紫紺の羽





【4】



「ユーリっ」
「フレンっ!!」

机の上で女性の手から逃げようとしていたユーリが僕の顔を見ていかにも助かったと言いたげな顔でこっちをみた。
とりあえず助けようと、ユーリをその机から離す様にそっと掴み、手元に引き寄せる。

「マジで助かった…」
「良かったよ、無事で…」
「おうっ」

掌を開きユーリが座れるようにすると、そこにちょこんとユーリが座ったその姿、が…。

「ユーリ…その格好…」
「それが、こいつにあれ着ろってこれ着ろって着せ替え人形にされたんだ」
「そ、そう…。それで…」

それで、水着姿になっていたんだ。
一瞬下着かと思ったけど、この生地の感じは水着だろう。
しかも、上にはうさ耳付きの白いパーカー…。
……可愛い。
凄い可愛い…。
可愛いけど…。

「色が合ってない…」
「はい?」
「ユーリに着せるなら、黒のパーカーで、しかも…」

前髪はあげたら駄目だ。ここはポニーテールだろう。
全く。一体何を見てユーリにこんなチョイスをしたんだ。
このうさ耳付きのパーカーは可愛いから、これの少し大きめでブカブカな感じの黒は無いのか?
えーっと…。
周りを見渡すと、それらしきものが一つある。
テクテクと歩き、その洋服を着せられている人形からそれを脱がして、と。

「え?ちょ、っと?あんた、何してんのよ?」

櫛はないのかな?
でもこれ、カチューシャを付けたって事はきっと髪も梳いてつけたんだろうし…机の上とかに…あ、あった。
よし。これで、と。
流石に手の上じゃ無理だな。
一旦座ってと、床の上じゃユーリが糸屑とかに呑まれちゃうから、ラピードの上に座らせて、と。
ユーリの上着を脱がせて…。

「え?お、おいっ?フレンっ?」
「…それから、これを着せて…」
「へ?あ?え?」

黒のうさ耳パーカーを着せて…うん、これだ。
これでユーリの肌の白さが際立つ。
後は髪を、梳いて…相変わらずサラサラで綺麗な髪だな。
髪を一つに纏めて、ポニーテールにして、真っ赤なリボンをつけて、と。

「うん。完璧だっ」
「………お前、何がしてぇんだよ」

……ん?
あれ?なんか皆がこっちを見ている。
どうしてだろう?
首を捻ると、ますますその視線が厳しくなった。
取りあえず、ユーリに視線を送ると、僕のチョイスで更に肌の白さと色気がアップしたユーリの姿が目にうつる。

「…可愛いよ、ユーリ」
「…そうか。……いやいやいや、そうじゃねぇよ。つい乗っちまったじゃねぇかっ」
「凄く可愛い」
「聞けよ、人の話っ」
「…食べてしまいたい位だ」
「このサイズ差だとそれシャレにならねぇからっ」

本当に可愛い…。
そっとユーリを掌にのせて口元に引き寄せ、無意識にその小さな頬にキスをしていた。
一度じゃ足りずに、反対にももう一度。

「お、落ち着け、フレンっ!!」

真っ赤でワタワタと抵抗する姿すらも可愛い。
だが、そんな僕にストップの牙が頭に刺さった。
ガプリと。

「…ラピード。流石にそれは痛いよ」

今がチャンスとユーリが僕の掌から飛び立ち、少し距離をとる。
ユーリが助かった事を確認すると、ラピードも僕から離れ、その場に座った。

「……真面目そうな顔して結構危ないのかしら?この人」
「そうでもないんじゃない?だって、あっちも満更じゃなさそうだし」

あ、そう言えば…。
そう。双子。
すっかり忘れていた。
慌てて立ち上がり、一礼する。

「…すみません。我を忘れてしまっていました。僕の名はフレン・シ―フォ。帝国の騎士団に所属しております。こっちは妖精のユーリにラピードです」
「騎士っ!?あ、そうなんだ。私の名前はシャスティル。シャスティル・アイヒープよ」
「私は、ヒスカ。ヒスカ・アイヒープ。私達は見ての通り双子なの。二人で仕立屋をやってるのよ」

今漸く自己紹介。
しかし、仕立屋。
だからこんなにも洋服が…ってでも。

「もしかして、人形とか専門の仕立屋ですか?」
「あぁ、違うわ。これは私達の趣味」
「厳密に言うとヒスカの趣味ね。私も嫌いじゃないけど。更に言えば、気に入った妖精や動物を連れ込んで洋服を着せようとするのもヒスカよ」
「成程…」

ようやく納得できた。
だから、ユーリを攫ったのか。

「けど、妖精とは言えど、男の服を簡単に脱がすとか…」

ユーリが羽を動かし、僕の肩にちょこんと乗り、ヒスカにジト目を送った。
だが、それに何か感じたようでもなく。
ヒスカはあっけらかんと「害がないもの」と答え笑った。

「それより、ねぇねぇ。貴方、私のモデルやらないっ?」
「やらないっ」

ばっさりとユーリに斬り捨てられる。

「どうせ女物とかも着せられるんだろっ!?絶対にごめんだっ!!」
「別にいいじゃないっ!!減るもんじゃないしっ!!」
「減るっ!!オレの幸せが削られて行ってるっ!!」

…言い合いが始まってしまった。
どうしようもなく、シャスティルの方へ視線を送ると、諦めてと目で返されてしまった。
暫く、その言い合いを傍観しようと決めたのかシャスティルがその場に座ってしまい、じゃあ、と僕もその場に座る。

