硝子の壁





【4】



しばらくしてリタが落ち着きを取り戻し、再び作戦を練る事になった。
流石にこんな状態のリタを連れて歩くのは…と、皆で話したけれどリタの「平気」との声でその案も無くなり、ならばと僕達は再び奥に進み始めた。
口数も減り、沈黙が僕達を包み、それに比例するようにだんだんと闇が濃くなり、終いにはランプの明かりすら闇に呑まれてしまった。
こうなってはもう進む事も出来ない。

「…引き返そうか」
「だな。何か対策を練らねぇとどうしようもねぇ」

僕達がくるりと踵を返した後、数秒もたたない内に、ラピードの唸り声が聞こえた。

「…ウゥゥゥゥッ!!ガウガウッ!!」

更に声は大きくなる。皆一斉に警戒を強めた。
ラピードがここまで威嚇していると言う事はきっと何かある。
無意識に皆一か所に、手が届く距離に固まっていた。

『……けて……たす……』

微かに闇の奥から聞こえる声。この声には聞き覚えがあった。
…この声はグレースの声だ。

「グレースっ!!」

ユーリも声に気付き、何処だと姿を探す。
しかし、闇の中。視界が聞く筈がない。
……罠かもしれない。
それに、今見えもしない場所で動けば双方を傷つける可能性もある。
僕達は声が聞こえているのに一歩も動けないでいた。
…だが。

「ガウッ!!ガウガウッ!!」
『ラピー、ド…?、…そこに、いる、…?、ユーリ…?』
「そうだっ!!オレだっ!!グレース、何処にいるっ!!」
『わ、…ない…、闇、しか、見えない…』

闇しか見えない?
なら、僕達と一緒だ。きっと近くにいるっ!!
しかも、声がするならさっき見た水晶と違って生きているっ!!

「…この声が聞こえるやつっ!!皆、伏せなさいっ!!」

行き成りの声に僕達は条件反射で一斉に姿勢を低くする。
すると、リタが火の魔術を天井に向かって解き放った。一気に視界が開け、そこには大きな水晶に閉じ込められた攫われた女性達が助けを求めていた。
全員が動き、助けてくれと叫んでいる。
ユーリの行動は早かった。逸早く近付きその水晶を叩き割る。
前みたいに結晶化していた訳でなくただ閉じ込められていただけ。
僕達も慌てて駆け寄り、女性達を助ける。

「グレース、大丈夫かいっ?」
「えぇ…。フレンも、ありがとう…」

手を差し伸べその場から離れさせ、他の閉じ込められていた女性達も誘導する。

「これで全員かしらっ?」
「何人いるのっ!?」

数えてみると、19人。
僕の手持ちの資料によれば、後一人いるはず。

「全部で20人いる筈だっ!!もう一人いるっ!!」
「カロル、アイツのだっ!!依頼主のっ!!ハンナだっ!!」

探すと一人倒れている女性がいた。慌てて走り寄ったユーリがその女性を抱き起こす。
意識を失っていると知って、エステリーゼ様も応援に行く。
僕達も遅ればせながら駆けよるとどうやら気を失っているだけらしい。
これで全員だ。後は逃げるだけ。
闇の中逸れない様に、手だけを繋ぎラピードを先頭に走らせる。
僕達は、後ろを警戒しつつ追って行った。
何とかなるだろうか?
と、思ったのはほんの一時だけだった。
明るい所へ向かっている筈なのに、闇が後ろから迫って来ている様な錯覚をもたらしていた。
僕達の道は間違ってはいない。
一本道だ。間違えようがない。ただ走って出口へ向かっているのに。
走って走って走り続ける。
すると、さっき発見し砕け散ってしまった水晶があった場所まで戻ってくる事が出来た。
これで一先ず安心だとおもいきや。

「……嫌な予感がしやがる」
「ユーリもか?…奇遇だな。僕もだ」

互いに剣を抜く。
今さっき走って来た場所から異様な気配がする。
魔物とはちょっと違う。生き物の気配ではない。
そう…忍び寄る影。それが一番近いかもしれない。

気配はどんどん強くなり…―――来るっ!!

僕とユーリは左右に大きく飛んだ。
大きな爆発音とともに、僕達がさっきまで立っていた場所が抉られる。
爆風に飛ばされながらもバランスをとり着地し、そこへリタの魔法が飛んだ。
リタの炎がその影に当たり、その部分の影が消えた。

「こいつ、火が弱点よっ!!」
「そのようねっ!!」
「そうと分かればっ!!」
「ウチの術を喰らうのじゃっ!!」
「エステリーゼ様とカロルは彼女達をっ!!」
「了解っ!!」
「分かりましたっ!!」

戦いが始まった。
普通の剣技が効かなくとも、火を纏わせれば通じる。
魔導器が無くなった為、自ら付加する事は出来なくとも。

「行くわよっ!!」
「リタが術を剣に与えてくれれば、何の問題も無いっ!!」

闇を貫き、蔦の様な影を撃ち抜き、漆黒を切り裂く。
何度も何度も。
しかし相手は実体を持たないもの。
闇を押し返す事は出来ても倒す事は出来ない。
せめて正体が分かればっ。
どんなものにも動く為には何か核になるモノがある筈なんだ。
それさえ分かればっ…。
振る剣に力がこもる。

「…ああっ、もうっ!!皆、大技行くわっ!!フォロー宜しくっ!!」

リタが切れた。
ああなっては止める事も敵わず皆、リタに攻撃が向かない様にフォローに向かう。
しかし、大技って…?

