硝子の壁





【12】



やっと、ユーリと僕を隔てる硝子の壁まで来た。
そこで、僕達が見た光景は…。

「ユーリっ!!」

ユーリが僕の姿をした何かに襲われている姿だった。
急いで、ユーリの側に向かう。
けれど、目の前の壁がそれを阻んだ。

「フレンっ!?」
「ユーリが、この向こうにいるんだっ!!」

後ろに追いつてきた皆にそう叫ぶ。
しかし、彼らにはどうやら闇しか見えていないらしい。
でも、僕には見える。
そこに、ユーリがいるんだっ!!

「くっ」

手を思い切り振り上げ、バァンッ!!と物凄い大きな音を立て、僕達を隔てている壁を叩く。
硝子の様な透明な壁なのに、びくともしない。
けれど、ユーリを襲うそいつの動きを止めることには成功したようだ。
その隙をついて、ユーリは僕の方へ走ってくる。
光のある方へ、ユーリが…。

「ッ!?」

僕は目を疑った。
ユーリの胸にあった呪いの様な紫の文様が、首、いや、頬まで浸食していた。

「う、嘘だろう…?、ユーリ、な、なんで…そんな…」

きっとこの闇、ダークロンに何かされたんだろう事は見れば分かる。
分かる、けど…なんで、そんな風に嬉しそうに…。
君を助けに来るのに、こんなに時間がかかったのに。
もっと、僕が強ければ…っ。
自分の弱さがこんなにも悔しくて、力の限り目の前の壁を叩く。
もう一度大きな音がするが、そんな事気にもならなかった。
ただ、僕が願うのはユーリを助けたい。それだけだった。
そんな僕にユーリは優しく微笑んで、硝子越しに僕の手とユーリの手が重なる。
この壁が、この距離が凄く辛い…。

「…フレン、落ち着いて」
「そうじゃっ!!」
「さぁっ!!ユーリを助けるわよっ!!」

皆が武器を構える。
僕も立ち上がり、今度こそユーリを助けるべく剣に手をかける。
何故ならユーリを襲っていた、アイツが。
僕の姿をした何かが目の前に…。

「……僕の姿を模すのは止めてくれないか?不愉快だ」
『あの者が望んだ姿だ』

僕を望んだ?
ユーリがどれだけ心細かったのか、突き付けられた様で…そいつへの苛立ちが増す。
僕は剣を鞘から引き抜き、そいつに剣を突き付ける。

『……以前私に負けているのを忘れたか?』
「忘れてなんていない。忘れる訳が無い。僕は今度こそユーリを助けるっ」
『面白い。どうやって助ける気だ?』
「…どういう事だ?」
『一つ教えてやろう。この壁を壊したり、それよりこっち側に来たら、あの娘にかかっている呪いが発動し、あの娘は完全に私と一体化する』
「なっ!?」

呪いが発動すれば、ユーリはダークロンと一つになると、そう言う事かっ!?
ユーリがいなくなる…?
そんな事の許せるものかっ!!

『さて、どうする?言っておくがあの娘は私にしか助けられない』
「だったらその方法を吐かせるまでよっ!!」
「…リタ…」
「行くわよ、フレンっ!!ぐずぐずしてる暇は無いんでしょっ!!」
「……あぁっ!!」

そう。今度こそユーリを助けるっ。
その為に僕はここに戻って来たんだからっ!!

「行くわよっ!!」

ジュディスの声で一斉に皆が散開する中、僕は真っ直ぐそいつに向かって行く。
剣を振り上げ斬り付けるが、何か結界に弾かれる。
しかし、その上からジュディスの槍が落ちて来る。
僕が一旦ダークロンから距離をとると、同時にジュディスの槍が弾かれるが、そこへ追撃をかける様に、レイヴンさんの矢とパティの銃撃が続く。

「皆、勢いつけましょうっ」

エステリーゼ様の周囲に魔法陣が現れ。

『シャープネスっ!!』

全員の足元に魔法陣が出来、武器に魔力が帯び攻撃力が上がっていく。

「えぇーいっ!!」

カロルが斧を大きく振るう。

『くっ…』

攻撃力が増したカロルの攻撃を受け、少し闇が揺らぐ。

「ガウッ、ガウガウッ!!」

ラピードの短剣が、僕の姿をしたそれに刺さる。
けれど、やはり元が闇。直ぐに闇に消えて、傷も何もない姿が現れる。

「やっぱり駄目だっ!!直ぐに戻っちゃうよっ!!」
「なら、復活できない程、連撃をかけるっ!!」
「そゆ事っ!!」

回復する暇を与えず、尚且つ出来る限り広範囲の攻撃を仕掛ける。
斬って、殴って、貫いて、爆発させる。
反撃をさせない様に。
すると、少しずつではあるけれど、闇はだんだんと揺らいでいく。
そこに更に攻撃を仕掛ける。
今回は、守る対象がユーリだけ。
全員、なんの遠慮も何もせず、ありったけの全力を出す。
ずっと攻撃をし続けていると最初揺らいでいた闇はとうとう、収縮を始めた。
僕の姿を作る事も出来なくなって来たのだろう。
姿は消え、僕達と同じ位の闇の塊が出来上がった。
その塊に赤い光が二つ。目なのだろう。
やっとダークロンそのもの。本体になった。
僕は剣を振り上げる。そして、

