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―――パンッ!!

静まり返ったカプワ・トリムの裏街道。
そこに、ジュディスがカロルを叩いた音だけが辺りに響き渡った。
カロルは何が起こったのか全く理解出来ていないのか、叩かれた頬を片手で覆っていた。

「…カロル。貴方は一体何をしているのかしら?」

そして、問われたセリフにカロルはきょとんと眼を真ん丸く見開いた。

「凛々の明星の首領である貴方が真っ先に仲間を疑ってどうするの?」
「だ、だって…」
「…だって、なに?」
「ユーリは何も話してくれない…」
「…そうね。ユーリは何も話してくれなかった。けれど、貴方はユーリの足跡を追っていた。ならば、気付けた筈でしょう?」
「き、づける…?」
「そう。ユーリとフレンが、今何をしているか」

ユーリとフレンが今何をしているか。
それは、騎士団、ギルドの力を削ぐ事。しかも、凄く分かりやすく、街の恨みを買っている。
どちらの勢力の恨みも平等に今二人に向けられつつある。
世界中の目が、恨みの矛先が全て二人になって行こうとしている。
どの街に足を踏み入れても、二人の非難しか出てこなかった。

「貴方なら、ユーリに状況を聞く事も出来た。なのに、それをしなかった。何故かしら?」
「それは…ハリーが」
「………俺が、どうかしたか?」

今度こそカロルは完全に言葉を失った。
それも、その筈。カロルはハリーの仇を討つ為に、ユーリへと戦いを挑んだのですから。
けれど、殺された筈の親友がカロルの目の前に立っている。

「は…り…ぃ?」
「…カロル。悪かったな。心配かけて」
「嘘だ。何で…?」
「情けない話さ。俺は騎士団とギルドの間で争いを起こしたがっていた連中に操られていたんだ」
「操られて、いた?」
「そうだ。だから、俺とヨーデルの間で引き起こされるであろう戦いを止める為に、俺はユーリに俺を斬ろと命じた」
「じゃあ…」

カロルの顔がくしゃりと歪み、頬に雫が伝った。
…カロルが泣いてる…?
ボロボロとカロルの幼さの残る顔に大粒の涙か何粒も零れ落ちる。

「じゃあ、僕は…僕は…」
「泣くなっ!!」

ビクリッ。
ハリーの一喝にカロルの涙が止まった。
この一喝に驚いたのは、カロルだけでは無かったけれど。

「カロル。お前が今すべき事は嘆く事かっ?違うだろっ!?」
「ハリー…」
「ユーリとフレンが世界の恨みを、重みを二人で担ごうとしている」
「えっ…それってっ?」
「これは元々、俺とヨーデルの弱さが引き起こした。なのに、あいつ等は俺たちを庇う様に、全ての業を背負って何れ完全に世界の敵になる」

―――ズキッ。
……心が痛い。
フレンの責任感に、ユーリの優しさ。そして、二人の心の強さ。
余りに強い。けど、その強さが私には切なくて、苦しくて、―――痛い…。

あの時、レイヴンと合流してヨーデルとハリーの魂を持った呪術者のアジトを発見した。
そこには、呪術関係の古書と薄っぺらい布の上に横たわっている術者二人。
あの術者の中にヨーデルとハリーの魂が入っているのは直ぐに分かった。
けれど、どうすれば、魂を取り戻せるのか分からない。
私達は必死にそこにあった文献を調べ、漸く二人の魂を取り出す方法を得た。
しかし、そのまま元の体に戻しては、フレンとユーリが斬った傷が二人をまた死の淵へと追いもどしてしまう。
そこで、リタがとある呪術を発見した。
傷を他者へと移す呪術。本当ならそんな呪術を使う気にはなれなかった。
でも、私達はどこか焦っていたのだろう。
その呪術と移魂呪術を混ぜ合わせ、発動させた。 呪術は奇跡的に成功し、フレンとユーリが斬った傷は全て術者の方に移り、ヨーデルとハリーは漸く元通りに戻る事が出来た。
やっと、ユーリとフレンの誤解を解く事が出来る。
……なのに、時間は私達を待ってなどくれなかった。
その時には既に、フレンとユーリの行いでギルドと騎士団の争いは収まっていた。
でも……その代償にユーリとフレンは世界の敵となる道を歩み始めてしまっていた。
ヨーデルの安否を確認し終わり、ハリーの安否を確かめにダングレストへ寄った時、ハリーの眠るベットの脇の椅子にパティがちょこんと座っていた。
―――パティは言っていた。

『ユーリもフレンもどうしようもない馬鹿者なのじゃ。素直に仲間を信じればいいものを、こうして捻くれた信じ方しか出来ん。二人はヨーデルとハリーを刺しながらも何処か信じておったのじゃ、うちらの存在を。ちゃんと。例え、ユーリとフレン。二人を失ったとしてもきちんと世界を動かしてくれると信じていたのじゃ。だから、自分達はそれを導き安いように、自分達を大きな敵として世界中の恨みを集めて。しかも、本人達はそんな自分の心に全く気付けていない。…本当に馬鹿者じゃ。でもうちはそんな馬鹿を見捨てる事は出来んのじゃ』

と。事実、パティは今でもユーリとフレンの側にいる。
パティは最初から二人の行動に気付いていたのだ。どうして、私はもっと早く気付けなかったのでしょう。
もっと、もっと早く気付いていれば…。
でも、そうですね。今はそれを嘆いている場合じゃない。
私達に出来るのは…。今、出来る事は。

「カロル。行きましょう。ユーリとフレンの期待を裏切らない為に。私達に出来る事をしましょうっ!」
「エステル…。うんっ!僕はユーリに謝らなきゃいけない。僕は今度こそユーリを信じるっ!」

期待を裏切らない為に。
その言葉がどんなに遠く、自分達を苦しめるかを、その残酷さを今の私は気付く事が出来なかった。