アンフィヴィエ





【4】



ジュディスに手を引かれるまま、辿り着いた脱衣所に、オレは戸惑っていた。
それこそ、数日前までは、男湯に入っていた。
これが意外とばれないもので、腰にタオルさえ撒いていれば、胸が出てる訳でもない。
それが、今、自分も女と言えど、しかも、抜群のスタイルを持った男なら誰もが目を奪われるジュディスと一緒に風呂に入ろうとしている。

「あ、あのな?ジュディ」
「どうしたの?」
「い、いや、どうしたのって。あ、こら、こっち向くなっ」

オレの焦りなど全く気にした様子も無く、ジュディスは来ていた何時もの服を脱ぎ捨て、あっさりと、オレの方を向いた上にオレの纏っていたシーツを奪ってしまった。
確かにシーツの下は裸だったけれど、なんつーか、凄く…居た堪れない。

「ユーリ、風邪引く前に入りましょう」
「ちょっと待てって。ジュディ、おま、恥ずかしくねーのかよ」
「どうして?同じ女性同士でしょう?」

確かに、確かにそうなんだけれども。
何とか、抵抗しようと試みたが、やはりジュディスの方が上手で、オレはあっさりとジュディスに浴場へと背中を押された。

ここ。凛々の明星のアジトの風呂はジュディスの希望もあって、凄く広い。
ユウマンジュまでとはいかずとも劣らず、大人の男が三、四人入っても足を伸ばせる位のスペースがあった。
ジュディスが、洗い場のシャワーを捻り、お湯を浴び始めた。
……いい加減覚悟を決めるしかないか。
腹を括り、ジュディスの横のシャワーの蛇口を捻った。
頭から被る熱くも冷たくも無いお湯は、大分気分をリラックスさせてくれる。
体を洗う専用の布にボディソープをつけ、軽く泡立てると自分の体を擦り付ける。
腕から首、肩、そして反対側。順番に洗い体を洗ったら、次は髪だ。それこそ、全身を洗い終わったら、お湯で一気に泡を流し、湯船に浸かろうとすると、視線が横からずっと注がれている事に気付いた。

「ジュディ?」
「ちょっと、いいかしら」
「?」

首を傾げ、ジュディスに返すと、いきなり腰をワシっと掴まれ「うひゃおっ!?」と良く分からない声を出してしまう。
しかし、そんな声をオレに出させた本人は一切気にした様子も無く、そのまま手を上に上げて行く。
もしかして、サイズ測ってるのか?
そんなオレの予想は当たったらしい。

「…細いわね」
「そうか?」
「えぇ。羨ましい位細いわ。貴女きっと私より細いわよ」
「そうかぁ?って、っちょ、何処触ってんだ」
「何処って、バスト。バストは私より少し小さいかしら?」
「き、聞くなよ。オレに」

これ以上触られて堪るか。
オレはジュディスから離れ、湯船に急ぎ飛び込んだ。
逃げられちゃったと楽しげに笑うジュディスが後を追い掛け、隣にゆっくりと浸かった。

「それにしても、私。アンフィヴィエ族って絶滅したって聞いていたのだけれど」
「あぁ。オレもあれだけ世界を回ったのに、一人も出会わなかったな」
「…すれ違っても気付けないんじゃないかしら。大抵の『アンフィヴィエ族』は思春期を過ぎると性別が別れるらしいの」
「へぇ。そうなのか」
「えぇ。私が知っている人は、男性になったのだけど。『アンフィヴィエ族』は大きな感情の波によって、性別が決まるって言っていたわ」

大きな感情の波…?
それが思春期な理由は、要するに人を好きになる可能性が高いからか?

「そう。その人が言うには、変動期があって、選択期に入って、確定期を経て性別が完全に確定する」
「って事は、オレは次に確定期に入るって事か?」
「正確にはもう入ってるんだと思うわ。このまま何事も無ければ、ユーリは女性になるの」
「そっか。んじゃもしかして、男になる可能性もまだあるって事か」
「…ふふ。でも多分、ユーリはもうその可能性は無いと思うわ」
「?何で?」

聞き返してもジュディスはふふと笑うだけで答えてはくれない。
けど、オレとしては知っておきたい。
この際、どうしてオレが『アンフィヴィエ』とジュディスが知っているのか、とかそーゆー事は置いといて。
自分の体がどんな作りをしているのか、知りたい。

「なぁ、ジュディ。そのジュディが知ってる男って今も何処にいるか知ってるか?」
「いいえ。残念ながら」
「そっか。オレは結局聞きかじりの情報だから、ホントに知ってる奴から話聞きたかったんだけどな」
「私が知ってる事でよければ教えるわ」
「そりゃ、助かる」
「とは言えど、今話した事が主で、他に知っている事と言えば、現存している『アンフィヴィエ族』は皆男性って事かしら?」
「現存?ジュディ、さっき絶滅したって言ってなかったか?」
「えぇ。だって、もう男性しかいないのだから、子供は作れないでしょう?」
「あぁ、そう言う事か」
「そういう意味では貴方が最後の女性って事になるわね。……これを知られたら大変な事になるかもしれない」
「大変な事?」
「貴方と子供を作りたいって人が出て来るかも知れないって事」

…?
あ、あー…種の存続とか、そーゆー事か?
まー、ありえなくはないと思うが。
けど、今時そんなのに拘ってる奴いるかー?

「いないとは言い切れない。だって、何処の種族にも長と言うものがいるんだから」

それも、そうか。
でも、オレにはあんまり関係なさそーだ。
……………ってゆーか。

「ジュディ。さっきから人の思考読みまくってないか?」
「そうかしら?」
「……ま、ジュディに敵うとは思っちゃいねーがな」

しかし、いい加減湯から上がろう。
随分話し込んでいたから、若干逆上せて頭がフラつく。
ジュディスに先に上がるわと告げると、横にいたジュディスも一緒に行くわと先に立ちあがった。
なら行くかと立ち上がった、その瞬間。

「―――っ!?」

視界がぐらりと揺れた。
ふわふわと体が浮いている様な感じがして、視線が定まらない。
やっぱり長く入り過ぎたかな?と後悔してももう遅く、真っ暗になる視界と力が抜ける足に逆らう事は出来なかった。