紫紺の羽





【2】



〜 旅立ち 〜



ユーリが僕の家に来て、数日。

「ラピード、悪い、ちょっと背中に乗せてくれ」
「わんっ」

何が変わったかと言えば、家の中が少し賑やかになった。
そして、僕は騎士団に所属しているんだけど、職務を全うし帰ってくると、ユーリが料理を作って待ってくれている。
…どうしよう。
凄い、新婚生活みたいなんだけど…。
そもそも、ユーリは小さい。
全長なんて僕の手より少し大きい位だ。
なのに、料理を作れるとか…。
いや、それ以上に凄いのが刃物を使う腕だ。
どんな重い物もラピードが放り投げ、小さな刀でこま切りにして行く。
…ユーリって妖精の中でも物凄い強い部類に入るんじゃないだろうか…。
妖精は昔から賢いって言われてたけど、まさかした事の無かった料理まで直ぐに覚えるとは…。

「おーい、フレーン?」
「え?あ、呼んだ?ユーリ」

ついボーっとユーリの動いている姿を眺めていると、突然、ユーリが目の前に現れる。
すると、にっと笑って僕の額をぺしぺしとその小さな手で叩いた。

「おう。飯出来たから運んでくれよ」
「あ、うん。分かった」

ユーリの作ってくれた料理を運ぶ為にキッチンへと移動する。
そこにあった今日の夕食のメニューはビーフシチューだった。
…昨日は、ハンバーグだったし…。
どうして僕の好きな食べ物、分かるんだろう…?
けど、疑問より、嬉しさの方が勝る。
鍋をテーブルに運び、その横をラピードがパンを入ったバスケットごと運んでくれる。両方を机に置き、お皿を用意してそれを盛り付け、それぞれに置く。
因みにユーリのはユーリ専用に買った、子供がお人形ごっことかままごとで使う様な小さいお皿に盛っている。

「それじゃ、頂きます」
「おう。召し上がれ」

一口スプーンですくい、口に含むとデミグラスソースの味がほんわりと口の中に広がる。

「…美味いか?」
「うん。凄く美味しいよ」

その証拠に手が止まらない。
牛肉も柔らかくて、噛めば噛むほど味が出て来て美味しい。

「お前、肉料理好きだもんなー」
「えっ?」

ちょっと驚いて、テーブルに座ってご飯を食べているユーリをマジマジと見ると、何で驚くと言わんばりに見返して来て、しばらく考えぽんっと手を叩いた。

「そっか。そっか。そうだよな。お前、妖精の『先見』の能力知らねぇんだ」
「『先見』って?」
「文字のまんまだ。オレ達妖精は、少し先の未来を見る事が出来る。まぁ、個人の能力によるんだけどな。オレはその能力が弱いから、ほんの二、三日先しか見えねぇんだけど、その二、三日先でお前が肉料理が好きだって言ってたから」
「へぇ…」

妖精って色んな能力があるんだな。
今回は能力が能力だけに、ユーリが妖精なんだと改めて認識させられた。
いや、ぬいぐるみや人形ではないって事は知っていたけれど。

「妖精って凄いな」
「別に凄くはねぇさ。お前等人間みたいにでかくなれなかったから、他の部分が進化していったんだろ、きっと」

なんでもない風に言うユーリが酷くカッコよく見える。

「あ、そういやさ」
「うん?」
「お前、料理、今度からすんなよ」

突然の宣言。
まぁラピードはいたけれど、一人暮らしだったから当然料理は作っていたし、必要だったんだが…。

「…こんな事言いたくはねぇけど…」
「?」
「お前の味覚は変だっ!!」
「……うっ」

それは言われ慣れた言葉だった。
騎士団にいる皆にも散々言われている。
だからこそ、家にいる時の食事の不安を常にされていた。
そして、それをユーリには言わずに置いたのだが…。この前僕が料理を作った時に、ユーリが兎に角首を捻っていた。
多分、その時にばれたんだろう…。

「これからはオレが作ってやるから、お前料理禁止なっ!!」
「え?でも…」

君のその大きさじゃ毎日はきついんじゃ…。
と言いそうになったが何とかそれを飲み込む。
ユーリの目があまりに必死だったから。

「分かった。じゃあ、お願いしようかな」
「おうっ。……それでな?フレン」
「うん?」
「その…な?」

もごもごと口籠る。
なんだろう?
じっとユーリを見ていると、意を決し、ユーリはそれでもぼそりと呟いた。

「林檎…食ってもいいか?」
「え?」
「……駄目か?」

いや、ダメとかそういう事はないけれど。
と言うより、ユーリ。
その上目遣いは卑怯だ。
しかし、そんな甘いものが好きだとは…。
あ、そうだ。
確か、ポケットに巡回中に店の人から貰った、チョコがあった筈。
行き成りガサガサとポケットを漁り始めた僕を不審に思ったのか、ユーリはトコトコと歩いて僕の前にどしっと座った。
そしてそのままじっと僕を見る。

