輝鏡花、暗鏡花 





【2】



砂漠の街、マンタイクに戻り僕は直ぐにその街を発たねばならなくなった。
ユーリに別れようと言われて、正直頭の中は混乱しっぱなしだ。
そもそも、どうしてユーリは僕と別れたんだ?
昨日の言葉を思い出す限りでも、僕の事が嫌いになった訳ではなさそうだった。

『…好きだよ。お前の事を愛してる。…多分、一生。…オレが愛する男はこの世で『フレン』、お前、だけだ』

嬉しかった。
なのに、何でだろう。
今はこの言葉が胸に突き刺さる。
どうして、別れる必要がある?
ユーリが僕を好きで、僕はユーリを愛していて…。
考えても考えても答えは出ない。
ただ、胸がきゅうと苦しさを訴え続ける。

「……長…」

やはり、もう一度ユーリと会うべきだ。
会って、ユーリの本音を聞きたい。
ユーリが何を思っているのか…知りたいんだ。

「隊長っ!!」
「えっ!?」

突然の耳を突き刺す大声に僕は慌てて首を動かすと、そこにはウィチルが心配そうな顔で僕を覗きこんでいた。
しまった。…今は任務の途中だった。

「すまない。少しぼーっとしてしまった。それで、どうかしたのか?ウィチル」
「お疲れですか?確かに強行軍ですもんね。報告はもう少し後にしましょうか?」
「いや。大丈夫だ。報告を聞くよ」
「あ、はいっ。それでは。先程カドスの喉笛の……」

そうだ。
今は任務に専念するしかない。
僕はユーリに会うまで、ユーリの事を考えない様にした。

…けれど、運命の神はそう優しくは無かった。

闘技場の街、ノードポリカ。
そこへ到着してアレクセイ閣下の御命令通りノードポリカの占拠を終了した。
そして闘技場での騒ぎ。ユーリが聖核を持っていると言う報告を受けてしまった。
アレクセイ閣下の御命令だ。聖核を集めねばならない。
例え、ユーリからでも…。
ユーリ達が港へ行く事は気付いていた。
だから。
港の入口で待ちかまえていると、ユーリを先頭に彼らが走って来た。

「…こっちの考えはお見通しって奴か」
「エステリーゼ様と聖核を渡してくれ」
「…フレン、どうして聖核の事を…」
「騎士団の狙いもこの聖核って訳か」
「魔狩りの剣も欲しがってた…」
「ヨームゲンの兄ちゃんが言っとった。…聖核は人の世に災いをもたらすと」

パティの言葉と同時に彼らを追いかけていたソディアとウィチルが追いついた。

「…渡してくれ」

僕は剣に手をかけた。
アレクセイ閣下の命令は絶対だ。それに、ユーリと話がしたいのもあった。
ユーリの意思を聞くには剣が一番だから。
けど、ユーリは剣に手をかけることはしなかった。

ユーリの目は真剣そのものだった。

「お前、なにやってんだよ。…街を武力制圧って、冗談が過ぎるぜ。任務だかなんだか知らねぇけど、力で全部抑えつけやがって」

ユーリが一歩ずつ近づいてくる。
目の前にユーリのアメジスト色の瞳が映る。
その瞳は怒りで揺らいでいた。

「…それを変えるために、おまえは騎士団にいんだろうが。こんなこと、オレに言わせるな。おまえならわかってんだろ」

武力制圧。
言われてはっとした。
……僕はユーリの事で頭を悩ませて、気付いたらユーリを自分から遠ざけていたんだろうか。

「なんとか言えよ。これじゃオレらの嫌いな帝国そのものじゃねぇか。ラゴウやキュモールにでもなるつもりか!」

ユーリの瞳をこんなにしたのは僕なのかっ!?

「…なら、僕も消すか?ラゴウやキュモールみたいに僕も、僕の存在も消すのかっ!?」

僕がユーリをそんな瞳にしたのなら、その僕がいなくなればユーリは僕のもとに戻って来てくれるだろうか。
そうすれば、君はもとの瞳に戻ってくれるんだろうか。
しかし、ユーリの瞳はすっと細められ、僕を睨みつけた。少しの悲しみを含んだ瞳。

「…お前が悪党になるなら、な」

―――辛かった。
今の答えは、……もう、僕は君のものでない。そう言われたんだ。
無意識に手が動いていた。
ユーリがいる。こんな側に。
任務も大事だ。自分で考える事を放棄した結果がこれだ。
それは分かってる。でも、今はユーリの事しか頭になかった。

「…っ!?」

逃げようとする頭を無理矢理抑え、ユーリの唇を奪う。
何ヶ月ぶりのキスだろう…。
何ヶ月ぶりにこうして、ユーリの温もりを感じただろう…。

―――バキッ。

「…くっ」

頬に鈍い痛みが走る。…そうか。ユーリに殴られたのか…。

「……今、お前がどんだけ最低な事してるか、分かってっかっ!?」

怒るユーリの瞳から一筋の雫が零れ落ちた。
……泣いてる?ユーリが…?

