輝鏡花、暗鏡花 





【3】



―――バクティオン神殿。

僕は色んな意味で焦っていた。
エステリーゼ様を助けなければ。
それも、勿論理由の一つだ。
けれど…それ以上に。

「早く行こうっ!!ユーリっ!!」
「おい、カロル。あんまり走ると、こんな暗い神殿の中だ。転ぶぞ」
「う、うん。だけどさー」
「ほら、カロルの所為でエステルに片想いしてる奴が心配出来なくなってんぞー」

……これだ。
ユーリはどうして僕とエステリーゼ様をくっつけたがってる。
目の前を歩くこの漆黒の後ろ姿を見ているとますます腹が立ってくる。
僕はユーリの事が好きだと、愛していると言った筈だ。
なのに、どうしてこうやってエステリーゼ様が僕の恋人かのように言うんだ。
…ユーリは僕の事が好きだと、一生好きだと言ってくれたのに。
なのに、僕の気持ちはユーリにはいらないって、それを突き付けられているようで…苦しい。

「所で、フレン」
「……何だ?」

振り返って話しかけられるそれに僕はついつっけんどんに言い返してしまった。
少しの後悔が胸の中でざわめく。
でも、ユーリはそれを気にするでもなく、言葉を続けた。

「……そんな辛そうな顔するなよ」
「っ!?」

自分の頭に一瞬で血が上ったのが分かった。

「誰が、させてると思ってるんだっ!!」

予想以上の大きい声が神殿内の今歩いている通路に響き渡った。
ユーリの仲間達も驚いて僕に視線が集中する。
でも、そんなのにも構っていられない程僕は腹が立っていた。

「君がさせてるんだっ!!今、僕がどれだけ、苦しいかっ!!どれだけ、悲しいかっ…、辛いかっ…君は、分からないのかっ…」
「おい、フレンっ!?」

視界が歪む。
頬を雫が零れ伝う。
それを拭う気にすらなれない程、僕は辛いんだ。
ユーリに別れると言われた事が。君に他の女を選べと言われている事が…こんなにも、苦しいんだ。

「…ごめんな、…ごめん」

何に謝っているか分からない。
僕はただ俯き頭を左右に振った。

「…ほら、泣き止めよ」

ユーリがそっと僕を抱きしめる。
そんなの、逆効果だ。
ユーリの温もりが切なくて、涙が溢れる。

「……側にいる」
「……え?」

耳元に小さく聞こえる声。
きっと周りの誰にも聞こえていないだろう、小さくてでもユーリの優しい声で。

「…お前が、誰を選んでも…オレは、オレの心はずっとお前のものだ。…心だけは側にいる」

だから、それじゃあっ、君にとって僕の心はどうでもいいと言っているのと同然だと何で分からないっ!?
辛くて、苦しくて、…ユーリの全てを引き止めたくて。…僕を欲しがって欲しくて。
僕はユーリをきつく抱きしめた。
…この温もりを僕は失いたくない。
どうすればいい?
どうすれば、ユーリは僕のもとへ…。
結局僕はこの疑問へ戻って来てしまった。

ジュディスが僕達を気遣う様に先へ進もうと言われ、僕はユーリを離し涙を手の甲で拭った。
そのまま神殿の最深部に辿り着き、アレクセイには逃げられ、シュヴァーン隊長と戦い、シュヴァーン隊長の命をもって僕達は崩れゆく神殿から脱出した。
その後、ヘラクレスの情報を得て、内部へ突入したがエステリーゼ様とアレクセイの姿は無く、ソディアの報告を受け僕は騎士団へと戻った。
ヘラクレスの攻撃が帝都へと向いている事を知り、騎士団の船で特攻をかけ、何とか未然で防いだ。
そして、帝都へアレクセイが向かったと情報を聞き、帝都へと向かう途中、花の街ハルルでヨーデル様と合流した。
そこで聞いた情報は、エステリーゼ様の能力の事。帝都はもう人が暮らせる場所ではないと言う事。…自分達が逃げるので精一杯で全ての人間が避難できたか分からない、と。
…じゃあ、下町の皆は…。
それを知ったらユーリは…。
隊を再編成して、僕は帝都へと向かった。
しかし、帝都へ入るには、あのエアルの海は危険過ぎた。

帝都の一歩手前、デイドン砦で態勢を整えていた。
ようやく夜になり、僕は全ての報告を聞き終え、窓から空を見上げていた。
考える事が一杯あり過ぎて、何から悩んでいいものか…。

(…でも、結局はユーリに繋がる…。ユーリは一体どうして僕と別れると言ったんだろうか…)

整理してみようと思った。
別れようと言われたあの日。
あの花が咲き乱れる砂漠で。でも、よく考えてみれば、もう一つ言っていた。

『お前は綺麗な光でいて欲しいから…』

あの言葉は…?

(もしかして、ユーリは…自分が人を殺したって事で僕の傍にはいられないと、思ったんだろうか…?)

確かに、罪は罪だ。
けれど、これもずっと考えていた事だ。
何を悪として、何を善とするか。
確かにユーリは人を殺した。けど、それで救われた人間が沢山いることを僕は知っている。
救われた人達がどんな顔をして微笑んでいるか。
それは全てユーリが成した事の結果だ。
だとしたら、ユーリは、ユーリのした事は悪だろうか…。
あんなに優しい人間が、あんなにも人を思いやれる彼女が悪と呼べるのだろうか…?
しかし、彼女が悪でないと認めてしまうと、では法の意味は…。

(…違うな。そうじゃない。そうじゃないんだ。結局、悪と善の境目なんてきっとないんだ。なら、僕が出来る事は優しい人間が救われる法を作り上げる事)

何故だか心が少しすっとした。
一つの答えに辿り着いた気がして。漸くユーリを繋ぎとめるものを見つけた気がして。

(…伝えなきゃな。僕の考えと気持ち。僕は…やっぱり、心も体もずっとユーリに側にいて欲しい。ユーリがいいんだ)

自分の気持ちを再確認出来た気がした。

ユーリを好きだと言う…この気持ちを。

翌日デイドン砦を出て、帝都へと向かう。
しかし、帝都寸前で親衛隊の足止めをくらっていると、そこにギルド凛々の明星、ユーリが現れた。

気持ちを伝えるチャンスかもしれない。
思って、ソディアに頼み二人だけの時間を貰った。
けれど、伝えられたのは僕が法をどう思っているかって事だけ。
ユーリへの気持ちを伝える前に、敵が進軍してきてしまった。


僕はユーリにエステリーゼ様を託し、騎士団と共にユーリの進む道を切り開く。


しかし、どうしてここで僕はユーリに気持ちを先に伝えなかったんだろうと、死ぬほど後悔する。


その事をこの時点では知らなかったんだ…。