失くせないモノ
【5】
奇妙なこの同居生活も慣れれば慣れる物で。
気付けば夏休みも終わりに近づいていた。
一学期の期末の試験は問題なく学年十位以内をキープ出来た。
今年はバイトも入れる事無く、って言うか、今現在バイト中だから入れてない訳じゃねぇけど。
でも毎年やっていた海の家とか居酒屋とかのバイトは今年はしなかった。
何故って言われたら、インターハイとフレンの所為。
何でか知らねぇけど。
あの日、フレンを名前で呼ぶようになってから、フレンはやたらと家に帰ってくるようになった。
それまでは全然帰って来なかった癖に。
どんなに遅くても日付が変わる前までには帰ってくる。
しかも、帰って来ての第一声が。
『今日のご飯はなんだい?』
だったりする。
まぁ、気に入って貰えたのは良い事なんだが…。
んで、ここ最近あいつと一緒に飯を食うようになって分かったのは。
フレンは肉料理をこよなく愛しているようで。
ハンバーグ、ステーキ、生姜焼き…。
兎に角肉料理を出すと、途端に嬉しそうに微笑み喜んで食べて、逆に。
刺身、海鮮丼、煮付け…。
海鮮系の料理を出すと、一気にテンションが下がる。
特に烏賊。
烏賊を出すととてつもなく落ち込む。
おかげで最近は全然烏賊を食べていない。
海鮮系はサラダに混ぜるようにした。
赤身の魚とかは嫌いな訳じゃなさそうだしな。
そんなこんなで毎日食事作って勉強して、んで部活して偶にフレンと手合わせして。
気付いたら夏休みも終わりそうになっていた訳で…。
久しぶりに今日はゆっくりしようと、リビングのソファに寝転がりながら雑誌を読んでいると、がちゃっと玄関から音が聞こえてきた。
「……ん?」
ここ数カ月ですっかり聞きなれた足音が聞こえてリビングのドアが開いた。
「ただいま、ユーリ」
「おー、おかえり。今日は早かったな」
フレンが、爽やかに微笑む。
「あぁ、うん。取引先との契約が早く終わってね」
「ふぅん。そりゃ、良かったな。でも、まだ飯の時間じゃねぇから、出来てねぇよ?」
と言うか取りかかってすらいない。
むしろダラダラしてた位だ。
だから、それを素直に言うと、フレンはオレの持っていた雑誌に目を移した。
「?、何を読んでいたんだい?」
ネクタイを緩め、ジャケットを簡単に畳んでソファにかけると、オレの横に座って、オレの持っている雑誌を覗きこむ。
「スウィーツ特集?」
「おう。流石にこれに載ってるようなのは高くて食えないけど、似たようなのなら何とか作れないかなって思って」
「へぇ…ユーリはスウィーツ好きなんだ?」
「…何だよ。男が甘いもの好きで何か悪いか?」
「別にそんな事は言ってないだろう。僕も嫌いじゃないし、疲れた時には糖分が良いって言うしね」
そう言ってフレンは雑誌をオレの手から奪い取り、ふむと読み始めた。
雑誌を取られた所為で手持無沙汰になり、オレは立ちあがりフレンの脱いだジャケットとネクタイをリビングに常備している紙袋へと畳んで詰める。
下着とかは洗濯機でどうにかなるけど、ビジネススーツは流石に洗えないからクリーニングに出す為にそこへ入れる。
何着か貯まったら持って行って、出来上がったらフレンの部屋のクローゼットにかける。
沢山ビジネススーツを持っているから出来る事だな。
さて、と。
フレンが早く帰って来たのは予想外だったが、帰って来たんだから飯作んなきゃな。
思い立ち、キッチンへ行こうとしたらフレンに呼び止められた。
「今日はご飯作らなくていいよ」
「へ?どっか行くのか?」
「うん。出掛けるよ」
「そっか。気をつけて行ってこいよ」
さって、んじゃオレは何食うかな。
フレンがいないなら簡単でいいな。
オレが再びキッチンに行こうとすると、フレンがオレの腕を掴んで、ニッコリと微笑んだ。
「ユーリも一緒に行こう?」
「は?」
予想外の言葉に思考が停止する。
一緒に、って、フレンと、オレが?
……いやいやいや。待て待て待て。
「無理無理。フレンが行く様な高級な店なんて入れねーし。そんな金もねぇ」
「ははっ。大丈夫。僕がおごるよ」
おごりっ!?
って事は今日は片付けとかしなくてもいいって事か?
オレは咄嗟に自分の腕につけている時計を見た。
今、午後4時になる所だ。
腹いっぱい食っとけば、明日の朝までは食わなくても全然オッケーだし。
「どう?」
「行くっ」
「良かった。じゃあ、着替えて来るから少し待ってて貰えるかい?」
「おうっ。あ、フレン。スラックス出しとけよ。明日クリーニングに持ってくから」
「あぁ、分かった」
そして、オレはフレンの準備を待ち、私服に着替えたフレンと一緒に外へと食事に向かった。
※※※
フレンがオレを食事に連れてきた場所。
そこは、結構有名な焼肉店だった。
「…ってか、やっぱり肉なのか…」
「ん?何か言ったかい?」
「いや、別に」
中に入ると、基本カウンター席で、しかも鉄板が見える。
もしかして焼肉は焼肉でも鉄板焼きの方か?
