K side ]
――――許せない。
本当は許したい。
――――ユルセナイ。
でも、ハリーはもう、いないんだ。
――――ゆるせない。
もう、一緒に修行する事も出来ない。全部、全部ユーリがそれを壊したんだっ!!
どうして?何で?
そんな事を思うより、僕の手はユーリに武器を振り下ろしていた。
そしてユーリは言ったんだ。
『オレの邪魔をするな』
そう、言ったんだ…。
仲間だと思ってた。思ってたのに…。何でも話してくれるって、信じてたのに…。
僕はひたすらに、ユーリの跡を追った。ユーリの足跡は思いの他あっさりと掴めた。
最初は、オルニオン。次はヨームゲン。そして、マンタイクにハルル、アスピオ、デイドン砦、そして、今はここカプワ・トリム。
カプワ・トリムの裏街道。薄暗い道の中にある傭兵ギルドの本部と言っていい場所にユーリとフレンが襲撃をしかけていた。
相変わらず流れるような、黒蝶が舞っているような剣さばきのユーリと本格的な騎士団の技術を持ったフレン。
二人の剣技は相反するようで旨く組み合わさり、死角が全くなかった。どちらかの隙を狙って攻撃を仕掛けても、必ずその隙を片方が潰す。
そう言えば、僕はユーリとフレンが本当に力を合わせて戦っているのを初めて見た気がする。
いつも皆といる時はユーリは必ず誰かのフォローに入って、フレンと二人戦っている事は無かった。
それに、ユーリがフレンと二人で戦っていたんだろう時には、決まって二人っきりだった。僕たちは側に居なかった。だから、二人が本気で組んだ時の強さを僕は知らなかった。今この瞬間までは。
「す、ごい……」
それしか言葉が出なかった。今二人が襲撃を仕掛けたギルドに所属しているギルド員は最低でも100はいたはずなのに…。
ものの数分で片をつけてしまった。しかも、二人は無傷で息を切らしてすらいない。
…勝てる気がしない。勝てる訳がない。
でも……、でもっ!
―――バキッ。
足元にある木片を態と踏みつけ音を立てる。
すると、二人は反射的に僕の方を振り向いた。それこそ、二人がいつも戦闘していた時の顔で。でも、それはすぐに一変した。
「なんだ、カロルか。驚かせないでくれ」
普通に普段と変わらない口調でニッコリ笑って話すフレンに何故か泣きそうになる。
フレンがユーリと一緒に居る理由は分からない。けど、噂は聞いた。
―――フレンが陛下を刺した。
『どうして?』『何で?』その疑問符は既に頭にこびりついていた。もう、この言葉は僕の頭からは抜けないようだ。まるで、抜けない刺みたいに刺さってそのまま、じくじくと心が疼く。
それでも、僕には分からなくて…。どうして…?
フレンの笑顔に何も言えないくて、ただ愛用の斧の柄をギュッと握りしめる。
僕が武器を握ったのに気付いたんだ。フレンはすっと目を細め静かに口を開いた。
「カロル、僕たちを見逃してくれる気はないか?」
「えっ…?」
「僕は君と戦いたくない」
「フレン…」
「どうだろうか?」
戦いたくないって思ってくれてるの?
何で?だって、…だったら何で何も話してくれないんだよっ!
それでも戦いたくないって思ってくれてる事が嬉しいのに、口は違う言葉を紡いでいた。
「…無理、だよ。だって、だって…ハリーはもう戻ってこないんだ」
「……カロル…」
「…フレン、止めろ。カロルを惑わすな。カロルはもう、自分で決められる立派な奴だ」
フレンの肩に手を置いて、ユーリが静かに僕を見ながらフレンへと告げた。
ユーリの瞳が僕にそうだろ?って言ってる。
違う…違うよっ!!僕はユーリみたいに強くないっ!!
強く、ないのに………。
「…僕はユーリを許さないっ!」
悔しくて。自分の弱さが悔しくて堪らなくて。それを振り払うように僕は叫んだ。
なのに、ユーリはそれでいいって言うみたいに、満足気に頷くんだ。
やめてよっ。それは僕が望んだ答えじゃないのにっ!!
