理想的な人。





【中編2】



五時間目の授業が終わって、休憩時間五分。
俺は全速力でユーリの教室に行って、こっそり中を覗く。

「って、いねーじゃん」
「…誰がいないんだ?ルークお嬢様」

ピッ。
全身の毛が逆立った気がした。
ゆっくりと声がした背後を振り返ると、そこには俺が手本にしようと思っていたユーリが立っていて…。

「さっきも凄い勢いで逃げたよな。オレに用があるのか?」
「えっ!?よ、用なんて、ね、ねえっつーのっ!」
「……ルーク、お前ほんっと嘘が下手だなぁ」
「う、嘘じゃねぇっ!!う、嘘じゃねぇからなあああああっ!!」
「そうやって叫ぶから尚更嘘がばれるんだよ」

うぅ…。
ユーリの目が「ほら、さっさとホントの所吐いちまえ」って言ってる。
俺はそれに耐え切れず、授業が始まるのをいい訳に逃げ出した。
六時間目の授業。
それを半分以上聞き流し、次の手を練る。
とは言っても、後は部活の時間だしなぁ…。
…ん?
待てよ?
部活って事はゆっくりとユーリの動作を見る事が出来るって事じゃんかっ。
よしっ。
でも、あれだよな〜。
ジュディスもそうだけど、ユーリも何か…何かこう、大人っぽいって言うか。
所作が一々決まって見えるって言うか…。
そう言えば、フレンとかガイもそうだよな。
学年が違うからか?
年の差?
…だったらジェイドが一番色気持ってなきゃいけねぇんじゃねぇの?
ジェイドに、色気…?
いや、ないない。絶対ない。
あれは色気じゃなくて、恐怖だろ。
アイツの眼鏡が光輝いた瞬間とかマジやべぇし。
同僚のディストとか、本気で逃げてたじゃん。
ん?そういえば、ティア達がジェイドの事カッコいいとか言ってたよな。
顔は凄い美形だって…。
そう…言われれば、そうなのかもしんねぇけど…。

……ムカッ。

何か、イライラする?
このイライラってなんだ?
んー…何かでこんな状況の事を聞いた事があるような…。
何処でだっけ?誰に聞いたんだっけ?
えーっと……。

「…ク」

そうだ、確か前アニスに借りた漫画に似た様な感情の事書いてたよなっ!

「…ークちゃん」

それ思い出せばいいんだっ!!
んーっと、んーっと…。

「こらっ!!ルークちゃんっ!!」

がしっと肩を掴まれる。
あぁっ!?今思い出しかけたのにっ!!

「んだよ、うぜぇなっ!!」

考えてた事が全部抜けちまったじゃんかっ!!
……シーン。
沈黙…?あれ…?
肩に置かれた手の主を見ると、にっこりと笑っていた。

「ルークちゃん。今は何の授業で、おっさんは誰だか分かるかな?」
「…古典の授業、中…で、レイヴンせんせー…」
「そうだねぇ。何にそんな悩んでたかしんないけど、それ程熱心に考える位授業に集中してたって事よね?」
「へ…?」
「はい。今日はルークちゃんに今日の授業範囲を音読して貰いましょうねー。全部」
「全部っ!?」

全部。
大きく頷かれる。
古典は苦手中の苦手だっつーのに…。
俺は六時間目に考え事をした事を心から悔やんだ。

授業終了のチャイムが鳴り、HRが滞りなく終わり、俺は急いで部活に顔を出した。
今度こそ、ユーリから色気を学ぶんだっ!!
心なしかテンションが上がる。
それに色気をつければ、俺の目的が達成されるんだっ!!
ダッシュで部室へと向かう。
その為には体育館を通らなければならないんだけど…。
ど、どうしよう…。
凄い黒いオーラを纏った…って言うか、何か知らないけど怒ってるっ!
兄貴が…アッシュが怒ってるっ!?
入り口で仁王立ちして…。
う、裏口から入ろうかな…?
幸いにしてまだあっちには見つかって無いだろうし、と、兎に角気配を消して、そーっとそーっと…忍び足で。

