EngageRing





中編



少し、遅くなったかな。
星が輝く夜空と、自分の腕にはめられた時計の時刻とを照し合せ、僕は小さく息を吐いた。
さて、どうしようかな。
何時もなら、こうして会社を出た瞬間に飲みの誘いがあるんだけど…。
流石に昨日の今日で飲む気にはなれない。
と言うか、早く帰らないと…だろうな。
男の家に女の子一人置く訳にはいかないし。
でも、それを言ったら逆に良い年齢の男女が一緒に住むってもの、世間一般的にはどうなのか…。
色々間違った事したかな。
ちょっと頭を抱えたくなる。
とは言え、結局放置しとく訳にもいかないから帰るけれど。

「あ、フレン。見っけ」
「え?」

行き成り声をかけられて振り向くと、そこにはTシャツにGパンで今朝見た姿とは全く方向性の違うユーリの姿があった。
髪も動きやすい様に一本にまとめられている。

「ユーリ、どうして?」
「バイト探しの帰り」
「あ、あぁ、そうか」

バイト探しの帰り、か。
そうか、そうだよな。
…ん?
どうして僕はがっかりしてるんだ?
…まさか、…いや、ない。
迎えに来てくれたんじゃないか?とか何を期待してるんだ。
そんな事はありえない。

「バイト探しの帰りにたまたまフレンの会社の前を通ったから、一緒に帰れねぇかな?って思ってな。ちょっとここで待ってた」
「そ、そうなのか?」
「おう。一緒に帰ろうぜ」

ドクンッ。
ちょ、ちょ、ちょっと落ち着けっ。
可愛い。
ちゃめっけたっぷりにウィンクするユーリが可愛いとか、思っちゃいけない。
落ち着くんだ、僕っ!!
彼女はただの居候。
居候だからっ!!

「フレン?」
「い、いや。何でも無いよ。帰ろうか」

にっこりとほほ笑むと、ユーリは嬉しそうに微笑んで、僕達は並んで歩き出した。

「今日、晩飯、何食べる?」

並んで帰り道を歩いていると、ユーリが切りだしてきた。
正直、食事にそんな関心のない僕は別に何でも構わないから、何時も食事は適当にインスタントか冷凍食品で済ませていた。
かと言って、ユーリにそれを強要する訳にはいかず悩んでいると、やはり彼女は敏いのか、僕が何か口にする前に、

「どうせ、男の一人暮らしなんて碌なもん食べねぇんだろ?オレが作ってやるよ。だから何食いたい?」

と、明るく申し出てくれた。
どんなモノが作れるんだろう?
あぁ、でも、食べれるのなら。

「ハンバーグがいいな」
「ははっ、ハンバーグだな。了解。卵と牛乳はあったから、玉葱と挽肉とパン粉と買っていこうぜ」
「作れるのかい?」
「シェフ級とかは無理だけどな。それなりに食える物は作れると思うぞ。それより、そうと決まったら早く行こうぜ、なっ?」

ぎゅっとユーリが僕の手を掴んで、引っ張る様に後ろ向きで走りだした。

ドクンドクンッ。

や、やばいぞ。
これはヤバいっ!!
色々、落ち着け、僕。
ばれない様に深呼吸だ…スーハー…スー…ハー…。
…ってぇっ!!こんな荒い呼吸してたら返ってヤバいだろっ!!
平常心。
平常心を保て、僕っ!!
家の付近のスーパーに入り、二人で買い物をする。
今日は特に大きなセールスも無いのか、人があまり居ない。
ゆっくり買い物するにはいい。
ユーリは籠を持って必要な物をぽいぽいと籠に入れて行く。

「ついでに明日の材料も買っていくか。明日は何が良い?」
「え?あー…ビーフシチューとか?」
「了解。じゃあ、ハンバーグ多めに作って煮込みハンバーグとかにするか」

迷いなく材料を籠に入れて行くユーリが一瞬、歩みを止めた。
どうしたんだろう?
何か奥の棚をじっと見つめてる。
あれは…プリン?

「欲しいのかい?」
「えっ?いや、そう言う訳じゃ…」

そう言う訳じゃないと言いながらも視線はプリンに釘付けじゃないか。
それが少しおかしくて、込み上げる笑いを飲みこみながら、僕は彼女の手にある籠を受け取り、その棚の前に歩いて行き、ユーリを手招きした。
何がそんなに恥ずかしいのか分からないけれど、きょろきょろとあたりを見回して、ユーリは僕の隣に立った。

「たまには僕も甘いもの食べたいからね。ユーリのお勧めはどれだい?」
「お勧め…?」

ふむとユーリが悩みだしてしまった。
もしかして、そんなに種類を食べた事はないのかもしれない。
だったら、質問を変えよう。

「そう、お勧め。でも、そうだな。ユーリが一番美味しそうって思うのでも良いよ?」
「美味しそう?じゃあ、これだな」

そう言って指さしたのは、プリンだけれどちょっと違う。プリンアラモードの方だ。
果物も生クリームも一杯の。
そしてそれは調度良く二つ残っていた。

「そっか、じゃあこれ二つ買って、ユーリのご飯食べた後に食べようか」
「えっ?いいのか?」
「勿論。ユーリがご飯作ってくれるんだから、僕からの御褒美って事で」
「さ、サンキュ」

