失くせないモノ





【3】



よし。
取りあえずこれで片づけは完了だな。
オレはぐるりと部屋を見回した。
部屋に備え付けのクローゼットは盛大にスペースを残し、そのクローゼットの下にある引き出しもやっぱり盛大にスペースを残し、更に言うなら、布団を部屋の隅に敷いたから部屋にも更に盛大なスペースを残した。
…正直落ち着かない。
が、けどそこはそれ。
物を置けばいいんだろうが、家主の言う事には仕事部屋に入らない限りは何処で何をしていても構わないみたいだから、だったら勉強も部屋でしなくてもリビングですればいいし、トレーニングも上の階にあるみたいだし。
この部屋に置くものなんて精々、着替えと寝床位だろう。
さて、と。
今何時だ?
携帯を取り出して、時間を確認すると、丁度12時になる所。要するに昼だ。
腹が減る訳だよな。
…じゃあ、何か作るかな…って、おいっ!!
そうだ、ここ何にもないんだよっ!!

「うあー…マジかぁ…。オレも外食?…いやいやいや、それだったら責めて百均とかで道具買って来て自分で作った方がまだマシだ」

思い立って、部屋を出る。
後でトレーニングルーム行ってみよう。
頷いて、そのままリビングへと向かう。
リビングへのドアを開けて中に入り、取りあえず本当に何が必要か確かめるか。
あ、そうだ。何かメモ紙。
キョロキョロと辺りを見回すと、固定電話の横にメモ紙がペンと一緒に置いてある。
調度いい。あれを使おう。
メモをぺりっと一枚剥いで、真ん中のテーブルの上、に、――……ん?
何か置いてある?
茶封筒と、メモ?

「『取りあえず一ヶ月分の生活費はここに置いておく。この中からなら自由に使ってくれて構わない。学費は残りの残りの分全て支払っておいた。フレン』って、言われてもな…」

これ、ありえない位厚みがあるんですけど…。
何となく…何となくそうだろうなーって想像は出来るんだが…。
恐る恐る封筒を開けてみると、案の定何枚詰まってるんだ?と突っ込みを入れたくなる位の一万円札の束。
なに?あいつは一ヶ月生活するのにこんなに金使ってんの?
…言い様のないイライラ感が襲う。
けど、いない人間にイラついても仕方ない。
兎に角。必要な物をメモる。そっから幾ら必要か計算して封筒から貰う。
思い立ったら即行動。
必要な物をメモって行く。
改めて思う。本当になんも無ぇな。
まずは、えーっと。
台所に入り、ぐるりと見回す。
食器類は一通り必要。調理器具も。後は炊飯器とオーブンレンジ…いや、オーブンはあったな、じゃあ後はミキサーと…。
台所はこんなもんか?
あとは、洗濯関係。
洗濯機って何処にあるんだ?

『洗濯はクリーニングで済んでるし…』

…そう言えば、んな事言ってたな…。
台所を出る前に、嫌がらせで抜いた冷蔵庫のコンセントをもう一度刺して、風呂へと向かう。
ドアを開けると予想通り洗濯機はあった。
ただし全く使われた形跡はないけれど。
寧ろナイロンすら取られてない。
まぁでも洗濯機はあるんだし、洗剤置く棚も洗面所もある。
あれ?歯ブラシとか歯磨き粉とかは流石にあるんだな。
風呂はどうなってんだ?
更に奥に進みドアを開けると、そこにはこれまた広い風呂が…。

