分の体を置き、抱きとめる。
自分の上に落下したパティが無事な事にホッと息をつく。起き上がる為、手を地面につき力を込めると。
―――ズキンッ。
鈍い痛みが腕へと走る。しかし…。
「大丈夫かいっ!?」
慌ててフレンがユーリに走りより、パティをどかす。フレンにばれたくは無かった。だから、痛みを堪えニヤリと笑い、
「どうってことねぇよ。それより、ほら。続けようぜ」
パティを壇上に戻し、ユーリは自分の陣地へと戻った。フレンが機転をきかせたのか、そのまま進行していく。それにユーリは一息ついた。幸いな事にこの後、昼までユーリの競技がない。ユーリは誰にも気付かれないように、グラウンドを脱け校舎の教室へと向かった。
教室へとつくと窓の近くまで歩き、壁を背にズルズルと座り込んだ。ズキンッ、ズキンッと脈を打つのと同じように腕へ激痛が走る。
「くそっ…。失敗したっ…」
昼までには戻らなくては…。それまでに何とか痛みに慣れようと大きく深呼吸をして体を落ち着かせる。すーっと暗示をかけられた様に痛みが少し和らぎ、多少なりとも落ち着いてきたかなと目を閉じるとバタバタバタと慌てた様な足音が聞こえる。誰か備品でも取りに来たのだろうか?と頭の端で考えていると、ガラッと戸が力強くあけられた。
「ユーリっ!!やっぱりここにいたんだねっ!?」
「フレン?」
何でここにいる?と問いかける前にフレンがユーリに近寄り痛めた方の腕にそっと触れた。
「…怪我、したんだね?」
「さっきも言っただろ?どうってことねぇよ」
「嘘だっ」
「嘘ってお前…」
「だって、こんなに腫れてる…。とにかく保健室に行こう。ユーリ」
「……嫌だ」
プイッとそっぽ向く。しかし、フレンにユーリの拗ねはきかない。
「駄目だよ。ほら、行こうっ」
「いいってっ」
「ユーリっ」
怒気を含み名前を呼ばれ、反射的にユーリの体はビクッと震えた。パッとフレンの顔を見ると泣きそうな顔をしてユーリを見つめていた。
「…フレン?」
「行かないって言うのなら腕ずくでも連れて行く」
「なっ!?フレンっ!?」
逆らおうとするユーリの痛めていない方の腕を引っ張り、自分の方へと抱き寄せると両腕で抱き上げた。そして、問答無用で歩き始める。
「フレンっ、降ろせっ!!」
恥ずかしくて堪らなくてフレンに言うが、フレンはただ首を左右に振った。無言のまま歩き続けるフレンの様子が何か違い、もう声をかけられなかった。保健室に入りユーリをそっとベットへ座らせると棚からタオルを取り出し水で濡らし痛めた腕に当てた。
「っ!!」
「あ、ごめんっ。痛かった?」
「い、いや。平気だ」
どうやら、熱をもっていたらしく、冷やされた所が気持ちよかった。癒されていく事がわかり小さく息を吐き出すと、いきなりフレンが立ち上がり自分に抱きついた。かと思うとグラリと視界が変わり、気付けば天井を見上げ視線を動かすと横にフレンの金髪がある。
「おいっ。ちょっと、フレンっ?」
「ごめん…。ユーリ、ごめんっ」
「何に謝ってんのか分かんねーよ。オレを姫抱きして運んだ事か?それとも、こうやって今ベットに押し倒してる事か?」
何も答えない。ただきつくユーリを抱き締める。
「フレン、腕痛ぇって…」
「ねぇ…ユーリ?」
「何だよ」
「ユーリは、…アシェットの恋人なの?」
「は?」