顔が真っ赤だ。
へぇ…。ユーリはこう言う顔もするんだな。
…可愛い…。

「よ、よしっ!じゃあ、腕によりをかけて作ってやっからなっ」
「うん。期待してる」

レジで会計を済ませて、何て事のない会話をしながら、家へと帰る。
家に帰りつくと、ユーリは買い物袋を持って、さっさとキッチンに行ってしまった。
で、こうなると僕はやる事がなくなるんだよな。
掃除とかしてようかなと思ったけれど、どうやら洗濯も掃除もユーリがやってくれていたようだった。
取りあえず着替えて来ようかな。
それから、ユーリの手伝いでもしよう。
部屋に行って急いで着替えて、しわにならない様にスーツはハンガーにかけてから、部屋を出るとキッチンからふんわりと良い匂いがしてくる。
そっとキッチンを覗くと、手際良く料理をしているユーリの姿があった。

「ユーリ」

行き成り背後に立つのはあれかと思い、声をかけるとユーリはあっさりと振り返った。

「どうした?腹減ったのか?悪ぃけど出来るにはもうちょっと時間がかかるぞ?」
「あ、いや。そうじゃなくて、何か手伝う事あるかな?って」
「手伝ってくれるのか?じゃあ、そこのボウルに入ってる生地混ぜてくれるか?」
「わかった。任せてくれ」
「ちゃんと手洗ってからだぞ」

クスクスと笑うユーリに分かったと頷き、きちんと手を洗う。
ユーリが味噌汁作ってる間に、僕がハンバーグの生地を捏ねて…。
何かこれって新婚さんみたいな……うん。
そろそろ、僕の思考はやばいかもしれない。
違うな。
そろそろと言うよりずっと前に既にヤバいんでは?
…何か、凹んで来た。
取りあえず今は考えるのはよそう。
僕が捏ねたハンバーグ生地をユーリが丸めて、温めたフライパンの上に乗せて焼いて行く。
じゃあ、その間にお皿とか用意しておこうかな。
皿を二枚、コップも二つ……。

「なんか、こうしてると新婚さんみたいだよな〜」

ちゅどーんっ。
考えまいとしていた事を、ユーリがとてつもない爆弾を落としてくれた。

「そ、そウだね」
「ん?フレン、何か声裏返ってねぇ?」
「ソ、そんな、コトはないよっ」

あぁ、顔が火照る。
こんなんじゃ、肯定している様なもんじゃないか。

「冗談だって。んなにマジに捕えんなよ」
「あ、うん。分かってるよ」

……分かってるよ。
分かってるけれど、ユーリに言われると何か…落ち込む。
落ち込むのはおかしいぞ、僕。
ユーリと僕は何の関係も…ない訳だし。
その後、食事の準備が出来て、僕達はさっきの事はまるで封印したかのように会話をして、食事をした。
ユーリの作ったハンバーグはべらぼうに美味しく、今まで食べたどんな店のハンバーグより美味しかった。
何が違うんだろう?
僕でも作れるだろうか?
そう思って、ユーリに聞いてみたけれど、ユーリも特に変わった事はしていないらしい。
秘訣を聞けなかったのは残念だったけれど、だったらきちんと味わって食べようと、ゆっくりゆっくり食事をした。
けれど、そんな僕に反してユーリは食べ終わるのが凄く早い。
どうやら、ユーリは甘いものが好きらしい。
食後のデザートに買ったプリンアラモードをそれはもう幸せそうな顔をして食べている。
僕も夕飯を終えデザートを食べ始めたけれど、一個丸々食べ終わり、ゆっくり食べている僕をじっと見ているからきっと欲しいんだろうなと察し、僕は半分も食べる事無く残りをユーリに差し出した。
するとユーリの目は輝きに輝き、もぐもぐと味わって食べている姿を見て、僕は自分の選択を素直に喜んだ。
しばらくテレビを二人でみて、交互にお風呂に入り、忘れていた問題に直面した。

「どうしようか…」

良く考えたら客用の布団なんてない。
更に言うなら余分な毛布も無い。
となると、ユーリを何処に寝せるか、と言う話になる。

「僕はソファでも構わないけれど?」
「あ?何言ってやがる。お前の家なんだ。お前がベットで寝ろよ。オレはソファでもいいからさ」
「何を言っているんだ。女性をソファに寝せて男の僕がベットで寝る訳にはいかないだろう」
「でも、ここはお前の家なんだし」
「そんなのは関係ないよ」

互いに一歩も引かず、一歩も引けず。
話しあい(?)はヒートアップして。

「じゃあ、どうすんだよっ!一緒にでも寝てくれるってのかっ!?」
「あぁ、寝てやるよっ!君こそ、男と同じベットで寝るんじゃなかったって後悔するなよっ!」
「はっ!面白ぇっ!お前こそ後悔すんじゃねぇぞっ!!」

そして、僕とユーリは同じベットで寝ていた。
……後悔しまくりである。
ユーリはこれでもかと体を密着させてくれてしまっている訳で。
さっきは売り言葉に買い言葉で言ってしまったけれど。
やっぱり同じベットは危険だ。
腕の中にいるユーリが甘い匂いをさせて…。
うぅぅ……。

その日、僕が寝付くまでかなりの時間を要した…。