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フレンの反逆から数日たった、私の自室に今リタが訪ねてきていた。

「それで?あの陛下は大丈夫なわけ?」
「…まだ、油断出来ない状態です。今城の専門医が付きっきりで看ていますが…」
「ふぅん」

私の言葉をリタは何時ものように何か考えながら頷いていた。
あの時、フレンがヨーデルを刺したのを見た時、驚きのあまりフレンを問い詰めようとしてしまったけれど…。
でも、私は知っているはずなのです。
フレンが意味もなくあんな事をする人ではないって事を。
絶対何か理由が在る筈なのに…。

「…何か、変よね」
「はい。フレンがあんな事をするなんて…」
「いや、まぁ、それも変なんだけどさ。それ以上にあの、ヨーデルだっけ?何で死んでないの?」
「そ、それは、私が直ぐに治癒術をかけて」
「…そんなミス、あいつ、する?」
「えっ?」
「だって、フレンよ?そんな在りがちな失敗するようには思えないんだけど。何だかんだ言ってフレンってユーリと同類だし、殺すって判断したら確実に殺す気がする」
「そ、れは、……確かにそうです」

私は手元のカップを覗き込んだ。
中には紅茶が私の顔を映し出していた。
窓からの風が静かに私とリタの間を流れている。

「…何はともあれ、ヨーデルの意識が戻らない事にはどうしようもないわね」
「は、い…」
「そうとも限らないわよ」
「えっ?」

ふわりと窓枠に私たちの姉のような存在、ジュディスが現れた。
相変わらず神出鬼没です。

「ジュディスっ!?」
「貴方達がここにいてくれて良かったわ。…色々、情報を持って来たわ」
「情報です?」
「えぇ。いい情報が一つ、悪い情報二つって所かしら?」
「それじゃ、悪い情報って奴から聞くわ」

リタが答えると、ジュディスがそれでいい?と目で聞いてくるのを静かに頷く事で返事をした。

「一つは、ユーリがハリーを殺したそうよ」
「なっ!?」
「う、そ…っ?」

―――ガチャンッ。

カップが手から滑り落ち、カーペットを紅茶が濡らした。

「…本当よ。カロルが第一目撃者らしいわ」
「カロルが…」
「今、ユーリは逃亡中。そして、カロルはそれを追っている」
「復讐ってとこ?」
「そうね。多分、そんなトコね」

言葉を失うってのはこう言う事なんですね。
私はただ呆然とジュディスの言葉を聞いた。
何も話さなくなった私の代わりにリタが二つ目は?とジュディスに問いかけた。

「二つ目は、おじ様からの情報なんだけれど、オルニオンが何者かに襲撃を受けたそうよ」
「襲撃?それって、ギルドじゃないの?」
「そうですね。今、ギルドと帝国は争っていますから」
「…それがギルドではないの」
「はぁ?どうゆう事?」
「詳しくは分からない。でも、不思議な事が一つ」
「不思議な事?」
「その犯人が襲撃した場所。それは、騎士団の詰所。オルニオン支部だけ」
「騎士団だけ?」
「そう。それ以外の民間人は誰も傷一つ付いていなかったの」

…民間人は無事。それは喜ぶべき所なのでしょうけれど…。
何かが引っ掛かかります…。

「んで?良い情報ってのは?」
「これも、おじ様情報よ」
「…あのおっさん、一体どこから情報集めてんのかしら」
「まぁまぁ、リタ。落ち着いて。それで、ジュディス、情報とはなんです?」
「…『エレアルーミンへ行け』」
「…なにそれ?」
「そこに行けば全てが分かる。そう、言っていたわ」
「エレアルーミン…?」

レイヴンが言っている?
全てが分かる?それは、どうゆう意味なのでしょう?
でも、それしか言わないって事はそれしか伝える事が出来ない事情がある筈です。
レイヴンがそう判断したのであれば、きっとエレアルーミンに行けば本当に全てが分かるんですね?