慣れた仕草でフレンが店長と会話して一番奥のカウンター席に座り、オレもその横に座った。
「さて、何食べる?」
って聞かれてもな。
オレはこんな高級そうな店来た事無いから、何が何だかさっぱりだ。
メニュー見れば少し分かるかと思ったが、何が書いてあるのか全然わからない。
英語なら少しはイケると踏んでいたんだが、どうにも英語では無いらしくお手上げ状態。
「好き嫌いねぇし、フレンに任せる」
「そう?じゃあ、マスター。何時ものあれ二人分と…」
注文するフレンは堂々としたもんだ。
オレは場違い感満載だってのに。
……正直落ち着かない。
キョロキョロと店を見ていると、ふと視線に気付く。
視線の主は勿論隣にいたフレンからで、首を捻って何だ?と聞くとふっと笑ってフレンは口を開いた。
「いや。別に深い意味はないんだ。ただ、可愛いなと思って」
「………悪かったな。女顔で」
男に可愛いって何だ。可愛いって。
昔からよく言われるが、一度だって嬉しいと思った事はない言葉を聞かされ、オレは少しむっとする。
「あぁ、ごめんごめん。今のは落ち着かない姿が年相応に見えて可愛いって事だよ」
「…どっちにしても嬉しくねぇよ」
むすっ。
ちょっと腹が立った所で、その空気を裂く様に目の前の鉄板に大きな肉が二切れ置かれて、焼かれ始めた。
その肉の厚さと良い匂いでオレの怒りはどっかに行ってしまった。
すげぇ…。こんなでっかい肉初めて見た。
手際良くその肉は焼かれて行く。
調度いいミディアムレアな状態で、専用の包丁で切られて皿に盛られた。
オレはフレンの方を見ると、フレンはどうぞと差し出してきて、普通なら雇い主が先なんだろうけど、その誘惑に負けてフォークを持ち「頂きます」とちゃんと断ってからその肉を一切れ口に含んだ。
「……うまい」
何てレベルじゃないが、そうとしか言いようがない。
肉が口の中で溶けて行く。
すげぇ…高い肉ってこんななんだ。
もぎゅもぎゅと次から次へと食べる。
その間ちらりと隣を見たら、フレンは食べ慣れているのかゆっくりと食べていた。
「…そう言えば」
ピタリと手を止めてフレンが切りだしてきた。
でもオレは手を止めるのが勿体なくて。上手い物は旨い内に食べる主義だから。
もぐもぐと口を動かしつつ、視線だけで何?と尋ねた。
「すっかり忘れていたけれど、君の御両親は何のご職業についていらっしゃるのかな?」
「もぐもぐ?」
「結構時が経ってしまったけれど、未成年を預かる訳だし挨拶くらいはしとくべきかと思ってね」
挨拶、ね。
そうか。そういやオレ、フレンにまだ施設出身だって言ってなかったっけ。
調度いい機会かもな。
もう、こんなに雇って貰ってる訳だし。
オレは皿の上に乗っていた肉を平らげ、口の中に入った肉をきっちり咀嚼して飲み込んでから口を開いた。
「挨拶なんていらねぇよ」
「…もしかして、ご両親と不仲とかかい?そうだとしても連絡位はしないと」
「そうじゃねぇよ。もうこの世にはいねぇんだ。オレが小学校上がる前に死んだ」
「そ、そうか。…すまない」
「気にすんな。今更悲しむ様な事はねぇよ。ただ、そうだな。挨拶するんなら施設の先生とか、かな」
「施設?君は施設にいたのか?」
「おう。両親共に一人っ子でオレに取って祖父母にあたる人間も既に亡くなっててな。行く宛てもねぇからそのまま施設にってね」
フレンが視線を逸らして、自分の肉を口に含み咀嚼しながら何かを考えている。
一体何を考えてるんだか?
分からなくてじーっとフレンを見ていると、フレンが顔を上げて再びオレを見た。
「その施設の名前。聞いてもいいかな?」
「『児童養護施設 一番星』って名前だけど?」
「一番星…。明星地区の?」
「あぁ」
「そう、か…」
口調がさっきと全然違い、表情も若干険しい。
一体何なんだ?
フレンの意図を探ろうとするが、何かを考え込んでいるって事以外何も分からない。
「何だよ、どうかしたのか?」
「え?」
「顔。めっちゃ厳しいんだけど?」
「そうかい?」
「おう。何考えてんだ?」
「……いや。ただ誰に挨拶していいものかな?と考えていただけだよ」
そう言って笑う。
本当にそれだけだろうか?
もう一回問いただしてやろうと思い口を開きかけたその時。
目の前にコトリと皿が置かれた。
その上にはクリームとシロップがたっぷりとかかった特大のパンケーキがあった。
あれ?これって…。
「食べたかったんだろう?」
言われて、思い出した。
これさっきオレが読んでた雑誌に載ってたランキング一位のスウィーツっ!!
「も、もしかして…」
オレが食ってみたいって言ってたから、連れて来てくれた、…とか?
聞かずともフレンのその表情はそうだと語っていた。
じんわりと喜びが胸に染み渡る。
「い、いただきます…」
ナイフとフォークでパンケーキを切り分けて、たっぷりとクリームをつけて口に含む。
「〜〜〜ッッッ!!!」
めちゃくちゃ旨いっ!!
持っていたフォークとナイフをギュッと思わず握りしめて、咀嚼するのも飲み込むのも勿体ないと思う位旨かった。
そうしてオレは目の前のパンケーキに夢中になり、重要な事を忘れてしまった事を後で後悔する事になる…。



