君とお前と歩む為に。7





「それは、本当なのか?」

俺が問いかけると、『当たり前だ』とソディアは頷いた。
その目に嘘はなかった。

俺たちは今、ダングレストに向かっていた。
何故なら、騎士団がダングレストに侵攻しようとしていると。
しかも、それの指揮をとっているのが他の誰でもないフレンだとソディアが伝えに来たのだから。
最初はただ俺は絶対生きていると思い、フレンの前に引き吊り出すつもりだったらしいが、俺を探している最中に噂を聞きつけた、と。
それをソディアから聞いた時、あまりに信じがたくてダングレストに行って確かめるつもりで、バウルに運んでもらいダングレスト上空に行くと、確かに街を取り囲むように騎士が陣を組んでいる。

「何やってんだよ、フレン…」

無意識にグッときつく手を握り締めた。

「入れそうな所の近くに降りてもらうわ。バウルっ」

ジュディスの気配りで森の中にこっそり降ろしてもらい、歩き出す。
動物達がいるはずなのに、魔物どころか生き物の気配すらない。
こんな森の中にまで伝わるくらい緊迫した空気なのか…。
ダングレストにはカロルがいるはず。
カロルならフレンに話が通じるかもしれない。
それにカロルの側にはラピードもいる。
ラピードがいれば、とりあえずフレンも踏み止まるだろう。
フレンを信じている筈なのに、リタやパティを弾き飛ばしたフレンを思い出し駆ける足が速くなるのが分かる。
そんな自分に何も言わず付き合ってくれる仲間の存在が嬉しかった。
この半年の間、一人で行動していたが何か心が寒く感じた。
その理由が今ならよく分かる気がする。
足を早め、なんとかダングレストの街の裏街道についた。
そこには確かに騎士もギルドもいない。
そのかわり街に暮らす人の影もなかったが…。
今はそんな事どうでもいい。
街の主街道入口に行かなくては。

ひたすら走り、その付近につくと何か声が聞こえた。
人ごみの中心から。
騎士とギルドがにらみ合っているのをダングレストの住民が野次馬して中心部が見えない。
ここでこうしていても埒がない。
建物の屋根によじ上り、声がした方に視線を移すと。
騎士とギルドの中心で、フレンとカロルが言い合っていた。
フレンを止めようとエステルもいる。
本当にあいつは何やってんだ。
怒りを通り越して、呆れて声も出ない。

とにかく会話を聞く為に耳をすませた。

「…どうしてだよっ!!何で騎士団なんてつれてくるのっ!?フレンっ!!」
「僕とユーリの理想の世界にするには、この街が邪魔なんだよ。カロル」

フレン、何言ってんだ?
あまりの台詞に素直に頭に入らなかった。

「僕の横でずっと、言ってくれてるんだ。ユーリが…」

マジで幻覚見てるのかっ?
…本当にアイツは無駄に一直線で馬鹿なんだな。
自分で言うのも何だが、『俺(ユーリ)馬鹿』って奴か?
こんな状況なのに小さく笑えてしまう。

「ユーリは死んだんだっ!!僕、ちゃんとフレンにそう伝えたでしょっ!?」

カロル…。

「死んだ?君もそんな冗談を言うのかい?全く君達は…。ユーリは僕の横にいるじゃないか」

横…?一体何が見えてるんだか…。
でも…いい加減、腹が立ってきたな。
フレン、本当に俺の事信じてるのかよ。

「隣になんていないっ!!ユーリは…、ユーリはっ!!」
「…君も邪魔をするんだ?ユーリの仲間だった君が、君達がユーリの望みを邪魔するのかい?」
「フレンっ!落ち着いてくださいっ!!」

エステルとカロルが必死にフレンを止めている。
だが、そんな二人の制止を聞かずにフレンは、剣に手をかけた。
フレンが剣を引き抜き、カロルに切りかかる。
それを何とか手持ちの鞄で防御してかわすが、しかし、相手はフレンだ。
それで終わるはずがない。
カロルがやられる前に、俺は屋根を飛び降り中心に向かって走る。
人のいない所を選びながら、人ごみを掻き分け前に進む。
鈍い金属音が聞こえ、カロルが必死に攻撃を防いでいるのが分かった。
だが、一際大きな音がなると驚声と共に何かが落ちる音がした。
カロルの斧が吹き飛ばされたらしい。

「さようなら、カロル」

フレンの剣が腰を抜かしたカロルに降りかかる。
例えフレンであろうとも、そんな事はさせないっ!!

