硝子の壁
【10】
長い長い長老の話から解放されて、一先ず用意された部屋に逃げ込んだ。
そしてまず、僕達がしたのは眠る事だった。
徹夜で長老の話に付き合わされ、しかも次の日の朝で終わるかと思いきや、夜まで続いたのだ。
流石に無理だ。
素直に、深い深い眠りについて、目を覚ましたのは更に次の日の朝。
そこで漸く長老の話を纏める事にした。
どうやら、始祖の隷長アルテミスは、見た目は誰より人に近かったようだ。
そして人として生活していたらしい。
勿論人として生活するにはお金を稼がねばならない。
その為にとっていた行動が本を書くと言う事だった。
ペンネームを【カナリア】として、自分と自分が親しくしていた【鳥】と、そしてその鳥が導いた縁で出会った【ダークロン】の話。
それが長老の愛読書でもあるアルテミスが書いた【鳥と心を通わせる少女】なのだと言う。
途中から話の展開が変わって首を捻る事があると言っていたが、多分それはアルテミスが亡くなった後違う人物が続きを書いているからだろう。
物語の中でアルテミスは、大きな力を持っていて、その力に負けて常にベットの中の住人だった。
しかしある時彼女の元に青い綺麗な鳥が現れたのだ。
その鳥は、彼女に力をつける方法を授けてくれた。そう。その鳥が彼女の力を抑える方法を知っていたのだ。
そして、彼女は外を歩けるようになって恋に落ちた。その相手が【ダークロン】だった、と。
この内容がもし、始祖の隷長アルテミスの経験談だとしたら。
「アルテミスもまた、力を制御出来ていないんじゃないかしら?」
「僕もその答えに辿り着いた。となると、あの物語で言う所の【鳥】を探さないと…」
自分で言っていてハッとした。
【鳥】
そうだ。僕はここへ来る前に見てるじゃないか。
帝都で空を見上げた時に羽ばたいていた、あの澄んだ青の鳥。
「あの鳥だっ」
「フレン?」
カロルが立ちあがる僕を驚きながらも見る。
「帝都を出る時、空に鳥が飛んでいたっ。澄んだ青の鳥が。何故か分からないけれど、その鳥が気になって仕方なかったんだ。飛び方もフラフラとしてて。けど、多分それはっ」
「アルテミスを探している、とそう言う事ね」
「じゃあ、早速行ってみようよっ!!」
僕達はミョルゾを出て、バウルを通じて帝都へと戻る。
しかし、そこには既にその鳥の姿は無かった。
けれどあの【鳥】はアルテミスを探している。だったら、きっとアルテミスがいるミョルゾの後を追っている筈。
クローネスの後を追っている筈なんだ。
急ぎ、バウルに頼みクローネスが回っている場所を辿って貰う。
すると、やっとの事で僕達はその【鳥】を発見する事が出来た。
先回りして鳥の歩みを止めると、鳥はゆっくりとフィエルティア号へ寄って来た。
………これは、予想外だった。
その鳥の大きさは人一人位なら乗れるだろう大きさだ。
確かに、そうだ。
僕が帝都で空を見上げた時結構高い所に飛んでいた筈なのに、見つける事が出来たと言う事は相当大きいと言う事だ。
『……この気配…。アルテミスの…』
突然声が聞こえ僕達は慌てて、鳥の方へと走り寄る。
『教えてくれ…。アルテミスは、今何処にいるんだ?彼女は僕がいないと、力のセーブが出来ないんだ…』
「彼女は、クローネスの下にいるっ!!空を飛んでいるんだっ!!もう少しで、この場所に来るっ!!」
風の音に消えない様に出来る限り大きい声で叫ぶ。
すると、鳥は一瞬の光を放ち、段々と体を縮小して行く。
気付けば、小鳥位の小ささになっていた。その鳥はフィエルティア号へと乗り込むと、休憩するようにぺたっと床へとひっついた。
しばらくして、クローネスがミョルゾと共に現れ、僕達は鳥を連れて、ミョルゾへと再び入って行った。
真っ直ぐに一度光に弾かれたアルテミスのいる民家へと向かう。
ドアを開け、その中に入る。
『…誰……か?』
また前回と同じ声が聞こえて、その声が聞こえた瞬間。
僕の掌にいた鳥が起き光の中へと飛び込んで行く。
『僕だよっ!!アルテミスっ!!カナだっ!!』
『……カナ…?、カナっ、助けてっ!!』
『大丈夫、大丈夫だよっ!!』
光は大きくなるけれど、突き刺す程の光ではない。
しかも光は段々と収まり…そして。
そこには女性が大きな鳥に座ってこちらを見ていた。
「貴方が、アルテミス、…かしら?」
『えぇ。そうですが、貴方達は…?それにこの気配…』
こちらを見るアルテミスの髪がさらりと流れた。
…黒髪ではない。彼女はどちらかと言えば僕と同じ金髪で、ユーリに似ている所なんて一つも…。
知らない内に僕は彼女を睨みつけていたようだ。