「うぅ〜…。じゃあ、ご褒美だすわっ!!モデル一回につき一個好きな物買ってあげるっ!!」
「…ふっ、オレがそんなものに釣られると思ってんのか?」

ユーリが、腕を組んでヒスカを見下ろす。

「ったく。…チョコレートで手を打ってやるよ」
「って、完全に釣られてるじゃないかっ!!」

ついつい突っ込みをいれてしまう。

「ユーリ、僕達にはやらねばならない事があるだろっ」
「……チョコ」
「それは僕が買ってあげるからっ」
「マジでっ!?じゃあ、ヒスカ。今の話は無かった事に」
「出来る訳ないでしょっ!!一度うんって頷いたんだからして貰うわよっ!!」

ユーリを持ち去りそうな勢いに流石に僕は待ったをかけた。
そして、僕達が今置かれている状況を説明すると、しぶしぶながらも頷いてくれた。
すると今まで傍観を決め込んでいた、シャスティルが口を開いた。

「じゃあ、アンタ達これから旅に出るんだ」
「はい。色々、成さねばならぬ事がありますので…。それに騎士団を取り戻さないと」
「そっかぁ。…それじゃあ、そのついでで構わないんだけど、お願いがあるんだ」
「?、何でしょう」

聞くと、シャスティルは棚から一つの古ぼけた紙を持ってきた。
それを彼女がそっと開くと、…これは、地図?

「この地図に赤いバツが書かれた所があるでしょう?」

確認して頷く。
全部で5つのバツ印。

「ここにね、仕立屋達が血眼になって死んでも手に入れたいと言われている『型紙』があるらしいの」
「『型紙』?」
「そう。それをもし見つけたら持って来て欲しいの」
「…そんなに探すのが大変な物なのですか?」
「うぅん。そうゆう訳じゃないけどね。ほら仕立屋って皆体力ないから」
「私らがある方なんだよ」
「成程。それじゃ、これを見つけて持ってくればいいんですね」
「うんうん。ついででいいからさ。そしたら、その子に似合う服タダであげるよ」
「ッ!!」

タダで、ユーリの服が手に入るっ!?
今の恰好も充分可愛いけど、もっと色々手に入るって事かっ!?

「…おーい…フレンー?目が怖ぇぞー…?」

え?、ちょっと待って。
えーっと地図は、どこだっけ。
確か内ポケットに…あ、あった。
よし。
えーっと…ここに、一つ…二つ………五つと、これで全部だな。
間違って…ないな。うん。

「目が真剣過ぎる…」

地図を再びポケットに仕舞い込み、僕は早速立ち上がった。

「さぁ、そろそろ行こうか。ユーリ」
「お、おう…」
「どうかしたのか?」
「い、いや。なんでもねぇ。あ、そうだ。その前に着替えねぇと。おいヒスカ。オレの服」
「あ、そう言えば。ちょっと待っててね」

ヒスカが机の上をごそごそと漁り、手に握って戻ってくる。
はいと渡されて、ユーリがそれを受け取ろうと近寄った瞬間。

―――バフッ。
「わっ!?」

「絶対着せてやるんだからぁっ!!」

そう言って机まで運ばれ、ユーリは水着を脱がされて、必死に抵抗に抵抗を重ねていたけれど、最終的には負けてヒスカがずっとユーリに着せたがっていたメイド服をユーリは等々根負けして着せられてしまった。
僕は今、本気で悔やんでいる。
そう。これ以上ないほどに…。
どうして、今僕は写真魔導器を持っていないのかと…。
この姿を残しておけないなんて…。
僕が悔いているそこへ、攻防戦によりフラフラになったユーリがスカートを揺らしながら近寄って来た。

「あぁぁ……もったいない……」
「……おい。フレン。もう行こうぜ…」

ここにいたらオレの精神がすり減る。
その言葉に僕も大きく頷き、僕達はフロアを抜けて階段を下りる。

「もう行っちゃうの?泊まって行けばいいのに」
「そうそう」

後ろから多分見送ってくれるんだろう、二人が追ってくる。

「嫌だ。確実に遊ばれる」
「ははっ、そうだね」

それに、僕の精神もきっと擦り切れる。
僕達は玄関のドアを開け、振り返る。

「それでは、お邪魔しました。『型紙』は見つけ次第持ってきますので」
「えぇ、よろしく」
「そう言えば、ユーリ。君その服返さないと」
「良いわ。持って行きなさい。水着そのメイド服はプレゼントするわ。それからこれ、ユーリの服ね」
「…嬉しくねぇな」

ぼそりとユーリが呟いたが、僕にしか聞こえなかったらしく、僕は苦笑いが浮かぶ。
ユーリの服を受け取り、もう一度だけ礼をすると、僕はまた隣町に向かって歩き出す。
歩き続けてその家が見えなくなった頃。
ユーリはもそもそと僕の服の中に潜りこみ、中で着替えを始めた。
正直物凄くくすぐったいが、我慢。
そう言えば…ユーリ。本当に白かったな…肌。
小さいけど肌触りも凄く良かったし…。
服脱がす時のあの表情。……凄く可愛かった。
キスした時も、凄く驚いてたし…。
もし、あのまま体に直に触れてたら…キス以上の事したらどうなったんだろう…?

『フレ、ン…やめ、さわるな、って…ぁっ』

顔を真っ赤にしたユーリが、白い布の上で震えながら…。

「ふー、やっと落ち着いたぜ。…って、フレン?どうした?顔真っ赤にして?」

ユーリがふよふよと僕の前にとんでくる。
…ユーリの白い肌…。紅い唇に、黒くサラサラな艶やかな髪…。

「おい、フレン?」
「……いただきます」

ガシッとユーリを掴み、一枚ずつ服を脱がして行く。

「な、なに?お前の目、怖いんだけど…ってぇっ、止めろ、服脱がすなっ!…うぅ…や、めろってのっ!!」

ユーリの全力の蹴りを顔面にくらい、僕の目は漸く覚醒したのであった。