輝鏡花、暗鏡花 





【5】



待とうと思った。
思ったけれど、どうしても落ち着かない。
ユーリ達がバウルの力を借り、ユニオン戦士の殿堂の人達と話をつけに行っている間、何もなかったこの平原はギルドと騎士団の協力を経て、立派な街が作られつつある。
…と言うか彼らはほぼ寝ずの作業をしているから、明日あたり体力が全て消え失せていそうだ。
そんな中騎士団は彼らの警護。僕と言えばユーリに頼まれたヨーデル様をここへ呼ぶ為の書状を作成して部下に渡した帰りだ。
本当なら部屋に戻ってゆっくり休むべきなんだろうけれど。

「……落ち着かないんだよな…」

彼らはまず真っ先に騎士団の支部を作ってくれた。
その中には僕が休める場所もある。それが僕の部屋だ。しかし作られたばかりの真新しい部屋。おかげで何も無いのだ。あるのはベットと机のみ。
だから例え部屋に戻ったとしても読む様な本も無いし、かと言って警護をしていたらソディアに見つかって休めと言われるだろうし。
街づくりを手伝ったとしても同じ事を言われるだろう。
手持無沙汰とはこういう事なのか。
取りあえず、外の空気を吸ってこよう。
思い立ったが吉日。部屋を出て空を見上げる。
結界のない場所。その所為か空には数え切れないほどの星が輝いていた。
周囲の見張りをしている騎士に少し離れる事を告げると、ただ歩く。
別にどこ行く訳でもない。
そう言えば、前もこうやって一人で歩いてる時ユーリと会ったんだ。
その時のユーリの姿は、綺麗だった。
砂漠に咲き乱れる花達が放つ輝きを受けて、更に僕を魅了した。

(でも、あそこに行かなければ……言っても仕方ない、か)

あそこに行かなければ、ユーリと別れる事もなかったのかなと一瞬過るけれど、頭を振ってその考えを打ち消した。
もう一度気持ちを落ち着かせる為空を見上げると月がぽっかりと浮かんでいた。
辺りを月明かりが照らす。
ふと目の前に視線を戻すと、月の光を受け煌煌と輝く花が咲いていた。

(…あれは)

近寄り膝をつきその花をマジマジと見つめると、間違いなくこの花は砂漠でみたあの花だった。
こんな場所にも咲くほどメジャーな花だろうか?

(だが、僕は見た事がない。…突然変異、か?)

その透き通る様な花弁が余りにも綺麗だったので、僕はそっとその花に触れようとした。
だが、その瞬間。

―――パリィンッ。

「えっ!?」

僕が触れる前にその花弁はガラスの様に割れて散ってしまった。

(…僕、何か悪い事しただろうか…?)

一通り考えてみて、取りあえずない事にほっとするが。
折角綺麗に花を咲かせていたのに残念だ。
辺りを見回してみても咲いているのはこの一本だけ。
どうやら本当に突然変にだったようだ。
それでも、普段見れないものを見れたのは嬉しかったから、僕はそれに満足し足を騎士団の支部へと戻そうとすると、タイミング良くウィチルが僕を呼びに来る姿が見えた。


―――翌日。



日暮れかかった時、ユーリ達凛々の明星のメンバーは戻って来た。
現状の状況の報告を互いに済ませ、ジュディスが首脳陣を呼ぶ為にバウルへと乗って旅立つ。
また暫く近況の報告をしあい、そして首脳会談が始まった。
その中そっと出て行こうとするユーリ達を慌てて引き止め、事は進展を見せる。
しかし、僕達の気持ちの問題が片付いていなかった。

ユーリを誘い剣をぶつけて、僕とユーリの中の正義が一つだと。
気持ちは一つだと確認は出来たのに、肝心の僕とユーリのもう一つの気持ちについての確認が出来ていない。
僕はそれにずっと燻っているのにユーリはいっそ爽快な表情で。
何だか、苦しくて堪らなくなった。

その日の夜。

僕が夜の見回りをしていると。
高見台の上にパティがいた。
僕も梯子を登りパティに何をしているか聞くとユーリを探していると言う。
しばらくパティと会話した。
ときどきパティはその年に似合わない目をする。

(…こんな大人びた彼女になら相談しても、いいだろうか…)

ふと思ったその考えがパティには読みとれたのか、にやりと笑って僕を見た。

「なんじゃ、フレン。まだ悩みがあるのか?」
「えっ!?あ、…いや。これは、僕個人の問題だから」
「…ふむ。成程。恋の悩みじゃな」
「……まいったな。パティには何でもお見通しだね」

一つ息を吐き、僕は何から話そうか、軽く悩んでから口を開いた。

「…パティは互いに好き合っているのに、側にいられないのはどんな時だと思う?」
「むむ?そうじゃのー。色々考えられるが、でもやっぱり『自分にとって譲れない事がある時』じゃな」
「譲れない事?」
「うむ。勿論それは人それぞれじゃ。例えば、自分のプライドを傷つけるとか、他にすべき事があるとか、側にいる事によって自分が好いた人が辛い思いをすると分かった時とか、な」
「自分が好いた事によって…」