「ちょっと、そいつとの喧嘩なら別のとこでやってくんないっ!?急いでるんでしょっ!!」

リタの声に我に返ったユーリが僕から離れ船に向かって走っていく。
その後ろを彼女の仲間が追った。
…でも、僕には彼女を追う事が出来なかった。
背中の向こうで彼女が一瞬だけ止まった気配はしたけれど、僕は一体どんな顔をしていいのか分からず、背中でユーリを見送る事になった。


…僕は考えなければならなかった。
ユーリをこの腕に取り戻すためには何をすべきかを。

それにはまず、真実をしらねばならない。
アレクセイ閣下の事。聖核の事。

僕達はノードポリカを発ち、帝都へと急ぎ戻った。
僕には情報が足りないんだ。
ソディア達にも情報収集の協力を頼みながら、城へと辿り着くとそこの雰囲気が尋常でない事に気付く。

「…隊長」
「あぁ…。この感じ、何かおかしい」
「でも、今はアレクセイ閣下が御戻りですよね?その所為じゃないですか?」

ウィチルの言う事はもっともだ。
けれど、それにしては…。
兎に角、報告をする為僕はアレクセイ閣下の執務室へと向かうその途中。

「……ヘリオードの軍事施設化。予定より少し遅れているんだろう?大丈夫なのか?」
「あぁ。アレクセイ閣下が内密でキュモール隊長に連絡していたあれだろ?」
「お、おいおい。それこそ内密の話をこんな所でするんじゃない」

なっ!?
耳を疑う様な会話が流れてきた。
アレクセイ閣下がヘリオードの軍事施設化をしていた、と?
嫌な予感が全て繋がってしまう様なそんな胸騒ぎがした。

「隊長…」
「……今は、アレクセイ閣下のもとへ行き、真相を問いただすのが先だ」

気付かず足は駈け出していた。
それにソディアとウィチルは何も言わずついてきてくれる。
僕は部下に恵まれている。
本当に、そう思った。

アレクセイ閣下の執務室の前に立ち、ドアをノックして名乗る。
だが、返事がない。
もう一度同じ事をするがやはり返事は無かった。
…何故だろう。胸騒ぎが増す。
どうして…?
僕は目の前の大きなドアを許可も取っていないのに開いた。
すると、そこには誰もいない。
机の上には無造作に散らばった書類。

「……これは…、隊長っ!!これはヘラクレスの設計図ですっ!!」

その書類を一枚拾いウィチルが言った。
反対に立つソディアが一冊の本を開き、また驚きの声を上げる。

「隊長っ!!これ……人体実験の報告書ですっ!!」
「なっ!?」
「ソディア、見せて下さいっ!!」

精一杯背伸びして手を伸ばしたそこへソディアがその本を渡す。

「満月の子を人為的に作り出す方法…?、そもそも。満月の子とは帝国の……」

他に何か情報は?
僕もそこらに広がる書類を拾い上げては内容を読み込む。
そこには、信じられない事実が大量にあった。
マンタイクでの住民迫害。キュモールの行動。そして、帝国で禁止されている魔導器の新開発。
どれもこれも、全てアレクセイの指示でした事だと。
…こんなに証拠が揃っているのに僕は未だ信じれないでいた。
アレクセイ閣下はこんな方では無かった筈だ。

「隊長。これが本当ならヨーデル様とエステリーゼ様が狙われる可能性がありますっ!!」
「それは、どういう…。いや。今はそれよりもお二人の身の安全が最優先だ。行くぞ」
「はいっ!!」

僕達が閣下の執務室を出た瞬間、城内に叫び声が響き渡った。
どうやら、今回もまた遅かったらしい。
僕達は急いで声のした方へ向かう。
だが、そこには既にアレクセイの姿は無く、そこへ騎士達に守られる様に立つヨーデル様の姿があった。

「ヨーデル様っ」
「フレンっ!私は大丈夫です。事情はこの者に説明させます。アレクセイを追いなさいっ!!」
「はっ!!」

アレクセイ閣下が謀反を起こしたと知ったのは、それから直ぐ後の事だった。