硝子の壁
【14】
「全く、驚かせないでくれないかっ!!」
気付けばオレはベットの上で横たわっていた。
んで、更にフレンの説教にあっている。
理由は簡単だ。
あの後。
オレが意識を失って、慌てたフレンは皆と一緒に急いで洞窟を抜けて、バウルに頼んで医者の下へ連れてってくれたらしい。
そこで受けた診断が。
『色々な要因はあるが一番は空腹による衰弱』
だった。
それを聞かされた時、当然と言えば当然だと頷いてしまった。
あの闇に捕えられていた間、何も食べてないし、飲んでいない。
緊張状態に常にあったからとはいえ、普通は生きていられない。
けど、今まで生きていられたのは、やっぱり…アイツ。
今は精霊シャドウとなったアイツが何かしていたんだろう。
でも今はエステルに治癒術かけて貰って、飯も腹いっぱい食ったし、もう動ける。
ただ、フレンから一向に許可が下りないだけだ。
「大体グミとかボトルとか少なくとも何かしら持っていただろうっ」
「そういうのは全部カロル先生が持ってんだよ」
「だから普段から持っていろとっ…ぶつぶつぶつ」
……オレは一体何時までこのお小言を聞かなきゃならねぇんだ??
出来るならば、早く外に行きたいんだけどな…。
「おい…フレン」
「そもそも、君は隙があり過ぎる」
「…おーい」
「そんなんだからっ」
「うおっ!?」
突然フレンがオレに覆いかぶさる。
顔の両脇に手を置いて、まるでオレを閉じ込める様に見下ろす。
じっと目の前にある双碧を見つめてると、段々それが近付いてきて、口に何かが触れた。
驚いて目を見開いて…。
我に帰るのに少し時間がかかったが、直ぐにキスされてると分かってフレンの肩を押す。
でもフレンはびくともしなかった。
何度も何度も重ねるだけのキスを繰り返す。
「フレ、ん…っ…ちょ、んんっ……んっ」
抵抗していたオレの手をとりベットへと押し付ける。
こりゃ、抵抗するだけ無駄か?
いっそ諦めて受け入れてしまえば…。
好きな奴とのキスだ。
考え方によっちゃ、得してる。
黙ってキスを受け入れていると、唇をフレンの舌がペロリと舐める。
流石に驚いて、顔を左右に振りキスから逃れると、そこで漸くフレンがオレから少し距離をとった。
その瞳の真剣さに息を呑む。
「あんな奴にキスされるんだっ!!」
「……へ?」
「あの時、僕がどれだけ悔しかったか、分かるかっ!?」
「何を怒ってるかと思えば、ぅんんっ!?」
オレの言葉をキスで塞がれる。
遠慮も何もない。口の中を舌が荒らしまくる。
まさかこんなエロいキスされるとは思わなくて、焦り逃げようとするがフレンが許してくれない。
それでも呼吸も奪われたら苦しくて堪らない。
どうにかしねぇと…。
いっそ殴るか。
それを実行に移そうと拳を握ってみると、フレンにはあっさりばれていた。
オレが行動に移す前に離れて、オレの頭を胸に仕舞い込む様にぐっと抱きしめた。
「…悔しい…。ユーリ」
「フレン、苦し、ぃって」
とか言いながらそんなに嫌な気がしないのが、なんとも。
「……あの時」
「?」
「ユーリが闇の中に捕えられた時、どうして僕は君にこの気持ちを伝えなかったんだろうって…」
「それは…」
もしかしてと過った言葉。
駄目だ。聞く訳にはいかない。
こいつの為を思えば聞く訳にはいかねぇんだ。
けど…。
オレの体は正直だった。
全く動かない。
耳が、心がフレンの言ってくれるだろう言葉を待っている。
「…ユーリ、君が好きだ」
「フレン…」
「好きだ…」
何度も何度も呟くその言葉が、まるでオレの体全てに染み込んで行くようで…。
体が震える…。
なんで、こんな…嬉しいなんて…。