「こんなにでっかい風呂があんのに使った形跡がない、とか…何で?」

首を捻るしか出来ない。
もしかして、上の階にあるのか?
気になっていたのもあるし、その場を抜けて上の階へ上がるエレベーターの戸をあけて、乗り込み上の階へとあがるとこれまたデカいトレーニングルームがあった。
…が、トレーニングする機材がある訳じゃない。
ただ、そこには畳が敷いてあって…むしろ道場と言っても過言ではない。
…ん?竹刀?
あー、そうか。もしかしてアイツ剣道やってんのか?
試しにそれを握り振ってみる。
うお…結構重いの使ってんな。
オレも結構重いの使ってる方だと思ってたけど、更に上がいるとか…ちと、悔しいな。
後でオレもこれ使って自主練してやろう。
けど、今はそれよりも、っと。
竹刀を元に戻し、トレーニングルームを回る。
簡易のキッチンと、あ、あった。
シャワールーム。
がらっと戸をあけて中に入ると、予想通り使った形跡があるシャワールーム。
けど、ここはホントにシャワールームらしくてシャワーしかない。
この家では珍しく狭い空間だ。
シャンプーとかもここに揃ってる。
確かにこっちを使った方が楽っちゃあ楽か。
でも、たまに湯船に入りたい時だってあるだろ?
そう言う時は、どうしてんだ??
外に入りにいってるとか??
上階の探索も一通り終えて、下階に戻る。
リビングに戻って必要な物をメモり、大体の必要経費を封筒から抜き取り、玄関へと向かう。
すると玄関の靴棚の上に一枚のカードが置かれていた。
あ、これもしかして鍵か?
そっか。ここはオートロックだもんな。
これないと出れても入れない。成程。
オレはそれをしっかりとポケットに突っ込み、玄関を抜けてエレベーターに乗り込む。
いそいそとマンションを出て、まず真っ先に向かったのは一番近くの電気屋。
炊飯器とミキサー。
これだけは買って置かないと何もできない。
見つけた電気屋に入り、調理家電の売り場に行き、じーっと見比べる。
どれが安くて使い勝手がいいか。
そして何よりどれが一番長持ちするか。
これがかなり重要になってくる。
店員に色々聞きながら、良いのを選んで支払いを終えて、それの配達を頼んでおくと、店を出て次は百均へと向かう。
狙うは調理器具と食器類。
店内に入って、やっぱりとじーっと見比べる。
平たい皿とスープ皿、それにカップにコップ。
どうせなら同じデザインで揃えるか。
オレのとアイツのと分かる様に…えーっと、じゃあ。
アイツのが青ベースでオレのが紫ベースにすっかな。
次から次へと籠に食器を入れて行く。
後は包丁とか鍋とかフライパン、とか揃えれたら完璧だ。
そしてオレは入った店が良かったのか運よく欲しい物全て揃える事が出来た。
ここまで揃ったら後はスーパーで食材を買えば、一通り買い物は終わるな。
…くそ、重い…。
けど、それをどっかに置く訳にもいかず、スーパーに入った。
兎に角米とか調味料を買い込み、更に野菜を買い、肉も買って…籠二つ分とか…。
配達代だってバカにならねぇし…。
購入した物を全て気合いで持ち上げ、少しでも重さに耐える時間を少なくしようと急いでマンションへと帰った。
エレベーターの所で貰ったカードキーを差し込むとどうやら勝手に六階のボタンを押してくれるらしい。
オレは何とかエレベーターに乗り込み、そのまま気合いで玄関のドアを開け、テーブルの上にゆっくりと持っていた物を降ろし、ソファへとダイブした。
やべぇ…半端無くあちぃ…。
こうなるんだったら責めて氷だけでも作っていけば良かった…。
けど、ここでぐったりしてても始まらない。
オレは買っておいたペットボトルの炭酸飲料を蓋を開けて勢いよく飲み干すと、次の行動へと移った。
まず台所からだよなっ!
掃除はしてあるとは言えやるべき事は沢山ある。
…が、最初に冷蔵庫に物を詰めないとな…。
無駄にデカイ冷蔵庫に次々と買った食材を詰めて行く。
それから流しを買ったスポンジで軽く洗って流してから、水切り網と袋をつけた三角コーナーを置いて流しに買った食器を次々置いて行く。
食器用洗剤も置いて、シンクに包丁、鍋、フライパン等々調理器具も並べる。
でも、まずはお茶。
麦茶を作る。後で氷入れて飲めるように氷も作る。
無駄な動きが無い様に、テキパキと動く。
タオルとかも、各必要個所に設置して、風呂もどうせだから動かせるように…。
何だかんだで数時間が経って、丁度休憩していた所に調理家電が届く。
更にそれを設置して、晩飯の用意をして…もろもろの事をしていたら数時間が経過。
しまった…、今日全然勉強してねぇ…。
…部屋から単語帳だけ持って来て、見ながら飯食うか。
後、居間にある金をあいつが帰ってきたら返さないと。
…おかしい。
やっと色々片付いたと思ったら、まだまだやる事がある、とか。
まぁ、いいか。
煮物を作っている鍋の火を止めて、オレは一旦部屋に戻り教材を取ってくるとテーブルの上に置き、台所に戻りトレイを用意した。
その上にさっきまで作っていた芋の煮物ときんぴらごぼうを皿に盛り付けて、焼いたばかりの生姜焼きとキャベツも盛る。
ご飯を茶碗によそって、味噌汁もお椀によそり、作っておいた麦茶に氷を数個入れて、箸と纏めてトレイにのせて、台所を出てリビングに置いた教材の横に置く。
はぁ〜…漸く一段落だな。
この家何も無さ過ぎて返って疲れた。

