輝鏡花、暗鏡花 





【4】



―――ザウデ不落宮。


漸くアレクセイを追い詰めた。
激闘の末アレクセイを押さえつける事が出来たものの、上昇をしていた床は気付けば頂上に辿り着き、僕達の頭上にはとてつもない大きさの魔核が浮かんでいた。
不意にアレクセイがモニターを現出させる。
まさかと思った時には既にユーリが動いていた。愛刀を片手にアレクセイを止めにかかる。
けれど、アレクセイはそれを狙っていた。
無意識に僕の体は動いていた。

「危ない、ユーリ!!」

ユーリを突き飛ばす。
けれど、その為にアレクセイの剣から放たれた光線が僕の体にぶつかり、僕の体はその衝撃で大きく吹き飛ばされた。

「フレン!!」

ユーリの声が聞こえる。
しかし、体が地面を転がり、その声すらも遠く感じる。
体中が痛みを訴えた。
ソディアとウィチルが走り寄ってきて、ウィチルの回復術が少しずつ僕を癒してくれる。
回復した事により、僕も自分で術を繰り出す。

けれど、……もうこれで何度目だろう。

どうして僕はユーリに命を背をわせてしまうんだろう…。
僕の目に、ユーリがアレクセイを刺す瞬間が焼きつく。
悔しくて、堪らなかった…。
僕は、拳をきつく握りしめ、床を殴り付けた。
自分の力の無さに吐き気がする。
そんな僕の感傷など知らずに、アレクセイが引き起こした星喰みは姿を現した。
魔核が落下し、ザウデ不落宮の頂上を破壊して行く。
その魔核が落ちた衝撃で、ユーリと僕達の間が分断されてしまった。
けど、今彼女を助けに行かなければ、僕はまた…。

無理矢理足を叱咤してでも、立ち上がりユーリの方へと進む。

「無理ですっ、隊長っ!!」
「ウィチル、頼むっ、行かせてくれっ」
「駄目ですっ!!」
「だが、向こうにはユーリがっ!!」

彼女がいるんだっ!!
胸騒ぎが最高潮に達していた。
走りだそうとした、その瞬間。地面が揺れる。
足を取られた揺れが収まる頃には、魔核が起こした粉塵も消え辺りがクリアになる。
慌てて、ユーリがいた方へと走り出す。
しかし、そこにユーリの姿は無かった。
……まさか…。
最悪な答えだけが、ぐるぐると頭の中を支配する。
嘘、だろう…?

「……ユー、リ…?」

…落ち、たのか?
ここから…?
ギリギリ端まで歩み寄り、下を見下ろす。
見渡す限りの海。
けれど、この高さでは…。
いてもたってもいられなかった。
急いで踵を返し、頂上から一気に階下まで走り抜ける。
自分の体の事まで構ってなんていられなかった。



―――三日三晩、ユーリを探し続けた。



エステリーゼ様を始め、凛々の明星の皆が手伝ってくれたけれど、ユーリに関するもの一つも発見できなかった。
けれど、それはある意味希望でもある。
何故ならば、一つも見つからないって事はユーリが生きている可能性があると言う事だ。

(…その、可能性に賭けたい。……僕はユーリが死んだなんて思いたくない)

何一つ伝えないまま…。ユーリと別れたままなんて、絶対に思いたくない。
それでも、こうして会えなくなるのならどうして、気持ちを伝えて置かなかったのかと後悔が頭を、思考を占拠する。
それを振り払う様に僕はユーリの可能性を信じることにした。
生きていると言う可能性に。ユーリが生きているなら、僕にはやる事がある。
ユーリの為にも、やることが…。


僕は、騎士団の任務に戻った…。


それから、色々あった。
星喰みの影響により、魔物の数が増大し、しかもその一匹の強さが桁違いにあがっていた。
魔物から民を守る事。
それが第一で。僕はユーリの事に気を取られている隙は無かった。

そして、ヒピオニア大陸で絶対絶命の危機に落ちいった、その時。

僕はこの時ほど神に感謝をした事は無かった。
ずっと、…ずっと会いたいと望んでいた人物と再会出来たのだから。
二人と一匹で、敵の中心へ挑み、高揚する気持ちが赴くままユーリと二人敵をせん滅した。
助けた人達と騎士団とギルドで一か所を固めながら、僕達は情報の交換をした。
話せば話す程、ユーリがそこにいると実感できる。…けれど。