「…フレン、…ほんとはオレは言っちゃいけない立場にいる。それは分かってる。けど…」
「ユーリ?」
「……好きだ…。お前の姿をしたアイツにキスされても嫌悪しか沸かなかったんだ」
「ユーリ、ほん、とうに…?」
「なんだよ。疑うなよ。……好きだ、フレン。お前だけだ。オレには…今までも、これからも、ずっと…」
オレは顔を上げてフレンに自分から口付ける。
この気持ちが届けばいいと…。
オレとフレンは互いにきつく抱き合った。
暫く、二人で抱きしめ合っていると、安心したのかフレンがスースーと寝息を立てる。
オレを抱きしめる様に眠るフレンにちゃんと毛布をかけ、そっとその金色に触れる。
一緒に毛布に入りながら、事件を思い出す。
闇の精霊シャドウは、始祖の隷長ダークロンだった時。
光の精霊ルナ、始祖の隷長アルテミスと共に過ごしていた。
ただそれが、光の精霊アスカ、始祖の隷長カナと共にペットとして…だったらしい。
案外ダークロンが言っていた最愛の人は間違ってはいないが…。
ダークロンは犬型の始祖の隷長。カナは鳥型の始祖の隷長。
…まぁ、相性がいいとは思えない組み合わせではある。
だから喧嘩も日常だったらしいが、ある日怒りの限界だったダークロンがカナを殺す算段をする。
それを実行に移そうとする前にカナが気付きカナは偽物を用意した。
そしてその偽物を殺してしまったが故に、無駄な殺生をしたとダークロンをアルテミスは罰した。
しかし、そんな大きな事になるとは思わずカナは一時の迷いでアルテミスの下を離れてしまった。
アルテミスの力はカナの支えがあり抑えきれていた物。
エアルの吸収をセーブ出来なくなったアルテミスはカナの帰宅を待つ事無く亡くなった。
それを看取ったダークロンは悲しみにくれて、自ら命を絶ち、海の真ん中に消え、後々、そこにエアルの乱れを感じて、抑えたのが始祖の隷長グシオスだった。
同じくカナもアルテミスが死んだ事を知り、自ら命を絶ち、海へと消える。
そこから、長い月日が経ち。
オレ達が行った世界を救う為の精霊化。
それでこの世界全てに現存する聖核を精霊へと転生させた。
かなり大きかった三つの聖核は当然、ベリウス達と並ぶ大精霊と変化した。
だが、その転生を理解出来ずに、再び生を受けた以前の記憶のある彼らは力が制御できず、それでも互いに会いたいと思う気持ちが力を暴走させた。
逸早く現状に気付いたのはカナだった。
そして直ぐにアルテミスを探し始める。アルテミスの力の暴走を抑える為だ。
それに反して、ダークロンはアルテミスが蘇っている事を理解はしていても、自分が闇と一体化しており姿が分からず、きっとじぶんは何かしら不浄なものとして復活したと思い、そしてそんな自分を救えるのはアルテミスだけだと考え自分の一部を飛ばしアルテミスと近い『絶対的な正義』を持っている女性を攫った。
その女性達から色々な情報を抜き取り、精霊化の事実を理解するが、暴走した力を止める術を知らず、精霊化をしたオレを手に入れようとした。
最初に攫われた女達が黒髪だったのは偶然だったが、後から攫われた女達は少なからずオレに似た人間、もしくはオレに関わりのある人間に変化したのだ。
考えれば、ありえない事ではなかった。
行き成り与えられた『新たな生』
死んだ者が過去の記憶を持って蘇る。
自ら命を絶った奴が…。
それは物凄い苦しみだったに違いない。
―――ズキンッ。
槍で貫かれる様な鋭い痛みが胸に走る。
…こんなにも精霊達に苦しみを与えた。
この世界から、生活の全てだった魔導器を失わせた…。
オレは、色々なものに責任をとらなきゃならない。