「さってと、いただきま〜す」

箸を持って口を開けた瞬間。

ガチャリッ。

「……あ」

金色の髪のそいつが疲れ切った顔で帰って来た。
間が悪くオレが口を開けて食事しようとした瞬間にドアが開いて返って来たのだ。
っつーか、何だよ、その目を真ん丸にして…。

「…そうか。そう言えば君がいたんだっけ」

おい、こら。
お前が呼び止めておいて、何だ、そのセリフは。
思っていても口には出さず。

「忘れてた…。えっと…お金に気付いたかい?」

オレはコクリと頷き、そいつの目をじっと見て思い出した。

「ほい」

そう言って金の入っている封筒を返す。

「ん?あれ?もしかして足りなかった?」
「アホか。足りてる。寧ろ余った分」
「余った?」
「おう」
「まだ一ヶ月経ってないのに余るのか?」
「必要分は寄せた。寧ろ今回は最初で、この家何にもないから少し多めに使ったけど、これからはそれもいらないからこんなに必要ない」

言うと、そいつは『そうか』とまだあんまり納得いっていないまでもお金を受け取った。

「所であんた飯は?」
「え?あ…忘れてた」
「………もしかして、アンタ飯忘れる事結構あるのか?」
「………」

無言は肯定。
若干目が泳いでるのもその答えを後押ししている。
はぁ、とオレは溜息をつく。

「だからそうやってフラフラになるんだよ。どんな仕事かしらねぇけど、自己管理も仕事の内だ。こんな事学生のオレに言われんなよ」
「す、すまない」
「ちょっとそこで座って待ってろ」

そう言ってオレは席を立ち、念の為に二人分作っといた夕飯を盛り付けて戻り、ちょこんと言われた通り座っているそいつの前にそれを並べた。

「ほら、食えよ」
「え?」
「オレは一応家政婦としてここに働きに来た訳だし?不味くはねぇし毒もいれてねぇ」
「あ、いや、そんな、心配はしてない、けど…」

言いながら箸を持ってそいつは素直に頂きますと手を合わせ、箸に芋を挟みそのまま口へと含む。
じっとそいつの行動を見ていると、一瞬目が見開かれ次の瞬間には次々とその口の中へとオレの作った料理は消えて行く。
取りあえず嫌いな味ではなかったみたいだな。
オレは漸く自分の分を食べ始める。
あ、そうだ。勉強。
単語帳を開いて、自分の纏めたノートと見比べながら黙々と食べて行く。
本当は料理してる時が一番頭に入るんだけどな。

「…ではない。そうなると…ぶつぶつ」
「…ローウェル君?」
「『興味深い』がこの単語だろ?だとすると…」
「ローウェル君っ」
「うおっ!?」

び、びびったぁ…。
いきなり顔を近付けるなっつーの。
バクバクする心臓をおさえつつ、オレはオレの名を呼んだそいつを見ると、そいつはネクタイを外し、ジャケットを脱ぎ、すっかり楽な姿勢を取っていた。

「で?何?」
「ごちそうさま」
「あ、あぁ、そう。おそまつさま」

…まさか、それだけ?
と、思ったけどどうやら違うようだ。

「これだけのメニュー作るの大変だったんじゃないか?」
「別に。そうでもねぇよ。毎日作ってんだから大変でもなんでもない」
「そうなのか」
「おう。それより、疲れてんだろ。早く風呂入って寝ろよ」
「風呂?あぁ、シャワーだね。うん、行こうかな」
「あー、違う違う。風呂入れといたから、入れよ。掃除はどうせオレがするし」
「え?」
「いいから、ほら行けって。あ、スーツは出しとけよ。クリーニングに持ってくのは持ってくし、ワイシャツとかはオレが洗濯しといてやる」

どうやら驚きの連続だったらしい。
けどオレには何で驚くのか分からない。
する事がないとは言われていても、しなくてもいいとは言われてない。
だったらオレは何時も通りやっていた事をする。
オレは驚いているそいつを脱衣所へと突っ込み、飯の続きを食べる事にした。