F side W





ユーリと別れ、急ぎ帝都に戻ると城内は有り得ない程静まり返っていた。
何故だろう。胸騒ぎがする…。
僕の歩く靴の音が更に自分を焦らせた。
………駄目だ。これじゃ、冷静に判断も出来ない。
足を止め一旦落ち着こうと大きく息を吸い、肺の中にたまった空気を吐き出す。心なしか少し、落ち着いた気がする。
僕はそのまま、陛下のいるであろう陛下の自室へと向かった。
城内を歩いていても、誰一人とも擦れ違わない。
こんな事ってあるだろうか…?
自分へ落ち着けと呪文の様に言い聞かせ、陛下の自室の前で立ち止まった。
当然の様にコンコンとドアを叩くと『誰ですか?』と声が聞こえる。
その声は何時もの陛下の声で何故か涙が出るくらいホッとした。
名を名乗ると鍵は空いていますとの声が掛かり、失礼しますと中へと足を踏み入れた。
そこは相変わらず下町の人間が暮らしている部屋が何個も入るような広さの部屋で、その奥にある窓際の椅子に座り陛下はお茶を飲んでいた。

「フレン、おかえりなさい」
「はい。只今帰りました」
「どうかしましたか?まさか、民に何かありましたかっ?」
「い、いえっ。それは無いのですが…陛下。教えてください。オルニオンからギルドを追い出したとは本当ですか?」
「フレン…?どうして、そのような事を?」
「陛下」
「…本当ですよ」
「何故っ!?」
「何故?おかしなことを聞きますね。『この世に対立が起こるのは二つの勢力があるから』です。ならば、一つにしてしまえば争いも無くなるでしょう」
「陛下…。それは、本気ですか?」
「勿論です。前にも言いましたがフレン。ギルドは本当に必要ですか?」

陛下がカップをテーブルへと置き、じっと僕を見た。
どうして、陛下がこんなことを…?
信じられない。
この世に対立が起こるのは二つの勢力があるから。
それは間違いでは無いのかもしれない。
だが、今その勢力を一つにしようと起こっている争いはどうなる?それでまた無駄な血が流れるのだ。
陛下がそれに気付けない訳がないのに…。
ふつふつと何か黒いものが自分の中に渦巻いている。
それを陛下にぶつけるわけには行かない。
自分を落ち着かせようとふと、窓の外へと視線を逸らして、そして…気付いてしまった。
陛下の姿がガラスに映っていない事に。
少し離れた僕ですら映っているのに、直ぐ側にいる陛下が映らない訳がない。

「成程。そうやって争いを起こして、貴様は一体何が目的だ?」
「フレン?」
「窓の側にいたのは、失敗だったな」

バッと振り向き窓を見たのが何よりの証拠だ。

「さて、吐いてもらおうか。貴様は何を企んでいる?」

剣へと手をかける。
偽陛下の顔がさっと青冷めたかと思うと、ふっとまた表情が和かなものへと戻った。
そして如何にも良く気づきましたと嘲る様にパチパチと手を叩き僕へ称賛を贈ってきた。

「流石ですね。フレン。ですが、貴方が僕を斬ることは出来ないでしょう」
「何をっ!?」
「何故って?何故なら皇帝の姿である僕を斬ると言う事はまた新たな争いを生むって事ですから」
「僕が皇帝を斬った反逆者となると?」
「そうです。騎士団と今度は国が争う事になる」

騎士団と国が争う?
そんな事なる訳がない。
貴様がここに居ると言う事は、本当の陛下が何処かにいるはず。

「残念ながら、いませんよ。僕は僕です」
「どういう、事だ?」
「この体は全て僕ってことです。ここで僕を斬ったら皇帝は死にます」

操られているって事なのかっ?
確かに目の前の陛下はどう見ても陛下に相違無かった。
しかしどうにも合点がいかない。
探るように相手を睨み付けると、またそいつは笑った。

「簡単な話ですよ。呪術の一種です」
「呪、術…?」
「えぇ。先程貴方が言った通り私の姿が窓硝子に映っていないでしょう?それは、この『体』と『魂』が違う物だからですよ」
「……?」
「通常呪術で可能なのは、相手の心を、意識を操り自分の意のままにする。しかし、僕がしているこの呪術はそのものの魂を追い出し、自分の体へと移し自分の魂を狙った者へと入り込ませる。即ち完全な入れ替わりを意味します」
「…まさか…」
「おや、疑いますか?それでも僕は構いませんがね。まぁ、この呪術には難点もあります。魂を入れ替えることにより体と魂が拒否反応を起こします。最終的に魂が変化を起こし、体を拒絶して消失する。事実上の死です」

言われた言葉を飲み込むのにかなりの時間を要した。
いや、実際には10秒も経っていないだろうが…。
それだけこいつが言っている事を理解したくなかったのだろう。
こいつの言っていることが本当ならば、こいつを斬ることは陛下を斬ることと同じ。
そうすれば陛下は助からず、僕は皇帝を斬った反逆者となる。
どうしようもない。どうしようもない状況の筈なのに、僕はどこか落ち着いていた。
ふと、ユーリを思い出す。ユーリはあのままダングレストへ向かった。彼は言っていた。ハリーの言動がおかしいと。だとすれば、ハリーも…。
確かに斬ったらやばいのかもしれない。だが、かと言ってコイツを放置しておくわけにもいかない。
剣を握る手に力が入る。
『この世に対立が起こるのは二つの勢力があるからです』
…何故だろう。
陛下のこの言葉が頭をグルグルと回る。
二つの勢力があるから…か。
そうかもしれない。
だったら…。
僕は剣を鞘から抜き出し、陛下へと突きつけた。

「なっ!?」
「陛下、私は貴方に呪術をかけられるのに気づけなかった…。これは私の過失です。…だから」

だから、これは僕が受けるべき罰なのだ。
僕は逃げ出そうとした陛下の腹部を背中から剣で貫いた。
驚愕する陛下の口からゴフリッと血が吐き出される。
お腹を貫かれ前へと倒れそうになる陛下を抱きとめる。
溢れる血が僕の手を染めていく。けれどそんなものはどうでもいい。
僕は陛下から剣を引き抜きその血に染まった体を横たえた。陛下の瞳が一瞬悲しみの色を混ぜた。
どうしてだろう…。その目を見ると陛下が陛下に戻ったような…そんな気がする。
陛下の頬に触れようとした、その時。
―――コンコン。
ノックをする音が聞こえ、ガチャリと扉が開いた。
ゆっくりと扉の方へ視線をずらすと、そこには桃色の髪の…。

「エステリーゼ様…」

僕がゆっくりと振り向くと、エステリーゼ様は息を呑んだ。
それは、そうだろう。そこには陛下の血だらけの姿。
そして、僕の持っている赤く染まったホワイトソードが何をしたかを物語っている。

「ふ、フレン…どうしてっ!?」
「…エステリーゼ様」

立ち上がり、エステリーゼ様と向き合う。
すると後ろに何人もの騎士が(僕がエステリーゼ様に付けていた護衛騎士だろう)慌てたように走り去っていった。
これで完全に僕は咎人だ。
もう、騎士団にいることも出来ない。
だが、これでいい。これで、僕だけが騎士団を裏切った事になる。こいつが狙っていた国と騎士団の争いはこれで防げたはずだ。
僕は窓を開け、外にある木へと乗り移った。

「フレンっ!!」

エステリーゼ様の叫びは聞こえていても、僕は振り返ることはしなかった。