掟その6 病気の仲間がいたら皆協力するべし





ユーリは困惑していた。フレンの部屋に入った途端、そのフレンが倒れたのだから…。
基本的にフレンは健康管理をしっかりしており、風邪を引くのはどちらかと言えば昔からユーリの方が多かった。

「……はぁ……はぁ…」
「…熱、下がらねぇな…」

額に手を当てると、やはり熱い。フレンは肩で息を吸い、凄く苦しそうだった。

「ユーリ、お水とお粥。持って来たよっ」

勢い良く開くドアにフレンでなくとも頭痛を覚えそうだ。その後ろをレイヴンとジュディスが遅れて入る。

「ありがとな。カロル。でも、もう少し静かに入って来ような」
「あ、ごめんっ」
「いいさ。悪気があった訳じゃねぇし」

カロルが持ってきたお盆に乗っているお水とお粥を受け取ると、フレンが愛用している机の上に置き食べやすいように小皿へと分ける。その間にジュディスがフレンへと近寄り軽く診察をした。

「風邪のようね。疲労がたたってるんだわ。ここの所行事も多かったし…。でも、沢山睡眠をとって栄養のあるものをたっぷりとれば治るはずよ」
「どうやら、そのようね〜。んじゃ、青年。フレンちゃんのお世話よろしくね〜」
「おう。分かってる」
「それ以外の皆は心配だろうけど、風邪がうつると駄目だから退場〜」

レイヴンに背を押され、カロルは名残惜しそうに部屋を出て行った。残されたのはユーリと熱に魘されているフレンのみだった。前もって自分で持って来ておいた冷却シートを額に張り、机の上に置かれた薬の使用方法を確かめる。

「食後に…2錠か」

だとしたら起こさないと…。ユーリはフレンの肩を叩き耳元で名前を呼んだ。するとゆっくりとフレンの目が開き、はっとしたかと思うといきなり起き上がった。

「お、おいっ!!」

熱があると言うのに行き成り起き上がる物だから、やはり頭がふらつき再びベットへと逆戻り。

「熱あるんだから、無理すんな」
「…ユー、リ…。僕、は…?」

息を荒くしながらも、現状を把握しようとユーリに問いかけるとユーリはニヤリと笑った。

「風邪だってよ。ほら、フレン。ゆっくり起き上がってお粥食え」
「…今、あんまり食べたくない」

フレンはプイッとそっぽ向いてしまった。
正直、こんなフレンは珍しい。それがおかしくてユーリはまた微笑んでしまう。

「わがまま言うなって。食べねーと薬飲めないだろ」
「……じゃあ、ユーリが食べさせてくれる?」

いつもなら言いそうにないセリフがフレンから聞こえてきて、ユーリはきょとんと目を丸くした後、微笑みながらも「分かった」と頷きお粥を手元に持ってきた。

「起き上がれるか?」
「う、ん…。大丈夫…」

フラフラと揺れながらも、何とか上半身を起こしたフレンの背中に枕とクッションを押し込み安定したのを確認し、ベットの上に腰を降ろす。
持っている小皿にあるホカホカのお粥を蓮華で掬い、ふーふーと冷ますとフレンの口元へ運んだ。それを嬉しそうにパク付くフレンは子供そのもので…。

「美味いか?」
「うん…。美味しい…」

聞くと素直に頷く。

(まるで昔のまんまだな…)

自分しか知らないフレンのその姿が何故か嬉しくて、口を開けて待っているフレンに冷ましたお粥をせっせと食べさせた。
手に持っていた小皿が空になり、フレンが食べてくれた事に安堵し、ユーリは立ち上がり机の上にある盆の上に小皿を置くと水と薬をとりフレンに手渡した。
嫌そうながらもフレンが薬を飲む間にと、フレンのタンスの中からパジャマを取り出す。

「ほら、フレン。寝る前に着替えろ」
「え?」
「お前が倒れた時、とにかく寝かす事を優先したからな」

確かに自分の服装を見ると普段着のままだ。

「今、タオルとお湯持って来てやるから、ちょっと待ってろよ」

そう言ってユーリはフレンから水の入ったコップを受け取り盆に乗せると、盆ごと持ち上げ部屋を出て行った。フレンは動かない体でもそもそとボタンを外し始める。
しかし、熱の所為で指が思うように動かなかった。すると、ユーリが戻ってきた。

「あれ?どうした?もしかして、ボタン外せないのか?」

そう言いながら、タオルの掛かったお湯の入った桶を机に置きフレンの側へ寄った。フレンの指は震えていて、これでは確かに外すのは困難だ。ならばと、ユーリがフレンの代わりにボタンを外し、服を脱がしていく。何故か抵抗したが、風邪を引いたフレンに負けるほどユーリも弱くは無い。上半身を裸にした所でタオルを絞り、フレンの体を丁寧に拭う。首元から指の先まできちんと拭いていく。そして、冷えないようにパジャマの上着を着せ、上の次は下とジーンズのベルトに手をつけた瞬間、フレンの手がユーリを止めた。

