掟その7 赤点をとるべからず





テスト週間。
ユーリは、はぁ〜と大きな溜息をついた。
正直勉強。特に机に向かう勉強は苦手なユーリにとっては更に面倒な時期。
しかも、『進路を決める大事な日だからね〜』とか3年になるとテスト最終日から進路指導までついて来る。

「あぁ〜…面倒くせぇ…」

赤点は取り敢えず取った事は無い。
しかし、今はそれより進路指導について頭をかかえていた。
リビングのテーブルに突っ伏して、いっそこのまま寝てしまおうかと考えていると、元気な足音が聞こえてきた。
テンポよく走るこの軽快な足音は多分カロルだろう。
ユーリの予想通り、リビングの戸は勢いよく開けられ、

「ただいまーっ!!」

とカロルの元気な声がリビングに響いた。

「おう、お帰りー」

気の無い返事だが、出迎えの声をそのままの姿勢で答えると、カロルがまるで尻尾を振るように走りよってきた。

「あれ?ユーリ、珍しく勉強してる」
「んー、あぁ。何時もなら授業聞いてれば何とかなるんだが、今回はちょっとな…」
「ふぅん。何か分からないトコでもあったの?」
「いや、そうゆう訳じゃねぇ」
「そうなんだ。あ、じゃあ僕も一緒に宿題やろうかな」

ユーリからの返事を待たず、テーブルに教材を取り出して黙々と勉強を始めたカロル。
仕方なくユーリは手元のノートに再び思考を戻した。
本当なら、ユーリは進路で迷う必要はない。
何故なら、企業で内定を貰っている会社が一つある。
そこはもう確実で、その会社も潰れるような傾向も無い。
だから、そこに決めればいい。…いい筈なのだが…。
数学の問題を解く手が止まる。
『やってみたい職業がある。』
それは、専門学校に行かなくてはいけなくて…。
両親がいなく、今だって奨学金とレイヴンに頼って高校に行っているユーリにとって、進学は選びがたい選択肢だった。

「ユーリ?」
「ん?あ、あぁ。どうした?カロル?」
「どうかしたの?手が止まってるよ?そんなに難しい問題なの?」
「いや、そうじゃねぇけど…。…なぁ、カロル」
「何?」
「お前は夢と現実どっちか選べって言われたらどっちとる?」
「うぅ〜ん…やっぱ夢かな」
「何でだ?」
「だって、夢はいつか現実に出来るもん」

カロルの考えはお子様そのものだ。
だが…その考え方は嫌いじゃなかった。

「そうだよな。サンキュ、カロル」
「え?うん?」

ユーリは小さく頷き、進学する事に決めた。
数学の問題を新たな気持ちで解いていく。目標を定めたユーリの集中力は他の皆が帰り、フレンが名を呼ぶまで途切れることは無かった。

テストが終わり、進路指導の日になった。
ユーリはレイヴンが指導を受け持つから尚更逃げる事が出来ない。
と、言うか、逃げても家にいるから逃げるだけ無駄とも言う。
教室にレイヴンと二人だけ。
レイヴンは、ユーリのテストの成績表を見て固まった。

「え?何?何が起こったのよ、青年」
「何がだよ」
「今までの順位から100番以上も上がってるじゃない」
「……ちょっと、な」
「何々?もしかして、働いてみたい会社でも出来た?」
「……」
「言ってみなって」
「……なぁ、おっさん。就職コースから進学って駄目なのか?」
「へっ!?」
「やっぱり駄目か?」
「い、いやいやいや。そんな事はないけどもっ。どうしたのよ、青年」
「……やってみたい仕事が出来た。けど、それには資格が必要で」
「成る程ねー。いいんじゃない?おっさん、協力するわよ。で、何をしたいわけ?何処に行きたいの?」
「……コレ」

行きたい学校のパンフを渡すと、レイヴンは目をまん丸にして驚いていたが、それでも納得すると嬉しそうに笑った。

「ここだと、もう少しお勉強が必要よ?」
「やる。だから、ここに行きたい」
「青年は有言実行な男だからね。やれるだけ、やってみればいい」

その後色々と必要な教科等を教わり、終わったのは一時間後。
ユーリが一番最後の生徒である意味良かった。
鞄を持ち教室を出ると、そこにはフレンが立っていた。
何でここにいるんだろう?と疑問が頭を過ぎる。
それをユーリは素直に口に出した。

「どうしたんだ?フレン」
「カロルに用があって電話したら、ユーリが進路で迷ってるって言うから気になって」
「…そっか」

フレンと二人並んで、下校する。
微妙に気まずい雰囲気だった。
ユーリは進路を隠してるわけじゃない。言えば良いだけの事なんだが…。
何か言いづらい雰囲気があった。
その空気を破ったのはフレンだった。

「ユーリは、確か内定貰ってたよね」
「あ、あぁ。貰ってる」
「けど、悩んでるって事は、そこに行きたくないって事なのかい?」
「…行きたくねぇってわけじゃない。ただ、もっとやってみたい事が出来たんだ」
「それは…何?」

フレンが何か哀しそうな顔で足を止め、ユーリを黙って見つめた。
真剣な質問。
だったら、それに答えなければ…。
そう思いユーリは口を開いた。

「…ほ…いくし…」
「保育士っ!?」
「な、何だよっ!!どうせ、似合わねぇよっ!!」
「そ、そうじゃないよっ!!ただ、意外な職業が出てきたから」

やっぱり沈黙が続く。

「…って事はもしかして、ユーリ高校卒業しても下宿を出ないって事?」
「あそこは学業に関っている限りはいられるから、そうなるな」
「本当にっ!?」

先程の表情とは一変。
ぱぁっと嬉しげに笑みを浮かべた。

「何だよ、フレン。んな嬉しそうな顔をして」
「嬉しいんだよっ!!まだ、ユーリと一緒にいられるんだからっ!!」

フレンが両手をあげ、跳ね上がらんばりに喜んでいる。
…道のど真ん中だって事、忘れてないか?
危うく突っ込みを入れそうになる。

「でも、本当に嬉しいっ!!いざとなったら、ユーリに着いて行って無理矢理一緒に過ごしてやろうかとか本気で考えていたから」
「……ん?い、いま何か怖い言葉が」
「本当に良かったっ!!」

……気のせいだろうか…?
それが、気のせいではなかった事を学校を卒業してから気付くのだが、今は全く知る由も無かった。