硝子の壁





【9】



窓のカーテンの隙間から差し込む、朝の光で目を覚ました。
体を起こし、ベットから降りると軽く肩を動かしてみる。
うん、問題無い。
屈伸。
うん、こっちも問題ない。
そっと、手を見えない瞳に触れる。
目を開けてる時は相変わらず何も見えない。
…これが不思議だ。
色んな書物とかで読んだりすると、こう言う呪いは『目を開けている時』、その闇に閉ざされた瞳に何かが映ると書かれていたけれど。
僕は『目を閉じている』と何故かユーリの姿が見える。
分からない。
分からないけれど、この瞳にユーリの姿が映る限り、ユーリは無事だと思えてほっとする。
ふと目を閉じてみる。
意識を目に集中すると、ぼんやりと何かが見える。
ユーリの手。そして、多分髪だろう。その黒がサラサラと流れている。
そして景色が揺れる。まるで掌の上で転がされているように。
でも…うん。無事だ。
目を開いて意識をまた現実に戻す。
エステリーゼ様に治して貰ったおかげで、もうすっかり痛みも引けている。
寝着を脱ぎ、何時もの騎士服に着替える。
最後の篭手を付けた、その時。

「フレンっ!!いっくよーっ!!」

元気よく扉が開いたと思ったら同じ勢いでカロルが部屋に飛び込んで来た。

「ふふっ。うちの首領は今日も元気ね」

その後ろをゆっくりとまるでカロルの姉の様に、歩いてくる姿。

「カロル、ジュディス」

…着替えが終わっていて本当に良かった…。
最後に剣を持ち、僕の準備は終わった。

「…迎えに来たわ。さ、行きましょうか。フレン」

ジュディスの言葉に僕は大きく頷く。

「あぁ。行こう。ユーリを助けに」
「うんっ!行こうっ!!」

僕達は、部屋を出た。
カロルとジュディスが言うには、昨日の内にエステリーゼ様が僕が城を離れる事に関しての許可をヨーデル様からとってくれていたらしい。
その事に素直に感謝して、僕達は真っ直ぐ城を出た。

「バウルは街の外で待っているわ」
「そうか」

足を真っ直ぐ、街の外へ向ける。
今は少しの時間も惜しいから、貴族街から外へと向かう。

「今日もいい天気ね」

隣を歩くジュディスが空を見て呟く。
そうだね〜と明るく答えるカロルにつられて僕も空を見上げる。
確かにいい天気だ…。
…ん?、…鳥が、飛んでる…?
どうしてだろう。綺麗な、澄んだ空の青に溶け込みそうな青い鳥。
何か気になる…。

「フレン、早く行こうよっ!!」

空を見上げていた僕は気付かない内に足を止めていたらしい。
カロルに呼ばれて我に帰る。
あの鳥、気にならないと言えば嘘になるが、今はユーリを助ける事の方が先決だ。
少し早足で、街を出てバウルと一緒に空へと上がる。
バウルが一緒に運んでくれるフィエルティア号に乗り込み、今また分かった情報を聞いた。
ユーリ、いや凛々の明星が受けた依頼の主から得た情報と助け出した女性達の情報を色々から色々ヒントを得たらしい。
始祖の隷長のアルテミス。
その始祖の隷長が亡くなったのは、どうやら『空の上』だったらしい。
普通に考えれば、空の上。
そこに聖核となった始祖の隷長がとどまっている訳は無い。
無いのだけれど…。
僕達は空に浮いている、空の街を知っている。
バウルは真っ直ぐに、空の街へと向かって行った。


※※※


「……ここに、『アルテミス』がいるのか…?」

『本当なのか?この情報は』と疑いたくなるような場所だ。
だが、空の街と言えば…ここしかないだろう。
クリティア族の街、ミョルゾ。
そして、そのクリティア族を守り続けた、始祖の隷長クローネスの情報によると、アルテミスの聖核がある場所は、その中の普通の、極々一般的な一民家。
せめて、社とかあればそれっぽいと思うのだけれど、本っ当にただの民家だ。
人は住んでいないと長老は言っていたが、何もせず入るのも気が引けて一応ノックをする。
まぁ当然返事は無い。
カロルが長老から預かった鍵を刺し、解除するとそのままドアを開けた。
中に誰かがいる気配は無い。
だが、カロルが一歩足を踏み入れた瞬間。
目を刺すような光が放たれ、反射的に皆、目を閉じる。

『……誰…か?』

女性の声が聞こえる。

『……気配…、ダークロン…、…すか?』

瞼を閉じているのにも関わらず、目を刺す光に僕達はどうする事も出来ない。
でも僕は確認しなければならないんだ。
ユーリを助ける為の方法を。アルテミスが知っているダークロンの事を。

「貴方がアルテミスですかっ!?」

瞼を開けられずとも、声は出せる。
必死に問い掛ける。

『………ダメ…。…カナが…ない、と……』

女性の声がどんどん遠ざかり、光が増し目が痛みを訴え始め僕達は弾かれる様にその場を追い出された。
ドアは再び閉ざされ、僕達はその場に呆然と立ちつくす。
何事かと、クリティア族の人達が集まってくるけれど、何も言わず僕達が立っているのをみて、特に興味も失せたのかさっさと戻って行ってしまった。
けれど、僕達はそんな事も気にせず、今の状況を分析する事にする。

