Y side X





「見つけたぞっ」
「ちっ……」

オレは追われていた。その理由はただ一つ。
オレが『ハリーを殺した』からだ。


※※※


フレンとエフミドの丘で別れた後、そのままこっそり船に乗りオレはダングレストへ向かった。
街に経由などせず真っ直ぐに。
ダングレストに辿り着いても、宿屋にいるはずのカロルには目もくれずユニオン本部へと飛び込んだ。
アポなど取る気もない。ただ奥へと向かい扉を蹴り飛ばし開けると、そこには何故かハリーだけだった。

「…んで?いきなりやってきて何の用だ?」
「言わなきゃわかんねぇか?」
「わからねぇな」

態度も口調も何時もと何も変わらない。
ハリーのままだ。
でも、何かがおかしい。所詮勘に過ぎないが、オレのこの勘はいつも当たるんだ。

「…どうして、騎士団と争いを起こした?」
「ギルドが帝国と対等の関係を築く為だ」
「対等な関係?はっ、笑わせやがる。対等ってのは相手を消す事を言うのか?それでどうやって相手と並ぶんだよ。お前らはただ、ギルドを優位に立たせたいだけだろ。っとにくだらねぇ」
「邪魔なものは消す。ギルドのトップに立つ上で必要なことをしたまでだ」

あり得ない返答に一瞬言葉に詰まった。
邪魔なものは消す。オレもそれを実行したから言える立場じゃない。立場じゃないが…。
ハリーと目を合わせる。どちらも逸らす事のない視線。だがその時ハリーの目が一瞬揺らいだ。
理由は分からない。だが…。
そのままハリーは立ち上がると、何故か覚束無い足取りでドンが座っていた椅子の後ろ、窓へと近寄った。
そして、気づいてしまった。
ハリーの姿が映っていないことに…。
やっぱり、誰かに操られていたのか…。
もしかして、それを気付かせたくて移動したのだろうか?

「……ユーリ」
「…ハリー、お前…」

キッとオレを睨みつけるように鋭い視線で何かをオレに訴える。
そして、ハリーの震える唇が音もなく言葉を告げる。

―――『斬れ』

ハッとした。だが、確かにハリーの唇は『斬れ』と動いている。
必死にオレにそれだけを訴えている。
オレは分かったとただ頷く。すると、ハリーはふっと柔らかい表情に変わりそして、また冷めた表情へと戻った。

「…お前ら一族はホンット、オレに厄介な事ばっかり、言いやがる」

愛刀を鞘から抜き出し、ハリーへと突きつける。

「な、何をっ!?」
「てめぇに教えてやる義理はねぇよっ!」

問答無用でハリーの胸を斬りつけた。そして、腹部へと刀を突き刺す。
もう幾度となく血で汚れた手が再び汚れた。
何度見ても見慣れる事のない血に汚れた手。
刀を引き抜き、支えを失いドサリと床に倒れたハリーを見下ろした、その時。

「ハリーっ!!」

…もっとも聞きたくなかった声。

「ユーリ…何でっ!?」
「…カロル」
「何でだよっ!?」
「答える気はない」
「ユーリっ!!」
「オレの邪魔をするな。カロル」

泣きそうな顔で叫ぶカロルをオレは感情をとにかく押し込め冷たく見下ろす。

「ハリーは僕の…僕の初めての親友だったんだ…。それをユーリは奪ったんだっ!!」

カロルの頬に涙が伝う。怒りを抑えきれずに叫び、カロルは鞄に入っている斧の柄を握り締めた。

「う……うああああああああっ!!」

大きな斧を持ち、感情のままオレに挑んでくる。

「…邪魔をするなって言ってるだろ」

地を蹴り、瞬時にカロルの間合いへ入り、武器を構える腕を柄で叩き武器を叩き落とす。更に一撃蹴りを入れ遠くへと弾き飛ばす。
壁にぶつからない様に最新の注意を払って。カロルが尻もちをついたのを確認し、そして、そのまま踵を返し、剣でガラスを叩き割り、派手な音と一緒に外へと逃げ出した。

※※※

しばらくは追手も来なかったが、やはりギルドは情報が命。
あっという間にオレがハリーを殺した事が伝わり、ダングレストを抜け出して何日目かの夜。今や完全に追い詰められていた。
ダングレスト付近って事もあり、ギルドの連中は次から次へと湧いて出る。
途中何度かカロルがオレに挑んできた。だが、例えカロルにもやられてやるわけにはいかなかった。
わざと森の中を走り何とかやり過ごそうとして、逃げ込んだのは亡き都市カルボクラム。
迎え打って勝ち続けてはいるものの、体力の限界は来ていた。

「……はぁ……はぁ………」
「うらぁっ!!」
「……はぁ…くっ…しゃらくせぇっ!!」

ドスッ。ガスッ。ガキィンッ。
腹部に蹴りを入れ、背後に回った奴にひじ打ちをし、自分へ斬りかかる剣を弾き飛ばす。
遠距離から射られる矢を叩き落とし、魔法を避ける。
息が苦しい。
体中、もうボロボロだった。
それでも剣を振るおうとした、その時、背中に大きな突き刺す痛みと衝撃が走った。
勢いよく振り向くとそこには、弓士がいて…自分が矢に打たれたのだと気づく。
ボロボロだっつーのに、この矢は致命傷だった。
ガクリと膝が地に着いた。
刀を地面に刺して何とか倒れるのを防いだものの、そんなものは何にもならない。

「…ユーリ・ローウェル。貴様の首貰い受けるっ!!」

目の前の大男が斧を振り上げた瞬間。

―――ドスッ。

「ぐあっ!?」

鈍い音が聞こえ、小さな悲鳴と同時に目の前の男がぐらりと傾きバタンと音を立て倒れた。
何が起きた…?
顔を上に上げると、そこには…、夜の暗闇に浮かびあがる金色の…。

「ふ、…れん…?」
「迎えに来たよ。ユーリ」

そこには、いるはずのないフレンがいて…。
しかも、いつもつけている甲冑も隊服も着ていない。私服姿。
…何で、こいつが?
その言葉だけが頭をくるくると回る。
だが、ぐいっと手を引っ張られフレンに抱き寄せられると一気に思考が停止した。

「ユーリ、すまない。矢を抜いてやりたいが、今は逃げる事を優先する」
「あ、あぁ」

耳元でそう囁いて、フレンはオレの手を引き走りだした。
オレも気力を振り絞り、必死にフレンに付いて駆け抜け、カルボクラムを飛び出し、待ち構えていたギルドの連中をフレンと二人で退け、そのまま走り続ける。
しかし、フレンは一体何処へ向かっているのだろうか。
カルボクラムの東へと走っているがその先にある町はカプワ・トリムだ。
そんな所へ行けば付いた途端に捕まってしまう。
それが分からないフレンではないはず。
だったら、どこへ?
だが、フレンはずっと東へ走り続けた。
そして、抜けた場所は浜辺だった。
それは小さな浜辺だったけれど、船が一隻停まっている。
あ、れは…。

「フィエルティア号…?」
「そうだよ。ユーリ」

オレとフレンはそのまま転がるように船へと乗り込んだ。