「行くわよぉーっ!!メテオ」
「って、メテオスウォームかよっ!!リタ、それはやべぇってっ!!」
「そうじゃっ!!ここは洞窟なんじゃぞっ!!」

慌てて皆で止めにかかる。
隕石級の岩をここで落としたら僕達は脱出出来なくなる所か下手すると死んでしまうっ!

『そう。それは危険です…』
「えっ!?」

聞こえるはずのない声が聞こえ慌てて振り向くと、そこには。

「ウンディーネ…」
『……闇を統べる者よ。…わらわの声が聞こえるか?』

水の精霊たるウンディーネが闇の方へと向かって問い掛ける。
すると、闇が一瞬揺らぎ、一つに固まり始めた。
そして、一番闇が濃くなった場所に赤い輝きが二つ。

『………ァ…………ゥ………』

初めて一つの生き物として姿が見えた気がした。

「…これは、一体…?」
「…分からねぇ、行き成り何でウンディーネが」

ユーリがゆっくりと隣に歩いて来た。
それにつられて皆が僕の周りに集まってくる。

『…それは、違うっ。この者は…』
『……………ゥ………』

何か言い争っている?
…どうやらさっきまで戦っていた闇は人の言葉を話せないようだ。
次いで大きな火の塊が現れて、風が吹き荒れ、台地が揺れる。
三体の精霊が現れた。

『…相変わらずだな。…ダークロンよ』
『…貴方は変わらない。…本当に』
『………………』

説得者が増え、四体の精霊が闇を説いている。
一体なんなんだ…?
暫くその光景を眺めていたのだが…闇に浮かぶ二つの赤が濃さを増した。

『聞けっ、ダークロンッ!!』
『…………………っっ!!!!!』

少し明るさを取り戻した闇が、また深淵の闇へと変わる。

「…どーやら、説得は失敗したらしいな」
「そうだな。皆、逃げるぞっ!!」

僕の声が響き渡り、皆足を必死に走らせる。
今ならば精霊達が闇を止めていてくれるだろう。
全力で走る。
転びそうになる女性達に手を貸し、出来る限りの速さで。
戦闘もして、走って、戦って走って…。
それでも僕達は何とか、一番最初。湖の所まで来た。

「泳げない奴いるかっ!?」

ユーリが聞くが誰一人手をあげない。
これはありがたかった。

「飛び込めっ!!パティっ!!ラピードと一緒にこいつらを頼むっ!!水の中ならお前が一番対処がきくだろっ!!」
「分かったのじゃっ!!行くぞ、ラピードっ!!」
「ワンッ!!」

残された僕達は闇の足止めだ。
闇は大きく迫って来た。やはり精霊たちは止めきれなかったようだ。
せめて彼女達が逃げる時間を作らなくてはっ!!
再び剣を振るう。
斬って、燃やして、突く。
僕達が必死に闇の足を止めている間に、一人ひとりと女性達が水へと飛び込んだ。

どの位、影を斬っただろうか…?
あと、どの位、女性達は残っているだろうか…。
………あとどの影を斬れば、ユーリをここから離す事が出来るっ!?

ふと、意識はユーリに向いた。そして…―――気付いた。

闇の蔦が、ユーリの背に、側に迫っている事に。
足がユーリに向けて走り出す。

頼む…っ!!

―――間に合ってくれっ!!

走る。
時間の流れが遅くなった様に感じた…。
ユーリに蔦が襲いかかる寸前、僕は蔦とユーリの間に滑り込む。
そして、ユーリを弾き飛ばした。

――バシュッ。

何かが斬れる音。目に痛みが走る。

「…くっ!」
「フレンっ!?」

僕が痛みに声を上げたのとユーリが僕の名を呼ぶのは同時だった。
その影が再びユーリに向かない様に斬り付け、消滅させる。

「フレンっ!!」
「…無事、か…?ユーリ?」
「馬鹿っ、お前、オレの事より自分の事心配しろっ!!」

ユーリの手が僕の目を抑えた。
でも、僕は僕の目の事より…。

「無事なのか…?、ユーリ…?」

手を動かし、ユーリの肩に触れる。

「無事だっ、お前が庇ってくれたからっ」
「良かった…」
「んな事より、早く手当てをっ」

僕は首を振った。今は逃げる事が先決だ。
ユーリをここから逃がす事の方が。
闇は間違いなくユーリを狙っている。その証拠にさっきからユーリにばかり攻撃がむいているんだ。

「ユーリ、皆っ!!攫われた人皆逃げたよっ!!僕達も行こうっ!!」

カロルが力一杯叫ぶ。
それに頷き、僕は立ちあがると、声を張った。

「行くぞっ!!飛びこめる者から行くんだっ!!」

ぐっとユーリの手を掴み、湖に走る。
視界が怪我の所為で半減している。両目にならなかっただけマシだ。
皆が飛び込む。リタ、エステリーゼ様、カロルが飛び込んだ。
後は、僕達だけだ。

やっとここから、出れる…。

この不安から逃れる事が…。

ユーリをここから離す事が出来るっ!!


そう―――…思った。

光が見えた、そんな気がした…。


けれど、僕達を…『僕』を待ちうけていたのは更なる闇だった。


―――ドンッ。


握っていた手が離され、背中を強く押され…。


「…………えっ?」

何が起こったのか…理解出来なかった。
ただ…分かるのは…。

「フレンっ!!」

叫ぶユーリの声だけだった―――。