掟その4 行事には積極的に参加しよう(ハロウィン編)





「フレン、今日暇か?」

部屋のドアをノックして入って来たユーリの第一声がそれだった。思いがけないデートの誘いにフレンは手に持っていたシャーペンを床に落とした。

「何だよ、駄目なのか?」
「う、ううんっ。大丈夫、暇だよっ」
「そっか。じゃあ、今日一緒にこのイベント行かね?」

戸を閉め、フレンに近寄り手渡したチラシ。それには『世界のパティシエが集まるハロウィン祭』と書いてあった。

「これに行きたいの?ユーリ」

ユーリは何も応えずに頷いた。不思議に思い顔を見ようとするとプイッと黒髪をなびかせそっぽ向いてしまう。それでも髪の隙間から見える耳が赤く、照れているのがはっきりと分かった。

「いいよ。行こう」

フレンがニッコリ笑って同意するとユーリはバッとフレンと顔を合わせ嬉しそうに目を輝かせた。

「ユーリからのデートの誘い、僕が断るわけないだろ?」

自分の前に立つユーリをそっと抱き寄せ、額に唇を寄せる。
体育祭が終わってユーリから自分をどう思っているか聞いてから、ユーリはフレンのスキンシップ(愛情表現)を嫌がらなくなった。それどころか、たまにこうして自分とデートしたり、キスをしたりする。

「じゃ、早速行こうか」
「おうっ」

フレンと二人部屋を出ると、階段を降り玄関へ向かう。

「あれ?ユーリ、フレンも。どこ行くの?」

カロルがリビングから顔を覗かせた。手にトランプを持っているのをみると皆でゲームをしていたんだろう。

「フレンとデート。邪魔すんなよ?」
「ゆ、ユーリっ!?」

フレンは今感動で倒れそうだった。ここにカロルさえいなければ抱き締めてキスをするものを…。
ひたすらその事が悔やまれる。靴を履き、二人は下宿を出た。何時もの様に二人並んで歩く。会場の商店街に着くと、祭りはもう始まっていてハロウィンに似合ったかぼちゃのお菓子を始め様々なお菓子が並べられていた。

「うわ、すごいね」
「だなっ。フレン、何から食う?」
「ユーリの好きなのからでいいよ」
「んじゃ、あれだっ。あの南瓜のモンブランっ」
「うん。じゃ、行こうか」

はぐれないように、とユーリの手を握る。いつもなら馬鹿と照れ隠しが飛んでくるはずなのに、何も言われない。嬉しくてユーリの手を引きユーリが望んだケーキを売っている出店まで移動した。

「すみません。モンブラン一つ下さい」
「はい。いらっしゃいませ〜」
「あ、悪い。モンブランの他にかぼちゃのプリンも貰えるか?」
「はいっ。プリン追加ですね〜。合計で840円です〜。今お包みしますので少々お待ち下さいませ〜。」

店員がかぼちゃのモンブランとプリンを箱につめ、フレンが代金と交換で受け取る。

「フレン、金っ」
「いいよ。デートだからね。僕に奢らせてよ」
「…サンキュ、な」

嬉しそうにはんなり微笑むユーリに思わず見惚れ、折角買ったケーキを落としそうになった。

「これは、どっかで座って食べないとね」
「だな。じゃあ、まず他の食べ歩きしやすそうなの買おうぜ」
「あぁ。いいよ」

ユーリとフレンはユーリが望むまま様々な出店を歩き、ある程度満足したのかユーリが公園のベンチを指差し休もうと言うので二人仲良くベンチに座った。先程買ったモンブランとプリンを食べようと箱を開けるとスプーンが一個しか入っていない。

「あれ?一個しか入ってないね」
「だな」
「じゃ、僕はいいからユーリ二つ共食べなよ」
「…なんでだ?二人で食おうぜ」

言うと、ユーリはスプーンを持ちモンブランを掬うとフレンの口にモンブランを近づけた。

「えっ?ユーリっ!?」
「ほら、フレン。口、開けよ」

これは世間で言う所の「はい、あーんして?」と同じ。フレンは幸せ過ぎて死にそうだった。

「嫌、か?」

恐る恐る聞いてくるユーリの言葉を全力で否定すると、口を開けユーリの差し出したスプーンを口に含んだ。口の中をじんわりとかぼちゃの甘さが広がる。

「旨いか?」
「うん。凄く美味しい」
「そうか」

ユーリは嬉しそうに笑い、ふと意を決したかの様にフレンを見つめ口を開いた。

「なぁ、フレン?」
「ん?なんだい?」
「オレ、考えたんだけど…。オレもお前の事…好き、みたいだ」
「えっ!?」
「ごめんな。今まで待たせて…。愛してるよ。フレン。お前が他の誰より…」
「ユーリ…。嬉しいよっ!!」

ユーリをきつく腕の中に抱き締めた。ユーリと目が自然と合い互いに顔を近づけ瞳を閉じ…そして…。

―――ゴンッ。

頭に何かがぶつかった。
ユーリの頭にしては固すぎる…。目を開くと見慣れたノートがあり、ノロノロと突っ伏していた態勢から体を起こし辺りを見ると自分が机に向かったまま居眠りこいていたのが分かる。

「……え?………もしかして、夢っ…?」

一気に肩が落ちた。ユーリの告白も何もかも夢だったのだ…。あまりのショックに頭が痛くなってきた。

(いっそ、勉強を切り上げて眠ろうかな?)

ヤケクソの様にそう思いノートと教科書を閉じ椅子から立ち上がる。すると、一瞬グラリと視界が揺らいだ。立ち眩みかな?と思い少し机に手をつきふらつきが治まるのを待っているとトントンとノックをして戸が開いた。

「なぁ、フレン?今、暇か?」
「ユー、リ…?」
「あ、おいっ!?」

フレンがユーリの名を呼んだ途端、全身から力が抜けたように倒れ込む。その様子に逸早く気付いたユーリはフレンが床に倒れる寸前、自分の方に倒れるように引き寄せた。ドサリッと音を立てて倒れ込んだ腕の中のフレンは赤い顔をして息を荒くしている。ユーリが慌ててフレンの額に手を当てると、焼けるように熱かった。

「熱あるじゃねーかっ!?っとに、この馬鹿がっ!!おいっ!!カロルっ、手貸せっ!!」

ユーリはフレンに肩を貸す様にベットへと連れて行き、後ろからユーリに呼ばれたカロルが部屋へ飛び込んできたのだった。