「…どうするの?」
「行きますっ。私は今何が起こっているか知りたいんですっ」
「アタシも行くわっ!エステル一人行かせたりなんかしないっ!」
「そう。じゃあ、皆で行きましょうか」

ジュディスの言葉に私たちはしっかりと頷き、バウルと共にエレアルーミンへと向かった。

バウルで移動すると本当にものの数時間でついてしまう。
相変わらず水晶で出来ているそこは太陽の光を浴びて七色の輝きを放っていた。一歩一歩踏み出すたびガラスを割ったような音が足元に響く。
何度も訪れたここはもう勝手知ったる何とやらで、私達はどんどん奥へと進んでいった。
魔物達はエアルがなくなった影響で弱体化し、人を見ると直ぐに逃げて行ってしまう。
おかげで油断さえしていなければ、さして危険はなく最奥部。ノームの住まう場所へ辿り着いた。
勿論、今は姿を現わしてはくれませんし、現わして頂いても話す事が出来ないので何とも言えませんが…。
所で…最奥部まで来たのに何もありません…。
同じ事を思ったのか横でリタもあたりをキョロキョロと見まわしている。

「お、来たね」
「えっ?」

聞きなれた声がして、勢い良く振り返る。
そこにはボサボサ頭の元騎士団長主席が立っていた。

「レイヴンっ!?」
「おっさんっ!?」
「よ、久しぶり」

変わらないレイヴンの調子にホッとしたのは私だけではなかったようで、リタもジュディスも小さく息を吐き出していた。

「んで、おっさん。こんな所で何してるわけ?ってか、ここに来れば全てわかるってどーゆー事よ」
「それがねー。実はこの更に奥に、ヨーデル様とハリーの『魂』が隠されてるのよ」
「は?」
「あ、あのすみません。お話が良く分からないです」
「そりゃそうよね。おっさんも半信半疑だもの」

レイヴンが首を傾け笑った。
レイヴンも半信半疑。本当にどう言うことなのでしょう?
疑問を目だけで訴えると、ふっといきなり真面目な顔をしてレイヴンが説明を始めた。

「パティちゃんがね。俺様に依頼してきたわけよ」
「パティが?」
「そうそう。嬢ちゃん達と一緒にエレアルーミンに行って、ヨーデル様とハリーを助けてやってくれってね。どうにも、ヨーデル様もハリーも何者かに操られていたらしいのよ」
「操られていたんですっ?」
「…そう。だからそれを知った青年二人はそれぞれを刺した」
「そ、そんな……で、ですが、そんなことしなくても、それこそ、ここ(エレアルーミン)に来ればっ」
「…出来ない事情があったんでしょ。あいつ等、それを考えない程馬鹿じゃないもの」
「そう、…ですね」
「お二方はとある呪術にかかっていた。魂移呪術って知ってるかい?それはもー、とんでもない呪術でねー。他の生き物と自分の魂を入れ替えて、相手を意のままに動かし、そしてそのまま乗り移った生き物になる」
「…ようするに、例えば、ヨーデルに術者の魂が入り込み、最後には一体化するって事?」
「その通り。けど、勿論拒否反応ってのがあってね。元々違うモノ同士がくっつくんだ。当然と言えば当然。だけど術者はどんな者にも適応出来るからいいとして、問題は取り出された魂の方ね。それは一旦術者の体に入るものの合わなくて消失する」
「それって死ぬって事?」
「ご名答」
「この呪術逃れる術ってないのかしら?」
「…生きている限りはない」
「そんなっ!?」
「エステル、『生きている限り』はないのよ」
「そうね。もしかして、だから彼らは斬ったのかしら?」
「…そこまで考えてやってる訳ないわよ」
「だーかーら、パティちゃんがそのフォローを俺達に頼んだってわけよ」
「フォローです?」
「術者からハリー達の魂を取り返すって事」

ヨーデルとハリーの魂がここの奥にある…。
私達は奥へと向かって歩き出した。勿論これからあるであろう戦いに備えて武器を構えて。
けれど、私は歩きながらずっと頭は違う事を考えどんどん思考が泥沼に沈んで行くのを感じた。
だって…。フレンとユーリが二人を刺した理由もレイヴンによって分かりました。けれど…。どうして、二人が自分達に教えてくれなかったのか。
その悲しさが胸に刺さり、抜けない刺のような痛みで心がしくしくと痛んだ。