失くせないモノ





【4】



「それで?上手くやってるの?」

昼休憩。
オレは自分の弁当を持って何時もの様にレイヴン先生の所へ来ると、レイヴン先生は開口一番に訪ねてきた。
けど、オレにしてみれば、それを聞かれてもって感じで。
上手くやってるも何も、あのフレンって奴は全く家に帰って来ない。
仕事第一なのは、まー、何となく見ていれば分かる。
分かるけど、不思議なのはやっぱりあいつからは生活感ってのが全く感じられなくて。
ある程度の年齢の男なら誰しもある女の気配ってのも欠片も感じられない。
好きな女もいないとか、仕事以外の趣味も無い。

「……つまんねー男」
「ユーリ君。先生の質問の答えには程遠い答えが返って来たんだけどー」
「あいつ、学生時代からあーな訳?」
「へ?あ、ん〜…そうねぇ。勉強もスポーツも生徒会の仕事も全部真面目にやってはいたけど…趣味って感じは無かったわね〜」

本当につまんねぇの。
あんだけカッコいいんだ、女の一人や二人いてもおかしくねーし、頭もいいんだから色んな趣味があってもいいもんなのに。
もぐっと口の中にいれた唐揚げを噛む。

「それより、どうなの?バイトは」
「どうって言われてもな。あいつ帰って来ねぇし。会えたのはバイト初日だけだぜ?その日だけ一緒に飯食って、んで風呂に突っ込んで寝かせた位で」
「あらー…」
「そもそも最初バイト何て必要ねぇって言われたしな。今は何だかんだで等価交換?的な感じで住まわせて貰ってるって感じか」
「ふぅ〜ん…」

おっさんは一瞬厳しい目をして、目を閉じ開くと何か納得した様な表情だった。
何に納得したんだかオレにはさっぱりだけどな。

「ま、利用できるものはなんでも利用しなさいな」
「…そう、だな」

利用できるものは利用する。
確かにその通りなんだが…。
翌々考えてみると、あいつに利点ってのがねぇんだよな〜…。
やっぱ、追い出される事も計算に動いて、少しでも金を溜めといた方が得策かもしんねぇな。
お握りを齧り、咀嚼して飲み込む。
そう言えば、家に一応毎日飯置いて来てるけど、アイツ気付いてんのかな?
そもそも家に帰って来てる形跡がないから気付く訳ないか。
テーブルの上に何時食べてもいい様に弁当と同じ中身を皿にラップして置いてはいる。
アイツが何時帰って来て、腹が減った時何時でも食べれる様にメモも一緒に置いて。
でもここ数日でそれに触れた気配はない。
まぁ、ないならないでオレの晩飯になるだけだから別に問題はない。
もぐもぐと口を動かす。
するとガラッと扉が開く音が聞こえ、

「やっと終わったわー」
「何時もアレクセイ先生の授業は長引きますね」
「けれど、あの先生の授業、面白いから私は好きよ」

学園一の秀才と謳われるリタと学園のマドンナと謳われるエステル、学園一の妖艶美女と謳われるジュディス。
学園三大美女が何時もの様に弁当を持って入って来た。
既に定位置も決まっていて机を挟んで向かいがジュディスとエステル。オレの横がリタだった。

「遅かったじゃない」
「アレクセイの授業っていっつも時間オーバーすんだよな。けど、そこが一番テストに出やすかったりするからまたやっかいなんだよ」
「そうなのよっ」

さっさと座り弁当を開き食べ始める。
おっさんとの話で出来た微妙な空気はいつの間にか消えており、昼休みの時間はあっという間に過ぎ去った。



※※※



放課後になって、何時もならある部活も今日は休み。
部室で自主練してもいいんだけれど、今日は折角だからトレーニングルームを使ってみようと、真っ直ぐに帰宅した。
あいつの家で過ごすようになって一週間はとうに過ぎて、少しはこの家に帰る事に慣れては来たものの…やっぱりオレには少し場違いに見えて仕方ない。
貰った合鍵でエレベーターを呼んで、乗り込み六階へと上がる。
そういや、明日の弁当どうすっかな?
冷蔵庫に何残ってたっけ?
それ確認してから、もし足りなかったら買い出し行かないと。
到着音が鳴って、ドアが開きエレベーターを降りて玄関のドアを開けると、そこには何時も無い筈の靴があった。

