硝子の壁





【13】



皆が戦っている。
硝子の壁を隔てた向こうで…。

「くそっ!!」

オレは目の前の壁を力の限り叩いた。
何で何も出来ないっ!!
何で…。
フレンが傷付いてるのに、必死になってオレを助けようとしてるのにっ。
この壁一枚で何も出来ない自分がいる。
壁をぶち破るのは簡単だ。
けど…これを破ってどの位、闇に呑まれずにいられるか。
それが分からない限り、足を引っ張ってしまう。
見ているしか出来ないのが、こんなにも…辛い。
きっと皆もう体力の限界に来てる。
だが、確実に闇を追い詰めている。
しかし止めを刺す瞬間。
闇が、硝子の壁に触れた。
……成程な。オレを人質にしたか…。
完全に足を引っ張ってるな、オレ。……このまま足を引っ張ってフレンにまたあんな怪我をさせる位なら…。
そう思って刀を持つ手に力がこもる。
けれど、突然光が辺りを包んだかと思うと光の鳥が現れて形勢が逆転した。
あの光の鳥は、圧倒的な強さを持っていた。
追撃に続く追撃。
あの鳥が放つ光の矢は確実に闇へとダメージを与えている。
…でも、あの鳥の目は…。
皆は気付いてないのか。
それとも、そんな事に意識を向ける余裕がないのか…。

(あいつ…。あの鳥の目…。偽フレンと同じ目してやがる)

嫌な予感がする。
そしてその予感は的中した。
音が遮断されている空間にいる所為か分からないが、何らかの会話をしたあと、フレン達はその鳥と戦い始めた。

(やっぱりな…。目的の為なら、手段を選らばねぇ。そんな目をしてやがったからな)

その後の戦いは激戦だった。
光の鳥は強かった。
フレンは…きっとオレを守る為に、大きく動けない。
見る事しか出来ないオレを置き去りに、戦いは続き…。

そして…。

光の矢がこっちへ向かってくる。

バリィィンッ!!

硝子の壁にひびが入り、砕け散った。
偽フレンがつけた呪いの文様が光を放ち、そこから闇が溢れだす。

「ユーリっ!!」

叫びが聞こえてハッとした。
そうだ。
フレンの目っ!!
届けないとっ!!

「フレ、…」

伸ばされたフレンの手。
オレはその手をしっかり掴むと、フレンに抱き寄せられた。
きつくきつく抱きしめるその腕は震えていた。

「ユーリ、……ユーリっ!!」

大丈夫だと、落ち着けと、伝えたい。
なのに、偽フレンにやられた呪いが声を出す、それすらも許さない。
だったら…。
せめて、これだけは…。
オレは仕舞い込んでいたガラス玉、フレンの目を取り出そうと体を離そうとする。
けれど、フレン離してくれなかった。
離せって意思表示をするが、一向に聞き入れてくれない。
フレンを離そうと肩に手を置いて、少し驚く。
手が既に真っ黒く、闇と一体化を始めている。
更に、その闇がフレンの方に浸食を始めた。
このままじゃ、フレンまでっ!!
早く『目』を返して、オレは自ら命を絶たないと、闇は再び力を持ち、更なる激戦となる。
そんな事になったら今度は間違いなく誰かが死んでしまうっ!!
それだけは避けなきゃならねぇんだっ!!

「…ゃ、だ…」
「……?」
「助けるっ!!今度こそ、絶対にっ!!だから…ユーリ、諦めないでくれっ」

フレン…。
こんな状況なのに。
フレンを巻き込んでしまって、早くオレはコイツから離れなきゃいけないのにっ…。
嬉しいと思うとか…どうしようもない。
オレは自らフレンの背へと腕を回す。
今、漸く…フレンがここにいると、そう実感した気がした。
暖かい…。
この暖かさが嬉しくて…視界が歪む。
このまま、フレンと一緒なら…それでもいいかもしれない。
それにフレンはオレを助けると言った。
だったら、きっと助けてくれるだろう。