「それで、お前は俺の為とか言って、俺の仲間を殺すのかっ!?」

叫びフレンが一瞬動きを止めた隙に、カロルとフレンの間に入りフレンの剣を己の愛刀で受けた。
相変わらずの馬鹿力だな。けどっ。

「ユー、リ…?」

後方でやっぱりポカン顔のカロルが呟き、フレンの後ろで今にも泣き出しそうなエステルが俺を見つめていた。

「あぁ。よく頑張ったな。カロル。もう大丈夫だ」

そう言いながら、フレンの剣を力の限り弾き飛ばし、フレンが態勢を立て直す前に追撃をかける。
だが、フレンもそうやすやすとやられてはくれなかった。
剣を持っていない手が光始めている。
魔術を使う気かっ!?
こんな人の多い所でっ!?

「おまっ、何考えてんだっ!!」

叫んでも止める気配さえない。
俺の声が届かないのか?
哀しくなる感情を抑え込み、呆けているカロルとエステルの名を呼んだ。

「エステルっ、カロルっ、呆けてんなっ!!皆を非難させろっ!!」

俺の声に我に返った二人が大きく頷き行動に移る。

「副帝の私が命じますっ!!騎士団全員っ、撤退しなさいっ!!この街から外に出るのですっ!!ギルドの皆さんにも手を出してはなりませんっ!!」

今は団長より副帝の声が確かと判断したのか、エステルの命に騎士団が一斉に踵を返す。
それに触発されたように、

「皆っ!!避難してっ!!ギルドの皆は街の人達を誘導して!!早くっ!!」

カロルが立ち上がり叫ぶ。
その声に逸早くギルド『魔狩りの剣』が動いた。
続くようにギルド達が集中して一般人を囲むように避難を始める。

これで、周囲への被害は何とかなる。
後は…。

魔術を使えないように、連撃をしかける。
フレンは、小さく舌打ちをして魔術を取り止め俺の攻撃を防ぐ事に集中した。

「フレンっ、しっかりしろよっ!俺が分からないのかっ!?」

お前はこんな事するような人間じゃないだろっ!!
そう、心の底から思ってる。なのにフレンは、虚ろな瞳で俺を見て、

「さっきから気安く…、君は一体誰なんだっ!?ユーリみたいな格好をしてっ!!僕を騙す気かっ!?」
「なっ!?」

本気で驚いた。
こいつの中に『俺』とは別の『俺』が生きている?
それじゃ、今の『俺』は必要ないのか?

「生憎、ユーリはずっと僕の横にいるっ!!君なんかに騙されたりしないっ!!」
「こんのっ、馬鹿野郎がっ!!」

もう、完全に―――キレた。
渾身の力を込め、フレンの頬を殴り飛ばした。
体ごと吹き飛ばされたフレンの上に乗っかり、襟首を掴み逆頬を殴る。

「なんでっ、なんでっ、お前がこんなんになるんだよっ!!」
「…っ…」
「どうして、俺が分からないっ!?俺はもう、お前に必要ないのかっ!?」
「くっ………五月蝿いっ!!…元はと言えば…」
「…フレン?」
「元はといえば、君が悪いんじゃないかっ!!」
「うわっ!?」

逆に襟首を捕まれ引き寄せられ、天地が逆転した。
今まで真下にあったフレンの顔が上にある。
振り上げられた手が俺の頬を殴る。
まるで、騎士団にいた頃のように…。
やられっぱなしは自分の性に合わないとやり返そうと拳を握る。
だが…。

「君がっ!!…君がっ…くっ…」

ぽたっと頬に何かが落ちる。
涙…?フレン、泣いてるのか…?
自分に覆い被さるフレンの碧い瞳が潤み、涙が零れ落ちてくる。
そっと目の前の涙に曇る顔に手を伸ばしその涙に触れた。

「フレン…」
「分からない…、一体どれが『本当』の『君』なんだ…。生きていて欲しいって思うのに、『君』の『死』が僕を、追い詰める―――」

フレンが何かを確かめるように俺をきつく抱きしめた。
そして何も言わずただジッと俺の顔を見る。
俺の瞳を覗き込むように、視線を逸らさずに…。
だが、その顔は俺の知っているフレンの顔じゃない。
こんな、輝きを失った瞳をしたフレンを…。
俺は…知らない。

「ユーリ…」

俺の瞳から何かを探るように顔が近寄りフレンの唇が俺の唇に軽く…触れた。
久しぶりにした恋人とのキスは―――涙の味がした。