「あ、あった」
「?」

ようやくポケットから発見した大体2cm四方の紙に包まれたチョコレート。
それをユーリの前に置いた。
てくてくと近寄り、それに触れる。
やっぱりユーリの大きさだとこれでも大きいか。

「それ、今日貰ったんだけど、あげるよ」
「え?、いいのか?」
「うん」

中身がなんなのか分からないユーリは、取りあえず外紙を取る。
するとほんわりとチョコの甘い香りがした。
僕とチョコ、交互にみると、ユーリはそのままそれに齧りつく。
すると、ユーリは小さく飛び跳ねた。

「っ!?、!!、!?」

目を白黒させながらも、一口二口と食べて行く。
その間も、何か言っているけれど、口一杯に、リスの様に頬を膨らませている所為で何を言っているか分からない。

「ユーリ、言葉になってないよ…」

言うと、ユーリは口の中に入っているチョコをちゃんと食べつくしてから、口を開いた。

「ふ、フレン…。これ、なんだ?」
「チョコレートって言うお菓子だよ」
「お、オレ、これすっげぇ好きだ。うま、うまい…」

興奮状態にあるユーリの言葉は、酷くたどたどしい。
でも、それだけ感動していると言う事は分かった。

「あ、そうそう。林檎は好きなだけ食べてもいいよ。無くなったら買ってくるし」
「ホントかっ!?」
「うん。それにチョコも、気に入ったならまた持ってくるよ」
「マジかっ!?」

その食いつき具合に、笑みが浮かびつつ大きく頷いてあげると、ユーリの顔はぱぁっと見るからに喜んでおり、寧ろ歓喜まで言ってるのか、若干羽が動き宙に浮き始めている。

「オレ、今最高に幸せかもしれない…」
「…大げさだな」

言った所でユーリには通じず、もくもくとチョコを食べるユーリを見ていてもいいけれど、折角ユーリが作ってくれたビーフシチューが冷えない内に食べる事にした。
ユーリ特製ビーフシチューをお腹いっぱいに食べ、ふとユーリに視線をやると、ユーリもチョコを満足するだけ…って言うか、全て食べ切り幸せそうに笑っていた。
…手も顔もチョコだらけだ。
持っている間に溶けたんだね…。

「ユーリ、美味しかった?」

聞くと、無言で首を上下に振る。
……そんなに、美味しいチョコだったのかな?
そっとユーリを持ち上げて、掌に乗せ不思議そうに僕を見るユーリの頬についたチョコをペロッと舐めてみる。

「ッ!?!?!?」
「んー…?まぁ、一般的なチョコ、かな?」
「お、おま、おまえ、お前っ!!行き成り何すんだっ!?」
「え?……ッ!?」

無意識な行動だったけれど、自分の行動を自覚した途端、顔に熱が集中するのが分かった。

「す、すまないっ!つい…」
「ついって……」

うぅ…気まずい…。
けれど、ユーリがその空気を破ってくれた。

「ま、まぁ、いい。それより、オレお前に言い忘れてた事あるんだけどよ」
「言い忘れた事?」

突然の話に、僕は素直に聞き返すと、ユーリは頷く。

「いや、ホントは昨日の内に言わなきゃならねぇと思ってはいたんだぜ?」
「うん?何かな?」
「オレ、さっき妖精の力で先見ってのがあるって言っただろ?」

確かに聞いたから、頷く。

「それで見えたんだけど、明日この家燃えてなくなるんだわ」
「へぇ。そうな…って、えぇっ!?」
「だから、そうならない為には、今日の家にこの家を出た方が身のためだぜって言い忘れてた」

てへっと舌を出す、おどけたユーリ。
…可愛い…。
って違うっ!!
今はそんな事言ってる場合じゃないっ!!

「そう言う事は言い忘れないでくれっ!!ラピード、手伝ってくれっ!!」
「わぉん?」

慌てて荷造りを開始する。

こうして、僕達は旅に出た。
……強いて言うならもう少し準備したかったが…。
なんて今更言ってももう遅いけれど…。