そう…思い始めた時。

『…いい加減になさいっ!!』

突然雷が落ちた。
一瞬オレ達のことかと思ったら、どうやら違ったらしい。
雷を落とした主は、女…?
宙に座る様に現れた女の下に、小さな白い鳥とあれは…犬か?
断定するとちょっと違うかもしれないが、犬型って言った方が正しいのか?
黒い犬がいる。

『黙って様子を見ていたら、ぐだぐだぐだぐだと…』
『でもっ』
『……』
『黙りなさいっ!!』

ぴしゃんっ!!
光の柱があいつらの前に落ちて、二匹が震えあがる。
鳥は羽が、犬は耳としっぽが地面に着きそうな位、下がっていた。

『関係のない人間を巻き込んでっ!!貴方達はっ!!』

………。
一瞬言葉を失った。ぽかんと全員が呆気にとられ、オレ達皆の視線がそちらへと集中する。
すると四大精霊達も姿を現し、オレ達に分からない言語で会話を始めた。
暫くして、会話が終わったのか。
それともオレ達の視線に気付いたのか、その女はオレとフレンにふわり宙を舞う様に近寄った。

『ごめんなさい。…今、治してあげるから、ね』
「え?」
『ダークロンに聞いたの。貴方の闇を消してあげる』

オレ達に向かって翳された手。
一瞬の光に包まれて、次の瞬間には黒く染まっていた手も、体に浮かんでいた文様も全て消えていた。

『……すまないな。我ら精霊がそなたたちに迷惑をかけた』

ウンディーネが済まなそうに言う。
そこで漸く固まって話を聞くだけだった皆が動きだし、オレ達の方へと近寄って来た。

『…迷惑ついでに、このモノ達に名を与えてやってくれまいか?』
「…名前、です?」
『そう。新たな生を歩ませる為に』

新しい生?
疑問に皆が思ったんだろう。
するとウンディーネはその疑問を解いてくれた。

『我々はそなたらに精霊に転生させられたと同時に名を与えられ新たな生命として歩む事が出来た。だが、この者達はそれをしていない。だから、以前の記憶と自分の価値観と色々混乱しておるのじゃ』

成程。
納得すると、エステルへと視線を向ける。
エステルはしっかりオレ達の視線を受け止め頷き、精霊達へと向き直った。

「属性はなんです?」
『アルテミスとカナは光。そしてダークロンは闇を司る』

言われて、エステルは少し考えると、ニッコリと微笑み。

「光を司る女神『ルナ』とその守り神『アスカ』。そして闇を制するもの『シャドウ』はどうです?」

エステルの名付けた名を各々が反芻する。

『…ありがとう』
『…やっと自分が見えた気がする』
『………』

宣言した瞬間、アルテミス、いや『ルナ』が微笑み『アスカ』と『シャドウ』の瞳が青く変わった。
そして、そこに現れていた精霊達の姿が一斉に消えて行く。
残されたのはオレ達と輝きを放つ水晶の洞窟だった。

「…終わった、のか?」
「そうね。やっと終わったわ」
「…皆無事で、良かったのじゃ」

集まり喜ぶ皆の姿。
オレを抱きしめてくれる、フレンの暖かさ。

「……フレン」

名を呼ぶと、フレンはオレをみて嬉しそうに微笑む。
何時もは見える筈の双碧を隠す、眼帯。
そっと触れる。

「…大丈夫だよ」
「フレン…」
「…君が守ってくれたんだろう?」
「…なんで…?」
「ずっと、見えてたから…」

仕舞い込んだ胸とさらしの間からガラス玉を出す。
そっとフレンの手をとり、その掌に置くとガラス玉はひとりでに割れ、中から小さな光が出てきて、それがそのままフレンの眼帯を透して消えて行く。
フレンが自分の手で眼帯越しに触れると、それを外してオレを見つめ微笑んだ。

「…見えるか?」
「見えるよ。ユーリの顔がはっきりと…」

ホッとした。
全ての力が体から抜ける位…。
ガクリと膝が折れて、

「良か、った……フレ、ん…」

全身から力が抜けて、そのままオレは意識を失った。
折角闇から戻れたと言うのにまた闇に逆戻り。
完全に意識が飛ぶ瞬間。

―――ユーリッ!!

焦ったフレンの声だけが聞こえた。