そんな事を口にする勇気すらない。僕がぎゅっと今度こそ斧を取り出し、ユーリを睨みつけた。
すると、ユーリよりフレンの変化に言葉を失った。
いつものサファイアブルーの瞳がアイスブルーに変わって、…僕を敵と判断したんだ。
フレンのそんな瞳も、ユーリの本気で戦おうとする表情も、全部、全部初めて見る顔だった。
体がガクガクと震える。膝なんて笑う所か大爆笑している。
―――コワイ。
そう、怖いんだ。僕が仲間に本気で武器を向けている事も、向けられる事も今まで無かったから…。
だから………恐いんだ。
ましてや、普通の人相手ならまだしも、フレンは騎士団のトップ、ユーリはギルドの最強クラスの実力者。
その二人が出している気迫が恐くないわけがない。
……近づけない。…隙が、ない。
「……どうした?カロル。来いよ」
「ユ、…ユーリ…」
「来ないならこっちから行くよ」
「えっ!?」
二人がこっちに向かって来たっ!?
本気なんだっ。でも、僕だってっ!!
思い切って斧を振り上げ、挑んで行った。けれど、やっぱり、僕が二人に敵う筈が無かった…。
※※※
どれほど、気を失っていたんだろう。
目を開くと、そこには僕を心配そうに見つめるエステルの顔があった。
「あ、れ…?エステル…?」
「良かった…。カロルが無事で」
エステルが心の底からホッとしたように微笑んだ。
どうして、エステルがここに…?
ふっと横に視線を送るとそこには呆れて僕を見るリタに、何か全てを知っている様な顔のレイヴン。そして、少し冷たい空気を含んだがするジュディスが遠くから僕を見ていた。
「大丈夫ー?少年」
「う、うん。平気」
「にしても、少年ったらずるいわー。嬢ちゃんの膝枕なんて」
「えっ!?」
言われて僕は漸く今の状況を顧みる。
目の前にエステルの顔。そして、頭の位置が少し高くなって横に…。
「うわわわわっ!?」
ほ、本当に膝枕して貰ってたなんてっ!?
慌てて僕は体を起して、エステルに素直に謝った。
すると、エステルはそんな事気にもせず逆に僕の体を心配げに気遣ってくれた。
「もう、大丈夫なんです?」
「うん。もう平気だよ」
立ち上がり埃を払うと、納得したようにエステルが立ち上がった。
「んで、ガキんちょ。あんた誰と戦ってた訳?」
「え?」
「何でここでぶっ倒れてたのかって聞いてんのよ」
「それは…」
言っていいものなのかな…?
知らない訳無いと思うけど、でも、皆にとっては仲間で…。
でも、そんな疑問をレイヴンがあっさりと答えてしまった。
「青年、でしょ?」
当たってる。けど、…返事、出来なかった。
だって、本当の事だから。だから尚更出来なかった。
「ったく、何考えてるのか、分かんないわ」
「…僕だって分からないよ。全然。ユーリやフレンがやろうとしてる事」
リタの呟きは僕の呟きでもある。
もう、分からない。
でも、…ハリーを殺した事だけは確かなんだ。
それだけは…確かなんだ。
なのに、それは違う、って。そうじゃないんだ、ってエステルは首を振った。
けど、それを認める事が出来ない。
「カロル…」
「だって、何も教えてくれないっ!!答えてもくれないっ!!」
「カロルっ。それは違うんですっ」
「そうだっ。ハリーだってもういないんだっ!!」
「カロルっ!」
「全部、全部ユーリが悪いんだっ!!」
何も教えてくれない、僕を仲間と認めてくれないユーリが全部悪いんだっ!!
そう叫んだその時。
―――パンッ!!
「……えっ…?」
僕の頬に鋭い衝撃が走った。
それが、遠くで僕を見ていたジュディスの平手だったと気付くのに、僕は時間が必要だった。