「……へ?」

もしかして帰って来てるのか?
とは言え、もし自室にこもっているんだったら、家での仕事中なんだろうし声はかけられねーな。
靴を脱ぎ、とりあえず着替えに自室に向かう。
自主練する為に剣道着に着替え、改めてリビングルームに入るとテーブルの上に置いていた食事がない。
台所に移動すると食器が洗ってしまわれていた。
…ってか、別に置きっぱなしで良かったんだけどな。
そもそもこれ洗うのもオレの仕事だし…。
ま、いいや。
となると今日の晩飯は無くなった訳だから、作らないとな。
冷蔵庫を開けると、ひき肉…玉葱……、今日はハンバーグだな。
ちょっと多めに作って明日の弁当はハンバーガーにでもするか。
パンはあるしな。
けど、これで結構食材無くなったな。
明日は買い出しに行かないと駄目だな。
取りあえず必要な事だけを確認して、オレはトレーニングルームへと向かった。
エレベーターで上へと上がり、ドアが開くとオレの目は点になった。
そこには想像もしていなかった人物が正座して瞑想していたんだから。
オレがどうしていいか分からず、立ちつくしていると、あっちがオレの存在に気付いたのか目を開き、オレの方へと視線を向け、微笑んだ。

「あぁ、おかえり」
「お、おぅ…た、だいま?」

答えると、そのままゆっくりと立ちあがってオレの姿をマジマジと見た。
そうか、そう言えばこの姿は初めて見るよな。
オレもコイツの剣道着姿なんて初めて見るし。
金髪に道着。似合わないかと思いきや、紺の道着の所為か凄く似合っている。
しかも、こいつ着痩せするのか、第一印象とは違いがっちり筋肉が付いていて…正直羨ましい。
オレも負けじとジロジロ見ていたからか、そいつは苦笑いした。

「…そうか。君も剣道やるんだね」
「おう。今日は部活が休みだから、ここ使わせて貰おうかと思ってたんだけど」

話しかけられて、はっと我に返り、反射的に答える。
しかし、コイツが使うなら今日はやめといた方がいいな。
じゃあ、明日行く筈だった買い物にでも行くか。
取りあえずこれからの行動を決めたオレは、小さく頷いて引き返そうとした。
だが、予想外の一言に引き返そうとした足が止まった。

「なら、手合わせしないか?」
「分かってるって。今日はやめとくわ〜って、はい?」
「だから手合わせしないか?」

手合わせ?
…って、

「誰が?」
「ここには僕と君しかいないと思うのだけれど?」
「…マジ…?」

聞き返すと、そいつは大きく頷いた。
どうやら本気の様だ。
でも、おっさんが言うには学生時代は常に大会優勝していたと言っていたから、相手としては全く不足はねぇっ。

「いいぜ、受けて立ってやるよ」

オレは漸く足を動かし中へと入る。

「あ、そうそう。竹刀貸してくれよ?」
「え?あぁ、好きなのを使うといい。けど自分用の竹刀の方がいいんじゃないか?」
「自分用のなんて持ってねぇよ。何時も使ってんのは学校のだ」
「…やりづらくないか?」
「別に。大して変わらねぇよ」

そう言って壁につけてある竹刀を取る。
ホントは自分用の竹刀が無いってのは、かなり大きい。
けど言える訳が無い。
施設で育って、育ててくれて、学校に入れて貰っただけでもありがたいのに。
自分の趣味でやっているような剣道の竹刀を買ってくれ、なんて。
…言える訳、ない…。
オレは感情ごとその言葉を飲みこんで、そいつの前に竹刀を持って構えた。

「……へぇ、上段の構えか。珍しいね」
「そうか?そんな事ねぇだろ」

ニヤリと余裕ぶって笑ってみたものの…向かい合って竹刀構えると分かる。
コイツ全く隙がねぇ…。
…へっ。面白ぇ。
やってやるさ。
無意識に力を込める手から力を抜いて、改めて向かい合う。
じっと、相手の隙を見定める。
隙が出来るまで、相手の攻撃範囲を知る迄は動く事が出来ない。
そして、それは向こうも同じなのか、やはり動かない。
オレ達は互いに互いの隙を狙い一歩も動けないでいた。
背中に冷や汗が伝う。
コイツの間合いが広すぎて一歩踏み出しただけで危険だって事が良く分かる。
でも……これは手合わせだ。
学べる所があるなら学んで自分の糧にした方がいい。
オレは一歩踏み出した。

「―――!!」

敢えて、声での威圧はせずに竹刀を振り下ろす。
そんなオレの意図を酌んでか、向こうも無言でオレの竹刀を受け止める。
ぎりぎりと力を込めた竹刀が軋む。
やべぇ、こいつの剣。重過ぎる…っ!
オレの剣が上から押していた筈なのに、力任せに押し返されて逆にオレが押されている形になっていた。
何とか横に力を流して、力を分散させる。
どうやら真正面からやりあっても勝ち目は無さそうだ。
剣を受け流し、少し後退して距離を持つ。
じっと目の前の人間の目を見る。
初めて見た時の静かな蒼じゃない。
戦う人間の…熱の籠った青。
……。
オレは、静かに目を閉じて、精神を統一する。
そして。
息が整った瞬間に、一撃を繰り出した。

「ハァッ!!」

面を狙ったつもりだった。
しかし…。

バシッ!

