紫紺の羽
【3】
〜 仕立屋 〜
とても慌ただしく旅立って、早三日。
僕達は取りあえず、隣町へと向かっている最中で、今は森の中を歩いている。
昨日、森の中ですれ違った商人の話によると。
僕達が慌てて家を飛び出した日の翌日。要するに一昨日だ。
その日に、騎士団が乗っ取られ、隊長格だった人達が皆奇襲にあったそうだ。
皆それぞれ強い人達ばかりだから、何とか逃げたり降伏したリで死人はいないそうだが…。
気になって、ユーリに概要を聞くと。
今回、この事件で一番の狙いは僕だったらしい。
次期団長候補とまで言われていたから仕方ないのかもしれない。
だから、僕だけは殺すつもりで、襲撃をかけ家を火で燃やしてしまい、事故死にしたかったようだ。
しかし、僕はユーリに家を出ろと言われ、今こうして生き残っている。
更に言うならば、家も、僕がいない事により燃やされずに済んだと。未来が変わったんだそうだ。
何はともあれ、ユーリの助言により僕は助かった。
そして、助かったならば、やる事がある。
それは騎士団を取り戻し、乗っ取った犯人を捜し出し捕まえる事。
僕はそれを成さねばならないっ!!
決意新たに、足をはやめたその時。
「きゃああああああああっ!!」
「なっ!?」
「なんだっ!?」
突然の叫び声に、僕達は驚き辺りを見回すと、向こうから一人の女性が全力でこっちに駆けて来る。
もしかして、魔物かっ!?
剣の柄に手を添える。
だが、女性は手をまっすぐにこっちへ向かって広げて、そして…。
「可愛いっ!!」
「きゃうんっ!?」
全速力でラピードの首に抱きつくと、ラピードの衝撃などなんのその。ずっと頬を擦りつけている。
紅い髪を一つにまとめて結んでいるのが特徴的な女性だった。
「あ、あの…?」
「なんだ、こいつ…?」
肩に座っているユーリがぼそりと呟く。
そんな事言ったら駄目だと、流石に言う気にはなれなかった。
僕もそう思ってしまったから…。
じっとその女性の行動を見ていると、はっと我に返ったのか、女性は僕達を見て笑った。
…腕には変わらずラピードを抱えたままだ。
「ごめんなさい。動物が大好きなの。はぁ〜…可愛い」
「な、成程…?」
すりすりすりすりすり………。
…どうしたらいいものか…。
ラピードの視線が静かに僕の方を向く。
「あのー…」
「ごめんなさい。もう少し…」
……。
ラピード頑張れ。
心の中で精一杯の応援しか出来ない。
しばらくじっとその光景を眺めていると、やっと気が済んだのか、女性は立ちあがり僕達と向き合った。
「はぁ〜…堪能したわ」
「それは、良かったですね」
「えぇっ」
どうしよう。
さっきから言葉が出て来ない。
するとユーリがそっと僕の肩から降り、ラピードに飛びよる。
「おぉーい、生きてるかー?ラピード」
「くぅん…」
「…そうか。お疲れ」
その小さい手でラピードの頭を撫でるのを見ていると、和む。
そして、それは僕だけでは無かったらしい。
「なに、あの可愛いの…妖精っ!?妖精っ!?」
「あ…」
口を挟む隙がない…。
寧ろ視線すら合わなくなってしまった。
じーっと女性はその微笑ましい光景を目を光らせて見ている。
…危険を感じるのは気のせいだろうか…。
「あのっ」
声をかけたのが悪かったのだろうか?
―――パシッ。
「おわっ!?」
「え?」
瞬間的に動いた女性の手の中にユーリが捕まり、何をしてるんですかと怒る暇も無く、女性は駆けて行ってしまった。
ぽつんと残された僕。
頭が理解出来ない。
「え?ちょっと待って?え?」
呆然と女性を見送る。
出てきた言葉は全く自分でも理解出来ない。
ど、どうすれば?
さっきから、戸惑った言葉しか出て来ない。
「わんっ!!」
ラピードが足元で鳴き、女性が走った方へと走り出す。
そ、そうだ。追いかけないとっ!!
僕も慌ててラピードの後を追いかける。
幸いラピードが匂いを辿ってくれたおかげで、追いかける事が出来る。
森の木を掻き分け、奥へと進む。
来た道を戻って来ている訳でもないし、むしろ隣町の方まで進んでいる気がする。
そして、辿り付いた場所は、森の中にある小さな家。
その家のドアの前でラピードが鳴いた。
ここにユーリが…。
流石に、ドアを蹴破る訳にはいかないから、ドアをノックする。
すると数秒もたたない内に、先程の女性が出てきた。
挨拶もなにも後回しで。
「ユーリを返して下さいっ!」
「は?」
詰め寄る様に問い掛けた僕に、女性は目を大きくして一歩後ろに引く。
「とぼけるなっ。さっき、ユーリを掴んで走って逃げたじゃないかっ」
「ちょっと待ってっ?一体何の話?」
「まだ、白を切るつもりですかっ?」
焦りも加わり少し苛立つ様に聞くと、女性は一瞬何かを考え、はっと何か思いついた様に、くるっと顔だけを後ろに向けて叫んだ。
「ヒスカぁーーーっ!!あんたまたやったわねぇっ!!」
その声の大きさと鬼の形相の女性に逆に僕が数歩引いてしまう。
どうやらラピードも同じらしく、耳をぺたりとふせてしまった。
タジタジとしている僕に気付き、その女性は僕を見て微笑むと、一緒に来てと言い中に入って行ってしまう。
一瞬どうしようか迷ったけれど、ここでじっとしていても仕方ない。
僕とラピードは中へと入り、しっかりドアを閉めると、その女性の後を追った。
階段を上がると、そこには広いフロアが広がっていて、そのフロアを敷き詰める位のぬいぐるみや人形が並べられており、さらにそれ以上に小さなマネキンが並んで、一杯の小さな洋服並んでいた。
「これ、は…凄いな」
フロアの広さもさることながら、それ以上に並べられた衣類の多さに驚く。
そして、それ以上に、フロアというか多分あの女性二人の仕事場なんだろうが…驚く汚さ。
糸屑やら、折れた針やら、入れそびれた綿とか、生地切れ端とか…。
はっきり言って足の踏み場が無い。
「だあああああっ!!オレはそんなの着ねぇからなっ!!」
「ユーリっ!?」
ユーリの声が聞こえ、さっきまで遠慮していたのをあっさりと忘れ去り、ずかずかと中へ入り込むと先程の女性が二人…?
「二人?」
自分で呟いておきながら疑問を覚える。
なんで二人?
机に向かって何やら騒いでいる女性と、その横でその女性に説教している女性。
この二人は本当にそっくりだった。
もしかして、双子?
「だから、着ないって言ってんだろっ」
もう一度声がして、考えるのは後回し。
一先ずユーリが先だと、慌ててその声がした方に走り寄り、ユーリの名を呼んだ。