「フレン?」
「そっちは、いい。自分でやる」

赤い顔で首を振るが、ユーリにしてみればどうやって?ってなものである。

「何言ってんだ。ボタンも外せないくせに」
「それでも、いい。とにかく、自分でやるから」
「今更恥ずかしがる事か?同じ男同士で」
「そう言う問題じゃない」

今一意味が分かっていないユーリにフレンは溜息をついた。
フレンはユーリが好きだ。
それはユーリも理解しているはずだ。
なのに、この何時もと変わらない態度はなんだろう。

「いいから、大人しくしろって」

フレンを押さえつけるようにベットへ押し倒し、ベルトを外す。
ユーリの黒髪がふわりと、フレンの腹部へと触れた。こんなに直ぐ近くにユーリがいるだけで、熱の上昇が倍になりそうになる。
同じ男なら分かってもいいはずなのに…。
いつものフレンであれば、こんな事行動に出るはずが無いのに、熱の所為か思考が麻痺していた。

「うわっ!?」

ユーリの手を力の限り引っ張り、自分の腕の中へと引き込む。そして、そのまま反転しベットへと押し倒した。現状を把握する前にフレンの顔がアップになり、唇に何かが触れる。風邪による発熱の所為でいつもより熱いフレンの唇。舌にフレンの舌が絡みつき、ユーリの舌を思う存分味わう。

「ふれ…、んっ…んぁ、んんっ…」

うわ言の様に「ユーリ」と囁いては、ユーリに言葉を発せ無いようにキスをする。喰い付くようなキス。フレンに口の中を刺激されるたび、ぞわりと何かかユーリを襲う。経験のないその感覚に、体が震え少し恐くなる。その感覚を追い払うようにユーリはフレンを力の限り引き剥がした。

「…はっ……はぁ…、おま、何考えてっ」
「だって、ユーリが悪いんだよ?僕がユーリの事好きだって知ってるくせに…」
「は?お前、何言って?」
「……ユーリ…、大好きだよ」

熱に潤んだ碧い瞳がユーリをじっと見つめていた。

「ねぇ、ユーリ…。君は僕のこと、どう思ってるの?」
「フレン?」
「まだ、自分の気持ちが分からないのかな?僕は何時まで待ち続ければいいの?」

何時まで待ち続ければ…。
ユーリは返事をくれるのだろう。
フレンはずっと自分の気持ちを伝えてきた。
けれど、ユーリの気持ちは定まらないまま…。

「僕に触られるのは嫌い?」
フレンの問に少し考える風にしてから首を左右に振った。
嫌じゃない。
むしろ、好きな部類に入るだろう。

「じゃあ、僕とのキス、は…?」

再び唇が重ねられる。
ユーリは目を閉じそれを受け入れた。
―――嫌、じゃない…。
なんで…?
フレンの舌がユーリの舌に絡まるたび、体中にぞくぞくと何かが走る。
これは、なんで…?
そっと、唇がはなれてフレンがユーリの耳元で名を呼んだ。

「ユーリ…」
「…フレン」
「ごめん、もう…無理…」

フレンの手がユーリの体をギュッと抱き締め、首筋にキスを落とし…そして、そのまま…。

「ちょ、ちょっと待てっ…って重っ!?」

フレンの力が抜け、全体重がユーリに圧し掛かった。
どうやら熱に負け、再び意識を失ったらしい。

「お、オレをに抱きついたまま、気を失うんじゃねぇっ!!」

ユーリは何とか脱出しようとするが、がっちりと抱き締められ身動きが取れなかった。
仕方なく今日は大人しくフレンの抱き枕になる事を決めると、手探りで毛布を引き寄せフレンの風邪が悪化しないようにと毛布をかけた。
健康体のユーリはまだ眠くない。
する事がなく、ぼんやりと天井を眺めていた。

『君は僕のこと、どう思ってるの?』

フレンのさっきのセリフが頭を回る。
そっと、自分の横にあるフレンの顔を覗き込むが、赤い顔をして荒く息をするだけだった。

「オレは…オレだってお前の事が好き…」

…なのかもしれない…。
けど、正直分からない。
ただの友情の延長かもしれない。
自分の気持ちが定まらず、イライラして…。
ユーリは考える事を放棄し、フレンと共に眠ってしまう事に決めたのだった。

翌日、フレンの風邪は全快し、その風邪を全て貰い受けたユーリが代わりに寝込むはめになった。