「良かったな。エステル。想い人が助かって」
「もうっ!ユーリっ!!フレンと私はそんな関係じゃないって何度言えば分かるんですかっ!!」

これまで復活しなくても良かったのに…。
じっとエステリーゼ様をからかうユーリを見つめる。
けどユーリはその視線に気付いている筈なのにこっちを見ようとしない。

「そうか?お似合いだと思うぜ?姫と騎士。身分も見た目も全部ぴったりじゃねぇか」
「例え、そうだとしてもっ。私だって好きな人はいるんですっ!」
「へ?そうなのか?」
「はいっ」
「それはフレンじゃ」
「ありませんっ」
「……振られたな。フレン」

残念そうな顔をしてこっちをみる。
……目を合わせた瞬間がこんな内容でしかも憐れみって…。
なんだか段々腹が立ってきた。
そもそも、僕はエステリーゼ様を恋人にするつもりはかけらもない。
それをユーリは誰よりも知っている筈だろうっ。
僕はユーリに近寄り腕をきつく掴んだ。

「エステリーゼ様。ちょっと、これ借りて行きますね」
「え?あ、はい?」
「ちょ、離せ、フレンっ!」
「…五月蠅い。黙ってついてこい」

ズルズルと引き摺り、僕はユーリを僕に宛がわれたテントの中へと放り投げた。
テントと言えど、結構立派な作りでここで作戦会議も行われる所為かちょっとやそっとじゃ声も漏れない。
結構雑に放り投げた所為か、中にあった机に頭をぶつけたのか、痛いとユーリが頭を抑え苦しんでいた。
けど、そんなの関係ない。
手から甲冑を外し床に投げると、僕はそんなユーリの手を掴み押し倒した。

「な、フレンっ!?」
「…いい加減僕も腹が立ってきた」
「な、に言って…?」
「…君を抱く」

僕の言葉にユーリの顔が青ざめた。
夜で暗いと言えど、ユーリのその白い肌は暗がりでも良く見える。
両手をまとめて掴みユーリの頭上で地面に縫い付けると、ユーリの黒髪を手の甲で払いのけ現れた首筋にキスを落とす。

「い、嫌だっ!止めろっ!!」
「止めない。……だって、こうでもしないと君は僕の側にいてくれないだろっ」
「そ、れは…」
「だから、既成事実を無理矢理でも作って君を僕の側にとどめる」
「っ!?、……最低だな、お前」
「僕が最低なら君だって同じだっ!!こんなに君を好きだって言ってるのに、他の人間を選べって言うっ!!それが、どれだけ僕の心を傷つけてるか分かるかっ!?」
「―――っ」

ユーリが完全に言葉を失ったまま、目を丸くして僕を見つめる。

「…やめない…。絶対にやめない。…僕は君を失いたくない…。もう、君がいなくなるのは嫌だ…」

小さく、ユーリにも聞こえない様な声で呟く。
そっとユーリの首筋に触れて、そのまま肩をなぞる様に服を脱がして行く。

「ふ、フレ、嫌だ、いや…」

ユーリの体が震えていた。
でも、止まれない。
何時も前を閉めろとあれだけ言っているのに閉めないそこが今日は仇となっている。
顕わになった肩にキスをして、はだけて現れた膨らみの谷間に唇を落として吸い上げる。
すると、ユーリの体が大きく跳ねた。
…ユーリとこうするのは…抱き合うのはかなり久しぶりなのに、ユーリは僕のやり方を覚えていた。
それが、何故かまた胸を締め付ける。
ユーリはこんなにも体中で僕を好きだと言ってくれているのに…なんで。
心が僕を離そうとしているから、未だ抵抗は続いている。

「…無駄だよ。ユーリ。君が僕に力で勝てた事、あったか?」
「――――」

ユーリの口が小さく何かを呼んだ。
それが何かは分からなかった。
けれど、それが気に食わなくて、ユーリの唇を無理矢理キスで塞いだ、その瞬間。

「ちょっと、失礼するわね」
「っ!?」

テントの入口が開きそこに立っていたのは、月の光を浴びて分かりづらかったけれど、クリティア族のジュディスだった。
ジュディスは遠慮も無く中へと入り、そして遠慮も無く良い音を鳴らして僕の頬を張った。

「……ユーリ、大丈夫?」
「……。悪ぃ、ジュディ…」

僕をあっさりと押しのけてジュディスがユーリの手を引き起こすと、立ち上がりそのままユーリを連れて出口に向かった。
あまりにスムーズすぎて、僕は声をかけれなかった。

「…フレン。もう少し、ユーリにも考える時間を与えて頂戴。大丈夫よ…ユーリもきっと分かってるわ」

そう、一言残して二人は出て行った。

ユーリに気持ちを伝えようと後悔したのに結果、これだ。
…僕は本当に成長しない。
考える時間…。そうジュディスは言った。
なら、ユーリが僕の所へ戻ってくるための、そして自分の気持ちを今度こそ伝える為に、ユーリが気持ちの整理をつけてくれる為の時間なら、僕は待とうと、そう、決めた。