「これで、最後だっ!!」

斬りかかろうとした瞬間。

『………』
「なっ!?」

ダークロンがユーリを閉じ込めている硝子の壁へと触れた。

『…………ッ!!』
「しまったッ!?」

一瞬の油断が、ダークロンに反撃の機会を与えてしまった。
胸に衝撃が走り、体ごと弾き飛ばされる。
ダークロン自体に力が無くなりかけているため、弾き飛ばされただけで、僕は体を捻り、地面に着地した。
そこへ皆が集まってくる。

「フレン、大丈夫ですっ?回復をっ」
「僕は大丈夫です。エステリーゼ様。それより…」
「そうね〜。……あっちにユーリがいる限り、どうしようもないな」

ダークロンは僕達が止めを刺そうとした瞬間、ユーリを閉じ込めている壁を破壊してユーリを死へと追いやるだろう。
形勢がまた逆転してしまった。
改めて武器を構え直す。

「…大丈夫です。私達には…」

エステリーゼ様が笑っていた。
何故?とは思わなかった。そう。僕達には…。

『相変わらず、だね。ダークロン』
『ッ!?』

一瞬その場に闇をも覆う光が現れ、その光が収縮して鳥の形をなし、そこに大きな白い鳥の姿。

『…………』
『僕を殺した筈って?残念だったね。僕はこうして生きてる。それに、君は僕の聖核もエアルも全て消滅させたつもりだろうけど、あれはアルテミスが用意した別物だよ』
『!!!!!』
『全く気付かなかったのかい?これだから君は馬鹿だと言うんだ』

挑発されたダークロンが、影の蔦をだしカナの方へ攻撃を仕掛けるが。

『効かないよっ!!』
『!!!!!』

先程ダークロンが僕達の攻撃を弾いた様に、見えない結界がダークロンの攻撃を防いだ。

『今度はこっちから行くよっ!!』

カナが翼を羽ばたかせると、羽が舞い散りその羽が光を纏い矢へと変化し、鳴き声と共に一斉にダークロンへと飛びかかる。
僕達との戦いでほぼ力を失っていたダークロンは、その攻撃の直撃を受け、ダークロンの動きは更に鈍くなる。
それを確認する事も無く次から次へと連撃が続く。
闇はどんどん小さくなって行く。
この調子で行けば、ユーリは直ぐに助けられる。
だが…。
このままだとダークロンが消えてしまう。
きっとダークロンは『闇』を司る精霊なんだろう。
そう考えれば、あれを消失させてしまえば、この世界から闇と言うものが無くなるのでは…?
それにあのままだと攻撃はあの壁にぶつかって、もしそれを破壊してしまったら、ユーリはっ…。
ふと行きついた答えに、皆も辿り着いたようだ。

「ちょっと、これは…」
「……やばいんじゃない?」

エステリーゼ様とリタが呟く。
カナの攻撃はヒートアップし、激しい爆発が起こり始める。

「ちょっと待ってよっ!!そんなに攻撃をしたらっ!!」
「のじゃっ!!ユーリがっ!!」

カロルとパティが必死に叫ぶが、カナに声は届いていない。

「ガウッ!!」

動物の勘なのか。
ラピードがカナに向かって吠える。

「わんこの勘が正しそうね」
「えぇ、止めた方がよさそう」

レイヴンが矢を飛ばし、ジュディスが飛び上がりカナの上から攻撃を仕掛ける。
その間にダークロンとカナの間に入り込み、ダークロンを守る様に攻撃を剣で弾き飛ばす。

『…何のつもり…?』

カナの攻撃が止まる。

「このまま攻撃を続けたら、あの壁に当たってしまう。そんな事になったらユーリがっ!」
『……人、一人位減った所で何も変わらないでしょ。こんなに人間がいるんだ』
「なっ!?」
『それより、こいつの暴走を止める方が重要でしょ?だから、どいてくれる??』
「そんな事、許せる訳ないだろうっ!!」

ユーリを見捨てるなんて、出来る訳が無いっ!!
僕は今度こそユーリを守るために来たんだっっ!!
剣を握り、カナに向ける。

『…ふぅん…。別にいいけどね。どいてくれなくても。君ごと消滅させればいい話だっ!!』
「くっ…!!」

背にいるダークロンとユーリを守る為に僕は剣を振るった。
勿論、皆もそれに同意して戦ってくれる。
しかし、カナは予想外に強かった。
僕達の攻撃は致命傷を与える事は出来なかった。
戦って力尽き始めた僕達に追い打ちをかける様にカナが翼を振り、光の矢が無数に現れて、一斉に僕達へ向かってくる。

そして……。

バリィィンッ!!!

聞きたくない音が…耳に届いて…。

振り向いた僕の目に映ったのは―――闇に呑まれ始めたユーリの姿、だった。


「ユーリっっ!!」


僕の声がその空間に木霊した…。

嫌だっ!!
嫌だいやだ嫌だっ!!
また、僕は君を助けれずに終わるなんて、そんなの絶対に嫌だっ!!
足は既に走り出していた。
僕達を阻んでいた硝子の壁を越えて、そこに立つユーリに手を伸ばす。

「フレ、…」

伸ばされたユーリの手を掴み、―――抱き締めた。