「落ち着いて、フレン」
ジュディスに言われ、そうだ落ち着かなければ、と力を抜く。
『事情ならば童が説明しよう。…久しいな、アルテミス』
『この声…ベリウスですか?』
水の渦が宙に生まれ、人型を成す。
次いで火の塊が生まれ、風が吹き、地面が小さく揺れる、そこに三つの人型が現れた。
『今はウンディーネ。水を統べる精霊』
『精霊…?』
ウンディーネを始め精霊達が説明してくれるならば、僕達はそれを聞いているだけで良い。
家のドアを閉めて、僕とカロル、そしてジュディスはそこに座った。
精霊達の人には分からない言葉での説明が続く。
終わった頃には、済まなそうな表情のアルテミスがそこにいた。
『事情はわかりました。…ダークロンが、そうですか』
「ダークロンは貴方を探していた。だから、貴方の姿を見る事が出来れば、ユーリを助ける事が出来る」
『…私が行った所で、助ける事が出来るかは…。でも、そうですね。行きましょう。私の所為で迷惑をかけているのですから…』
「ありがとうございますっ!!」
何か言い淀んだ感はあるけれど、兎に角ユーリを助けに行ける事に変わりない。
やっと、ここまで来た。
今度こそ、ユーリを助ける。
『……これを』
アルテミスが僕に三つのキャンドルを渡した。
緑と赤と、青の三つ。
「これは…?」
『これがあればダークロンのいる闇の中に光を維持する事が出来る筈です』
これさえあれば真っ直ぐユーリの所に向かえると言う事か。
僕は懐にそれを大事にしまい込むと、そっと目を閉じる。
ユーリ…。
闇の向こうに見えるユーリ。
もう前みたいに顔は見えないけれど、掌は見える。
まだ、大丈夫だ。
今、行くから…。ユーリ。
目を開くとアルテミスと視線があった。
『私はウンディーネ達と共について行きます。貴方達は先行して下さい』
その言葉に大きく頷くと、僕達は民家を出て、ミョルゾを飛び出した。
※※※
各方に情報を集める為に散らばっていた仲間達を拾いながら僕達は再びエレアルーミン石英林へと辿り着いた。
迷う事無く、今度は真っ直ぐ進む。
先頭を僕とラピードが。次にエステリーゼ様、リタ、カロル、カロル。そして殿を務めるのがレイヴンさんとジュディスだ。
どんどん奥へと進むが、前回ここを訪れた時と一つ違う事がある。
ユーリがいないとか、そう言う事ではなく。
闇が以前より広がっているのだ。
以前グシオスがいた場所にまで闇は広がっていた。
しかし、僕達にはアルテミスに貰ったキャンドルがある。
僕が青を、リタが赤を、そしてレイヴンさんが緑のキャンドルを持ち奥へと進む。
光はアルテミスの言う通り、闇の中に明かりを灯した。
このキャンドルは不思議な事に、それに火を灯すとそのキャンドルと同じ色の火になる。
それがとても不思議だった。
水の中をキャンドルが消えない様に進み、洞窟の様な空間を進み、奥へと辿り着く。
陸に上がり、以前と同じようにそこで休憩する事にする。
皆が各々服を絞ったり、暖をとったりしている中、僕はただ、目を閉じてユーリの姿を見る為に闇に集中する。
あれ?
ユーリの掌も、姿も確認できない。
何でだろう?
もしかして、ユーリに何かっ!?
と思ったけれど、どうやら違ったらしい。
ポケットかどこかに入れられていたようだ。
ぼんやりと光が入り……これって、ユーリの肌?
手にしては何か違う様な……この感じは、鎖骨…?
って事はっ!?
一瞬にして顔に熱が集まるのが分かった。
ゆ、ユーリ、な、何で胸の間になんかっ!?
一瞬の焦りと恥ずかしさ。
だが、それを吹き飛ばすものが僕の目に映った。
紫色の…これは呪いかっ!?
見るしか出来ない自分がもどかしい。
出来る事なら今すぐそこへ行って、ユーリを助けてやりたいっ!!
でも、それももう少しだ。
もう少しでユーリを助ける事が出来る。
僕は、目を開いた。
「フレン、大丈夫です?」
「はい。僕は大丈夫です」
「…でも、目を抑えてます。治癒術かけます?」
「いえ。大丈夫です。痛みもありませんし」
「そうですか…。あ、そうです。ヨーデルから渡されたものがあったんです」
そう言ってエステリーゼ様が僕の手に置いたのは眼帯だった。
「これは…?」
「片目だとバランス崩しやすいから、と」
…確かにこれをしていれば、両目を開いている感覚で戦うより、片目しか使えないという感覚で戦えてミスもしないかもしれない。
礼を言って、ありがたくそれを頂戴し、僕は眼帯をつける。
暫くの休憩をすませて、僕達は再び進み始めた。
ユーリを待っていてくれ…。
後もう少しで君の所へ辿り着く…。