「どこに行く気だ?」

ビクゥッ!!
あ、アッシュの目が俺をしっかりと見ていた。
ば、バレてる…?
ううぅ…。
そのまま、仕方なくアッシュの前に立つと、やっぱりと言うか何と言うか、俺に怒ってたらしい。
目が、合わせらんねぇ…。

「…手合わせしてやる。さっさと着替えて来い」
「へ?」
「早くしろ」

そう一言言って、体育館の中に入って行ってしまった。
俺は慌てて部室に走り着替えると、竹刀を持ってアッシュの下へと走った。
アッシュは走って来た俺を見ると、きりきりと目を吊り上げ、俺を睨む。
俺なんか悪い事したか?
面倒が起こらない様に、アッシュと喧嘩しながらも家を出て、これからもう一度色んな事をやり直そうと思ったのに。
その為に古しい自分を捨てようと思って髪まで切って。
家出てからアッシュと一言も会話なんてしなかった。
だってのに、今この状況はなんだ?

「手合わせを始める前に聞きたい事がある」
「……?」
「貴様は、あの鬼畜ロン毛眼鏡と付き合ってるのか?」
「っ!?」

き、鬼畜ロン毛眼鏡って、ジェイドの事、だよな?
な、なんで、アッシュがそんな事知ってんだよ。
顔に熱が集中する。
そんな俺を見て、アッシュは俺に聞こえる様に舌打ちした。

「何でよりによってアイツを…。屑がっ。…構えろ」
「えっ!?」
「構えろと言ったんだっ!」

えっ!?えっ!?
意味が理解出来ず、それでも竹刀を構える。
すると、いきなりアッシュが打ちこんで来た。
タイミング的に避ける事が出来ず、何とか竹刀で払いのける。
でも、それも想定内の事だったのか、次から次へと連撃された。
アッシュの剣は重い。
勿論男女の差があるのは知ってるけど、それ以上に重い気がする。
連撃を何とか回避するものの、行き成りだったせいか、あっさりとバランスが崩れる。
後退しようとした足が滑って、後ろへと重力に押される様に倒れ尻もちを着いてしまった。
しまった、と思った時には既にアッシュの竹刀は振りあげられていて、咄嗟に目をきつく閉じる。
叩かれると、覚悟した衝撃は何時までもやって来なかった。
恐る恐る瞑った瞼を上げると、そこには…。

「ったく、女子にましてや、お前の実の妹にここまでするか?普通」
「…ユーリ…」

アッシュの竹刀を片手で受け止め、俺を背に庇う様に立っていた黒髪。

「関係のない人間は引っ込んでいろっ」
「関係なくはねぇなぁ。オレの可愛い妹分が実の兄貴にいびられてるっつーんだから」

バシッ。

「―――くっ」

ユーリがアッシュの竹刀を払いのける。
すげぇ…、あんな重い剣を…。しかも片手でっ。

「ルーク、ちょっと下がってろ。…ガイ、フレン。頼むな」

言われて、俺は素直にそのまま後ろへと下がる。
すると、とんっと何かに触れた。
慌てて見上げると、どうやらフレンの足だったらしくて、俺が目を丸くするとフレンはクラスの女たちだったら誰もが泣いて喜びそうな笑顔で微笑んだ。

「大丈夫かい?」
「立てるか?ルーク」
「う、うん…」

ガイに手を貸して貰い立ち上がると、アッシュとユーリが対峙してるのがよく見える。
アッシュが竹刀を握り直し、ユーリに向かって竹刀を振り上げた。
けど、ユーリはあっさりとそれを回避する。
しかも回避するだけじゃなく、アッシュの竹刀を巻き込んで払いあげる。
だが、何とかアッシュは竹刀を手放す事だけはせず、後方へと下がって距離をとった。
そして、直ぐにユーリへと向かって行く。
けれど、ユーリは不敵に笑うと、その竹刀を受け止める。

「す、すげぇ…」
「あぁ。まさかユーリの実力がこれ程とは…」
「………」

俺達がユーリの実力に呆気にとられているその横でフレンはただ真剣に二人の手合わせを見ていた。
竹刀がぶつかる音が体育館一杯に響き渡る。
一方的に攻撃を仕掛けているように見えて、アッシュは度重なる攻撃でしかも自分のペースを崩されて息があがっているが、一方のユーリは息一つ乱れてない。
まるで、アッシュで遊んでるみたいだ…。
いや、みたいだじゃなくてユーリのあの表情見る限り遊んでる。
決定打を与えられないアッシュが切れた。
らしくなく、突撃を仕掛ける。