「―――ッ!!」

すれすれを回避され、手首に一撃返された。
痛みより衝撃で竹刀が手から落ち、勝負がついた。
…要するに籠手って奴だ。

「あー…くそっ。参った」

オレはその場にどっかりと座りこむ。

「あんた強いな〜。ってか、手加減しろよ」

冗談めかして言うと、目の前のそいつはオレの落とした竹刀を拾い、苦笑いしながらオレの前に座った。

「手加減なんて出来ないよ。そんな事したら僕が負けてしまう位には、どうやら君は強いようだから」
「嫌みか?あっさりとオレの攻撃避けた癖に」
「そんな事はないよ。それにそんなにあっさりでもない。ほら」

そう言って、そいつは首を傾げた。
すると、そこには赤く痣の様な物が付いていた。
それは確かにオレが繰り出した竹刀の痕で。
失敗したと素直に思った。
翌々考えれば雇い主。しかも肩にあんな傷をつけるのは如何なものか。

「…悪ぃ」
「え?」
「…それ」

言うと、直ぐにオレが言っている意味に気付いたのか、緩く頭を振ってそいつはニッコリ笑った。

「それを言うならお互い様だよ。腕、大丈夫かい?」
「ん?」

腕?…あぁ、そうか。さっき思いっきり籠手入れられたんだっけ。
思い出して手首を見ると、しっかりと赤い打身痕がある。
けど、ぐるりと腕を回しても何ともないし、この位なら直ぐ治る。

「んー、ま、大丈夫だろ。問題ねぇよ」
「そうか。良かった」

良かったと言って微笑んでるけど。こいつ良く笑う奴だけど…目、笑ってねぇんだよな。
初めて見た時から思ってた。
あの双碧が全然笑ってねぇ。
あぁ、でもさっき竹刀を向けあって、戦ってる時。
あの時は違ったな。
戦う人間の目をしていた。
危うく威圧されそうな位の…。
今はすっかり戻っちまったけど…。
じーっと目の前の男の目を見つめる。

「……僕の顔に何かついてるかい?」
「へ?」
「あれ?違う?じっと見てるから、何かついてるのかと」
「…あぁ、悪い。深い意味はねぇんだ」
「そう?」
「あぁ。……さ、てと」

オレは立ちあがり、軽く体を伸ばすと、目の前に座っていた男に手を伸ばす。

「そろそろ飯の準備するから、戻る。竹刀、しまうから寄こせよ」
「え?あ、もうそんな時間かい?」

そう言って二人で時計を見ると、気付けばもう18時近くなっていた。
そんなに時間が流れた感は無かったんだが、どうやら、竹刀を持って互いの隙を狙っている間に結構な時間が流れていたらしい。
窓の向こうはすっかり真っ暗で多分ベランダに出て空を見上げたら綺麗な星空が見えるだろう。
オレは立ちあがったそいつから竹刀を受け取り、仕舞う。
えーっと、雑巾がけどうすっかな?
掃き掃除だけでいいか?

「ここって、いっつも雑巾がけしてるのか?」
「してる。けど、今日は僕がやるからいいよ」
「あ?でも…あんた」

仕事して帰って来て、更に手合わせして、疲れてるんじゃねーの?
と聞こうとしたけれど。

「夕飯、作ってくれるんだろう?お昼のも美味しかったし、実は夕飯も楽しみにしていたんだ」

だから、先に降りて作ってくれないか?
そう言われたら、続きを聞くにも聞けなく、寧ろ期待に答えたくなるよな。

「分かった。今日はハンバーグだ。あんた食えるか?」
「大丈夫、大好きだよ。…それと」
「ん?」
「僕の事、名前で呼んでくれないか?」
「名前?…あぁ、そうか。雇い主をあんたとか失礼だよな。悪い悪い。えーっと、シ―フォ様、でいいか?」
「え?いや、そうじゃない。出来れば名前で呼んで欲しい」
「フレン様?」
「敬称もいらない。僕も君の事をユーリって呼びたいから」

一瞬、ほんの一瞬だけそいつが恥ずかしそうに言うからオレは何か不思議な光景を見てしまったようで、口を開けたまま停止してしまった。
けど、直ぐに我に返り、オレは笑った。

「いいぜ。じゃあ、フレン。飯出来たら呼ぶから、こっち頼んだ」
「あぁ、楽しみにしてるよ。ユーリ」

互いに微笑みあうと、オレはその場を後にして、キッチンへと向かうべくエレベーターに乗り込んだ。