「はぐらかさないで、教えてくれないか…?君は…アシェットが、好きなのかい?」
上に覆い被さるフレンの瞳は真剣で、それでも何処か哀しげだった。
「フレン…。お前…」
「君が…君がっ、アシェットの恋人だと聞いた瞬間、愕然としたっ。ユーリが何時までも応えてくれないのは、アシェットが好きだからっ?」
「フレン、落ち着けっ」
ユーリの声はフレンに届いていない。
「…僕はパティが横にいた事を知っていた。なのに…、ユーリの事が頭の中にグルグル回って…。後ろの人がふらついている事に気付く所か…パティを壇上から落として、しかも君に怪我をさせてしまったっ」
「フレン」
「お願いだ。ユーリ…。応える気がないなら無いで構わないから…」
「だあーっ!!もうっ!!いい加減にしろっ!!」
パンッ。
ユーリの両手がフレンの頬を挟むように叩いた。痛みとユーリの声にフレンがキョトンとする。
「あんな、どうでもいい悪ふざけをマジにとるかっ?普通っ」
「ユーリ、でもっ!!」
「でもも何もねぇっ!!」
「ユーリ…」
それでも何か聞きたそうな顔をするフレンの頬をむに〜っと引っ張り、ユーリは笑った。
「お前、確かクラス対抗代表リレーに出るよな?」
「え?うん、出る、けど…」
「リレーのアンカー。オレと一騎打ちだってのは知ってたか?」
「うん。知ってる」
「んじゃ、オレにリレーで勝てたら、お前の聞きたい事全てに応えてやるよ」
「ユーリ…。本当に?」
「あぁ。だから、いい加減オレの上から退け。腕、痛ぇから」
「えっ?あっ、ごめんっ」
慌ててフレンがユーリの上から避け、立ち上がるとユーリの腕の治療を続けた。そのすぐ後、ジュディスとエステル、リタが保健室に現れジュディスがユーリの傷の手当をすると、レイヴン達の待つ木陰へ昼食に向かった。下宿の皆がユーリ達の活躍で盛り上がっているが、ユーリとフレンはこの後の勝負の事で頭が一杯で返答は的外れな事ばかりだった。そして、昼休憩が終わり、午後の競技が順調に進み…。
「フレンお兄さんっ!!頑張って下さーいっ!!」
「会長っ!!就職クラスの奴なんか負かしちゃって下さいっ!!」
「が、頑張ってくればっ!?お、お、お兄、ちゃんっ!!」
進学クラスの生徒から声援を送られフレンはニッコリ爽やかに笑い、
「ありがとう」
と答え、待機場所へ移動する。そして、就職クラスでも勿論。
「ユーリお兄様、頑張ってね」
「あぁ。サンキュ」
ジュディスに声援を送られユーリは何時もの様にニヤリと笑い答え、待機場所へ移動した。
フレンとユーリは互いにアンカーの為、待機場所は一緒。だが、何を話していいのか分からない。それに、話なら勝った後にすればいい。合図と共に第一走者が走り出した。走者は男子3人女子3人の計6人。第一走者が女子で交互に走る。400Mトラックを女子100M、男子300Mとまた微妙な距離を走らされる。第三走者現在で就職コースが先に出ていた。意外と接戦である。そして、その距離のままバトンがユーリに渡され、遅れてフレンにバトンが渡された。アンカーは400M走らされる。要するにトラックをまるまる一周走らなければならない。だから勝負は最後までわからない。四つ目のカーブが過ぎ、最後の直線勝負。
(…くそっ。思うように走れねぇっ…。腕の所為かっ!?)
