アンフィヴィエ





【5】



ふわふわ、ふわふわ…。
体が自分の体じゃない位、まるで雲に乗っている錯覚を覚える位、軽く感じていた。

『ユーリ…』

優しい、温かい声が聞こえる。
オレがこの世で誰よりも愛しい声。
―――フレンの声。
耳元で、囁くようにずっと自分の名を呼ぶ。
それが、嬉しくて、フレンと名を呼び目を開くと、そこには嬉しそうに微笑むフレンがいて、それがまた嬉しい。

『ね、ユーリ…。君を―――てもいい?』

何て言ったのか、分からない。
でも、フレンの願いなら何でも聞いてやりたい。
普段何も求めて来ないこいつだからこそ、オレに出来る事ならなんでもしたい。
オレは黙って頷いた。
すると、フレンは惚れ惚れする様な顔でそっとオレの額に口付けた。
ありがとうとそう囁いて。
そして、唇へとキスが落とされる。
優しい優しいキス。
その甘さに酔いしれながら、オレはそっと瞳を閉じた。
温かなフレンの手。
それをずっと感じていたくて、その温かさに誘われるまま意識は閉じて行った。


※※※


ふと目を覚ます。
視界に入ったのは、見慣れた天井だった。
何で…?
むくりと起き上がり辺りを見渡す。
誰もいない自分の部屋。
何で、自分のベットで寝てるんだ?
状況が理解出来ず記憶をめぐり、漸く自分が風呂で倒れた事を思い出した。
多分、自分が着ている服を見てジュディスが運んでくれたであろう事が予想出来た。
出来たんだけども…。

「ちょっと、この格好は……」

それはジュディスがユウマンジュで土産屋の手伝いしていた時に着ていた異国情緒あふれる黄色の帯が映える空色の着物。
丈が少し短く、スラリとした綺麗なジュディスの足が様々な男を誘惑していたそれ。
確かに着せる分には着せやすかったのかもしれないが…今まで男として育ってきたオレとしては、恥ずかしい。
兎に角、皆がいるであろう場所に行くか。
多分リビングだよな?
ベットからそっと足を降ろし、腰をあげると寝過ぎたのか腰が痛い。
そう言えば、ここんトコ眠ってばっかだったな。
それの所為だろ。
深い事を考えずに頷き、オレはリビングへと降りて行った。
リビングには予想通りジュディスとカロル、ラピードと何故かパティがいた。

「お、ユーリ。起きたのか?」
「…おう。パティ、久しぶりだな。少し身長が伸びたか?」
「のじゃ。ユーリは少し縮んだかの?」
「…あぁ」

どう答えていいものか分からず、取りあえず苦笑いで頷く。

「それよか、ジュディ。悪かったな」
「いいえ。少し驚きはしたけれど」
「うん。ジュディスが珍しく焦ってて、フレンを呼びに来た時は何事かと思っちゃった」
「フレンを呼びに?」
「えぇ。私一人じゃ気を失った人間を運ぶのは無理だったから」

成程。
ま、そりゃそうか。
一人納得して、頷く。

「んで?そのフレンは帝都に帰ったのか?」
「えぇ。何でも準備があるそうよ」
「準備?なんの?」
「うふふ…」

不気味だ。
皆含み笑い。
まぁカロルだけは同情の目線を送ってくれてはいるが、一体何だと言うのか。
正直逃げ出したい。
何か企んでるのは間違いない。こいつ等の目は間違いなくそう言っている。
これ位の事なら逃げてもいいよ、な……?
そう思ってドアの前に立っていたのをこれ幸いとくるっと振り返り逃げようとすると、後ろからストップがかかった。

「それから、依頼が入ってるわ」
「依頼?」
「そう。フレンからでねっ。皆一緒に帝都に来て欲しいだってっ」
「その皆っつーのは?」
「僕達は勿論、エステルにリタ、それにパティとレイヴンもだね」
「…何で?」
「だから、依頼だよっ。あ、それとこれフレンから預かってたユーリへの手紙」
「手紙〜?」

カロルが愛用の鞄から、一通の手紙を取り出した。
それを受け取り、雑に封を切り中から便せんを取り出す。
ぺら一枚。
四つ折りを開き、書いてあった文章を見て……思考が停止した。

『逃げるなよ』

ただ一言そう書かれていた。
うぐぐ……。逃げたい。逃げ出したい。
しかし、先手を打たれてしまえばどうしようもない。
いやだが、待て。落ち着け、オレ。
これは手紙だ。なら、別に逃げてもばれないのでは?
だったら、上手い事言って逸れてしまえばいい。
そうだ。そうしよう。
何かしらんが、嫌な予感が超ド級台風並みに吹き荒れてる。
今度こそ逃げようとドアを開け、廊下へ出ると。

「ユーリ、何処に行くんだい?」
「なっ!?フレンっ!?」
「うん?」
「お、おま、帝都に行ったんじゃ」
「勿論行って来たよ。ジュディスに頼んでバウルに迎えに来てもらったんだ」

マジかっ!?
一歩二歩と後退る。
なのに、その間を埋める様に一歩なら二歩。二歩なら三歩と確実に距離を詰め、フレンはオレの腕を掴み自分の方へと引きよせた。
行き成りでバランスを崩しかけた所をフレンが更に動きオレを抱き上げた。
しかもよりによって姫抱き…。勘弁してくれ。

「逃がさないよ。絶対に」

余りに良い笑顔で言うので一瞬固まる。
けれど、そんなオレを無視してフレンは更に言葉を連ねた。

「それに、まだ、本調子じゃないだろう?確定期が終わったばかりだし」
「……はい?」

入った覚えも無いのに終わったとはどーゆー事だ?
そもそも、ずーっとそれこそ女に変わる前から思っている疑問がある。

「お前、何でそんなに詳しい訳?」
「え?」
「いつ、オレがアンフィヴィエだって知ったんだよ」
「あぁ、それか。それは…」

フレンがオレを抱き上げたまま歩き、誰も座っていないソファに座り、オレを自分の膝の上に座らせた。
そして、フレンが気付いたのは騎士団時代に話が遡った。