「今のは…」
「アルテミス、だったのでしょうけど」
「うん。光の所為で何も見え無かった」
「確かに。あの光の所為で中に何がいるのかさっぱり分からなかったよ。どうすれば、光を無くせるんだろう?」

そう。カロルの言う通り、あの瞼を焼く『光』。あれをどうにかしなければならない。
何か、ヒントは無いだろうか?何か…。例えば、さっき聞こえたアルテミスの言葉。
ゆっくりと思い出してみる。
きっと何かヒントを言っている筈だから。
最初は、誰が入って来たかと、疑問を言っていた。
そして、断片的ではあったけれど、僕達からダークロンの気配がすると言って、最後に…。

『………ダメ…。…カナが…ない、と……』

カナ…?

「『カナ』って何の事かな?」
「『カナ』?」
「あぁ。さっきアルテミスが言っていただろう?『カナ』がないと、って」
「確かに言っていたわね。『カナ』…。何のことかしら」
「分からない。分からないけど、それが無いと駄目だと言っていた。ならば、それが何かさえ分かれば」
「そっか。中に入れるかもしれないんだねっ!?」
「だとすると、その情報を集めないといけないわね。…長老なら何か知っているかもしれないわ。聞いてみましょう」

頷き、僕達は長老の家へと向かった。
……が、長老は不在だった。

「いつもの日課の散歩ね」
「…ユーリの命がかかっているって言うのに…」

肩が落ちる気がした。
仕方なく長老の家で待つ事になった。
カロルは椅子に座り、ジュディスは奥の部屋に行ってしまった。
僕は、ただ窓の外を見た。
少し不安になって、目を閉じる。
視界を闇の中に浮かぶユーリに集中する。
すると、今度ははっきりとユーリの姿が見えた。
こっちをじっと見ている。
何かをかざしているみたいにこっちを見て、ユーリの口が小さく動く。

『…フレン…』
「……っ!?」

ユーリが僕の名を呼んでいる…。
無事だと分かったけれど、分かったけれど…こんなっ!!
直ぐに助けに行けない自分が悔しくて、ぐっと拳に力が入る。

「……フレン?」

ぐいっと腕を引かれて、はっと我に帰る。
目を開き、現状を思い出す。

「どうしたの?」

カロルが心配そうにこっちを覗きこんでいる。
僕は頭を振って、何でもないとカロルに伝えると、不思議そうにはしていたもののまた大人しく椅子に座った。
するとジュディスが、長老の部屋の何処から持ってきたのか、数冊の本を持って来て、机へと置いた。
何の本だろう?
その一つを手に取りタイトルを確認する。
『鳥と心を通わせた少女』……第一巻。
女性が良く読みそうな小説本。
…ジュディスがこうゆうの読むとは、正直予想外だ。
長老が戻って来るまでの間の暇つぶしだろうか?
でも、こんなことしている暇があるなら僕はもう一度あのアルテミスのいる部屋を訪ねたい。
手に持った本をパラパラとめくってみる。
すると気になる言葉が目にとまった。

『少女 アルテミスは……』

アルテミス?
慌ててページを巻き戻し、一ページ目。

『鳥と心を通わせた少女  著 カナリア』

カナリア…。『カナ』リアっ!?

「ジュディス、これはっ!?」
「長老の愛読書みたい」
「えっ!?こんな恋愛小説がっ!?…って違うっ!!そうじゃなくてっ!!」
「昔、長老の家へ遊びに来た時、この本を読んだの。最初アルテミスって名を聞いた時、何処かで聞いた事があると思っていたのだけれど…」

それが、この本。
…しかし…、長いな。

「ジュディス…これは全何巻なんだい?」
「確か、…最新刊で285巻だったかしら?」
「285っ!?しかも、まだ続いているのかっ!?」

さ、流石に読み切るのは不可能だ。

「ジュディス。あらすじは知っているのかい?」

一縷の望みをかけて聞いてみる。

「私、本はあまり得意ではないの」
「…そうか」
「…リタ連れてくれば良かったね」

だが、まだ望みはある。
そう。ジュディスが言っていた。
長老の愛読書だと。
ならば、長老に聞けばいい。
やはり、長老を探しに行こう。そう思って、部屋を出ようとした時。

「待たせたのぉ」

漸く長老が帰って来た。
やっと、ユーリを助けるヒントが聞ける。
僕達は長老と向かい合い、席に着いた。
今の状況と聞きたい事をジュディスが纏めながら長老へと伝える。

「成程のぉ。…あの部屋には聖核があったんじゃのぉ」
「えぇっ!?知らなかったのぉっ!?」
「うむ。もう、使われなくなった部屋じゃからな。鍵を閉めたのも何時の事だったか…」

遠い目をしてしまった。

「じゃあ、こちらの本の事は?」
「うむ。ワシの愛読書じゃな。そっちの事ならば幾らでも語れるぞ」
「幾らでもは聞く必要ないのだけれど。ただ聞きたい事があるの」
「うむ」
「この物語のあらすじはどういったお話かしら」
「そうじゃのぉ…」

ジュディスがあらすじだけを聞いた筈なのだが。

長老の話は、………次の日の朝まで続いてしまった。