だから、この……『呪い』も受け入れなければならねぇんだ。
あの時。
確かに、アルテミスは呪いを解除してくれた。
だが、…オレにはダークロンにかけられたもう一つの呪いがかかっている。
フレンが助けに来てくれていた時に無理矢理されたあのキス。
きっとあの時だろう。
あの時オレは何かを呑みこまされた。たぶんそれが、オレを『浸食』している。
その証拠にオレを診てくれた医者が言っていた。
『正体不明の何かがオレの中を蝕んでいる』と。
それは着々と浸食を続けて、何時かは心臓すらも浸食すると。
しかもその浸食はかなりの速さだと。
そう、…オレと二人きりの時に、医者は告げた。
だから、誰も知らない。
そして知らせる事も無い。
早くここを出て行こうとした。
体ももう動くんだ。だったら…。自分を誤魔化して、フレンを騙してでも出て行く。
そうだ…。
オレは一人、死んで行くのが……オレに与えられた最大の罰なんだ。
でも、不思議と辛くはない。
今こうして、フレンと一緒にいられる事。
それがオレに取って全てだ…。
フレンに好きだと言って貰えた。
これほど幸福な事なんてない…。
だと言うのに、なんでオレは…泣いているんだろう。
幸せだと、そう思ってるのに。
体が、死ぬ事を恐れ、瞳を濡らす。
フレンと離れるのが嫌だと、訴える。
「フレン…、フレンフレンフレン」
…恐い、怖い。
こわいこわいこわいこわい…。
オレは何でこんな弱い。
フレンの為を思えば、オレはこんなの怖くもなんともない筈なのにっ!
なのにオレはフレンを呼び続ける。
届く訳がないと、届かせてはいけないと知っているのに。
けれど…。
「…ユーリ…。大丈夫だよ」
「ふ、れん…?」
寝ている筈のフレンの手がオレの頬に触れ、瞼がゆっくりと上がり、その双碧がオレを見る。
「……大丈夫。一緒だから…。ずっと」
「…一、緒…?」
「うん。一緒だよ。……何も心配しなくていい。君にも、僕にも、頼りになる仲間がいるだろう?」
フレンの唇がオレの唇と重なる。
じっとその真意を伺う様に瞳を見つめる。
するとフレンはキスを止めて小さく笑うと何時も堅苦しく締めている襟のボタンを外すと、そこには…。
「っ!?……もしかして、オレから…っ!?」
すっかり変色してしまった体。
フレンはいつもしっかり着込んでいるから誰も気付けなかったんだろう。
紫に、もう血が通ってなどいない様な…。
もしかして、オレから移ったのかっ!?
そうだとしたら、…その事実が怖すぎてフレンをじっと見つめる。
けど、フレンは優しく笑いながら首を振った。
「…違うよ。ダークロン自身気付いてはいなかったが、あの闇自身が『毒』だったんだ。そして、僕はその闇に刺された…」
「なんでっ!?」
何でもっと早く言わなかったっ!?
その言葉をオレは飲み込んだ。
―――治し様がない。
エステルの治癒術でも治せなかったんだ。
もう、どうしようもなかったんだ…。
オレと同じ…。一緒だ。
そう気付いたら、震えは止まっていた。
「……だな。そうだな…。一緒だ。…お前とは生まれた時から、死ぬまでずっと、ずっと一緒だ」
「うん。これからもずっと一緒だから、楽しみだな…」
「おう。っつっても、オレとお前だと、また喧嘩ばっかりだろうけどな」
「それも楽しいよ。…でも、君との子供が作れなかった事だけは、心残りだな」
「ふっ…バーカ」
くすくすと互い見つめ合い微笑む。
窓から柔らかい風が入り込み、オレ達の頬を撫でて行く。
オレはフレンに抱き締められながら、静かに深い深い眠りに落ちて行く。
フレンと、一緒に……。
―――深い深い…永久の眠りへと…。