「はああっ!!」

でもユーリはそんなアッシュに対して微動だにせず。
むしろニヤリと微笑んで。

「…全く、分かりやすい太刀筋だ、なっ!」

バシッ!!
大きな音を立ててユーリの竹刀がアッシュの竹刀を弾き飛ばした。

「…ま、こんなもんか」
「…くっ」

アッシュが膝をついたっ!?
すげーっ!!すっげーっ!!ユーリすげーっ!!

「…ったく。お前も根性ねじ曲がってんなー」

ユーリが竹刀を肩にかけて、片手を腰に当ててアッシュを見下ろした。

「素直に言えばいいのによ」
「…何をっ」
「大事な大事な妹が心配ですってな」
「なっ!?」

え?
ユーリの言葉に一瞬耳を疑う。
まさか…。
アッシュに限ってそんな事ある訳…。

「そ、そんな事思ってねぇっ!!勝手な事言うなっ!!」
「おーおー、顔真っ赤にしちゃって、図星か?」
「くっ…」

アッシュが立ちあがり、顔を真っ赤にさせて口をパクパクさせている。

「ありゃ、アッシュの完敗だな」
「う、うるせぇぞっ!!ガイっ!!」

ガイを睨みつける為にこっちを向いたアッシュと視線があうと、ばっと直ぐに顔を逸らしてユーリを睨みつける。

「次は俺が勝つっ!」
「へいへい。勝てるなら、な」

竹刀を持って再び俺を見ると、ぎっと俺を睨みつける。

「あ、アッシュ?」
「……」

何も言わない。
え?なんでだ?
そうだ、さっき確か。

「アッシュ、俺の事心配してって…」
「うるせぇぞ、屑がっ!!俺はお前の心配何かしてねぇんだよっ!!」
「あっ」

走って体育館を出て行ってしまった。

「なんつー捨て台詞だ」

笑って俺たちのもとに戻ってくるユーリ。
うわっ!すげー。無傷っ!!
あのアッシュと戦って無傷っ!!

「ユーリっ!!」
「んー?どうした?」
「あのなっ!さっきのなっ!!や、違うくてっ!!でもっ!!」

うあああっ!!言いたい事がまとまらねぇっ!!
このどうしようもねぇ感動を伝えたいのにっ!!

「うーっ、うーっ!!」

何をどう説明していいか、話していいか。
混乱してただ唸っていると、ユーリが俺の頭をくしゃくしゃに撫でた。

「何唸ってんのかわかんねぇけど落ち着けって。話ならゆっくり聞いてやるから」

ははっと笑うユーリに何とか伝えようと一歩を踏み出すと、一瞬踏み出した左足首に電流が走った。
気の所為かと思って足を上げてもう一回踏み込むと。

ビキッ!!

「いってーっ!!」

い、痛ぇ…、な、なんだ、これ?
左足が超痛ぇ…。

「お、おい。大丈夫か?」
「何処が痛いんだい?」
「ルークっ!大丈夫かっ!?」

つい咄嗟に目の前のユーリの制服に掴まる。
大丈夫か、大丈夫じゃないかと聞かれたら、大丈夫じゃない。

「と、とにかく保健室に連れて行こう。ガイ、頼めるかな」
「おう、任せてくれ」
「ユーリも一緒に行ってあげて」
「おう。あ、でも…」
「部活の方は僕が何とかしとくから。それに僕も直ぐに追いかけるよ」

そっかと、ユーリは頷くと俺を抱き上げたガイの後ろに続いた。
じーっと後ろを歩くユーリに視線を送る。
ユーリはその視線に気づいてはいても、ただ首を捻るだけだった。
うぅぅ〜……やっぱり伝わらないかぁ…。
せめて、この感動だけでも何とか伝わんねぇかな…。
俺はガイに運ばれている間、ずっとガイの肩越しにユーリへと熱い視線を送り続けた。