フレンがユーリの後ろまで迫ってきていた。必死に走るが、どうしても意識が腕にいき痛みを思い出してしまう。ゴールに着く瞬間、フレンが…ユーリを追い越し―――ゴールした。
その後、閉会式がありフレンの活躍で優勝は『進学クラス』に決まり、優勝した進学クラスは帰りのHRまで自由に休憩、負けた就職クラスはグラウンドの後片付けとなった。負けた就職クラスで男子は機材を、女子はごみ拾いをしている。ユーリは腕に負担をかけないように機材を持ち体育用具倉庫へと運び、元の位置に戻す。それを確認して外へ出るといきなり誰かに腕を引かれた。
「ユーリ」
「あ?フレン?お前、進学クラスは休憩出来るってのに何でここにいるんだ?」
「ユーリ、…約束だろ?」
「あぁ、そうか。それで来たのか。それで?何が聞きたい?」
ユーリがフレンに問いかけると、少し考えるようにしてまたユーリを見据え口を開いた。
「ユーリ、君はアシェットの事が好きなのかい?」
「それが、友達としてと言うのなら好きだぜ?けど…」
「けど、なんだい?」
「アシェットを一人の男として好いているか?と聞かれれば違う」
「ほ、んとうに…?」
「あぁ」
「だって、あの時君は…」
「借り物競争の事か?あれはあいつが見た目が女っぽい男がいいってオレを選んだんだよ。腹が立つ事にな」
イライラしつつユーリが言う所を見るとどうにも本当らしい。だけど…。
「じゃあ、君は誰が好きなの?」
「オレ、は…」
「ユーリは?」
「正直分からねぇ…。でも、お前がオレを好きだって言ってキスされた時は焦ったけど、嫌じゃなかった…。もしアシェットにキスされたら間違いなく殴ってるな」
「…っ…ユーリっ!」
フレンがユーリを抱き締めた。今日だけで二度目。だけど、嫌ではないのだ。フレンに抱き締められる事が…。
「好きだよ。ユーリ…。誰よりも君だけを…」
「フレン…」
ぎゅっとキツく抱き締めると、ゆっくりとユーリを放しニッコリ照れ笑い「生徒会の仕事に行くね?」と走っていった。それを見送りユーリもゆっくり教室に戻るのだった。
体育祭が終わり制服に着替え、HRが始まるまでの間ユーリは少し休息をとろうと、アシェットにHRが始まったら起こす様に頼み仮眠をとっていた。そこへ…。
「ユーリ、いるかい?」
フレンが教室の戸を開け、中に入って来た。普段、進学クラスの生徒が就職クラスの教室に入る事はまず無い為、ヒソヒソと囁く声が聞こえる。だが、フレンには全く気にならないらしい。堂々とユーリの席にまで歩き前に立った。机につっぷして寝ていたユーリを前の席にいたユーリの友達のアシェットが揺さぶり起こし、フレンの性格を知っている彼はそそくさと逃げていった。折角寝て腕の痛みをやり過ごそうとしていた所をたたき起こされ、尚且つ今日は家族の日。フレンを兄と呼ばなければならない屈辱を思い出し、それが嫌で少しふてくされた様に答えた。
「何だよ、兄貴」
「これ、忘れただろ?」
そう言って机に置かれたのは、小さく四つ折にされた紙。
「…?」
「それから、あんまり周りに無防備な姿見せないでくれるかい?君がそんなだから心配が絶えないんだ」
「なっ!?ふれ、んっ…んんっ」
抗議をされる前にさっさとキスをして口封じされる。しかし、ユーリにしてみれば寝起きに訳の分からない事を言われいきなりキスをされたのだ。一体何がおこったのか、理解できなかった。ただ、フレンの顔が凄く近くにあり、唇にフレンの唇が触れている…。ユーリが我に帰る前にフレンはユーリの唇をぺロリと舐め、離れた。
「それじゃあね。ユーリ」
フレンが手を振りながら教室を出た瞬間、堰を切ったように女生徒の驚愕の悲鳴と男子生徒のなんか良く分からない声が教室中に響き渡った。
「すげぇな。ユーリ。堂々と教室でキスするなんて」
「う、うるせぇっ!!あれは、あいつがいきなりっ!!」
大体一体何しに来たんだっ!!と憤りながら手渡された紙を開く。中には。
『これでユーリは他の誰でもない『僕』のもの、だよね?』
と書かれていた。綺麗な字で書かれているが全く意味が理解できない。
「何だよ。なんて書いてあったんだ?」
ひょいっと頭を捻らせているユーリの手から手紙を抜き取り、アシェットが読むと一瞬にして凍りついた。
「……これって…」
「どうした?アシェット?」
「俺に対する威嚇か…?」
何故か青ざめ震えるアシェットだが、その理由が分からないユーリはキスされた事をどう周りに説明していいかの方が優先だった。