何かすべてユーリに当て嵌まる気がしてならない。
それを分かってパティが言ってるのか、それとも分からないけれど言った事が当て嵌まるほどユーリがそれだけの苦しみを抱えているのか。

「…側に、いたいのに…。どうすればいい?」
「そんなに好きな相手なのか?」

言われた言葉に僕は力強く頷いた。
他の誰でも無い。ユーリに側にいて欲しい。ずっと側に。

「そうか。それじゃ、今自分が思っている事を伝える事じゃな。…気持ちを伝える事。そして何より相手の本当の気持ちを受け入れる事」
「受け入れる…」
「相手も好いているのならば離れる事なんて出来ないのじゃ。結局好き合っているのであれば側にいたくなるのが人なのじゃ」

離れる事が出来ないんだったら、相手の全てを受け入れる覚悟を持てって事か。
でも、ユーリの為ならどんな覚悟だってしてみせる。

「ありがとう。パティ。何か、分かった気がする」
「そうか。それは何よりじゃ。所で、さっきからずーっと気になる事があるのじゃが」
「?、なんだい?」
「フレンのその服の裾についている光の粉」

光の粉?
一体何の話だろう?
思ってパティが指さす部分を自分も見る。
太腿の所が金粉がついたみたいに光っている。
これは…?

「その光の粉。もしや、『暗鏡花』の欠片か?」
「『暗鏡花』?」
「そうじゃ。ガラスみたいな花が咲く」

ガラスみたいな…?
あ、あれか。思い出したのは、昨日見た本来砂漠で咲いているはずの月の光を受けた様に輝いた突然変異の花。

「でもあれは綺麗に輝いた花だったよ」
「月の光を浴びて虹色に反射している鏡のような花じゃったろ?」
「うん。凄く綺麗だったんだ」
「この『暗鏡花』の別名が『輝鏡花』って言うのじゃ」
「『輝鏡花』か。うん。そっちのがしっくりくるな」

あれは本当に綺麗な花だったから。
ユーリがその光の中に立っていた姿は本当に幻想的な姿だった。

「そうじゃろ?でも、これの正式名称は『暗鏡花』なのじゃ」
「そっちが正式名称なのか?」
「うむ。この花は実に面白くての。種子の時この花の種は二つに分離する。二つの種になる訳じゃないぞ。種が二つに分かれるのじゃ。そして、その二つがバラバラに風に飛ばされて行き地に落ち根をはり各々が成長し花を咲かす。だが、ここで他の花と違うのが、その二つは同時に花が咲きどちらか一方でも散るともう一方も消える。だから一つの花と言う訳じゃ。成長も散るも枯れるも一緒。そして、片方が予期せぬ事、例えば誰かに摘まれたとかじゃの。んで散った場合もう片方はガラスの様に割れる様に消える。そしてその後に残るのが」
「この金の粉、かい?」
「そうじゃ。でも時として黒い粉の時もある」
「黒い粉?」
「うむ。この花はの。一方は暗闇で光を放ち、もう一方は光の中で影を落とす。だから、光の花を咲かせている傍ら別れた種は黒い花を咲かせるのじゃ。…どちらも、大切な自分の一部。光には闇が必要で、影を作るには光が必要で、光を更に輝かせるには影がどうしても必要で。互いが互いを映し合う。だから『暗鏡花』、『輝鏡花』。鏡の花、なのじゃ」

光を輝かせるには影が必要。
僕は何故かその花に心を揺さぶられた気がした。
そして、小さな光を発見した様な…そんな気がする。

「…ありがとう。パティ。君は本当に、大人だね」
「むむっ!?漸くフレンもウチの魅力に気がついたのかっ!?じゃが残念じゃの。ウチは身も心もユーリのものなのじゃっ」
「……それは、僕も頑張らないといけない、かな」
「む?なんか言ったかの?」
「…いや。なんでもない」

燃えるパティが小首を傾げるが僕は話を流す。
今、ユーリはエステリーゼ様と居る筈だ。
もう一度話を。今度こそ、ユーリを僕のもとに取り戻すっ!!
新たな決意を胸に、高見台から降りようとすると、パティが僕を止めた。
何かと聞き返すと。

「所で、フレンは『暗鏡花』を何処で見かけたのじゃ?」
「え?ここから少し行った所に一つ咲いていたけれど?」
「よしっ!!じゃあ、ウチは見に行ってくるのじゃっ!!その花の花弁は高く売れるのじゃーっ!!」

さっきまでの空気を台無しにしてくれる。
聞き返すんじゃなかったと、高見台から飛び降りるパティを溜息を一つ落として呆れ顔で見送った。