僕の手が届く距離。
【3】
ボーっと外を見ていた。
下町の水道魔導器が暴走した時と同じように。
オレは、ただ茫然と窓の外を眺めていた。
窓の外はハルルの花弁が舞って、心地良い風を更に穏やかな物にしている。
仲間の皆は、既に眠りに付いており今日はオレが見張り番。
そう言えば、オレが『記憶』を…全ての『記憶』を取り戻して、結構な日がたった。
幼い頃、この記憶が無くフレンを傷つけた。
だから、それを救おうとしてオレの『力』を使って記憶を操作したのに。
騎士団に入団してシゾンタニアでの数日の間、フレンは何故かオレの記憶操作を破り記憶を取り戻し、オレの事を好きだと言ってくれた。
嬉しかった…。
けど、それがフレンの足を引っ張る事をオレは知っている。
だから…消した。―――フレンの恋心を…。
騎士団を去って、下町に戻り皆の記憶を動かし昔の記憶を取り戻させた。
とは言え、あれだってオレが無意識に作り上げた偽物の記憶だ。
でも、隊長が言っていた『助けれるモノを助けてくれ』あの言葉を実行するには必要な事だった。
自分の存在を知っている物が必要だったのだ。
そのまま、オレの存在に慣れるまで下町にいることになり、水道魔導器の暴走と共にオレは動き出した。
キュモール如きにやられはしないが、城の中に入って確かめる事がある。
抵抗せずにいると、案の定オレは城に連れて行かれた。
牢に放り投げられるとそこで、妙な魔導器を胸に付けたおっさんに会う。
脱出の方法を聞くと、こっそりと鍵をくれオレは牢を抜け目的の人物に会った。
…『満月の子』だ。
涙が出そうだった。
オレの記憶の中の『妹』とそっくりで。
もう、二度と見る事が出来ないと思っていた妹の姿がそこにある。
その『満月の子』はエステリーゼと名乗った。
エステリーゼは、フレンに伝えたい事があると。だから、外に連れ出してくれと言って来た。
同じ人物では無いにしても、愛妹と同じ見た目の子がそこにいる。
オレに拒否すると言う考えは頭に昇らなかった。
帝都を出て、ラピード、カロル、リタ、レイヴン、ジュディス、パティと旅を共にする仲間に出会った。
昔とは、兄妹だけであの脅威と戦った時とは違う。
共に戦う人間がいる。それはこんなに心が強くなれるものなのかと…。
…けれど。
何れ、こいつらの記憶も消えて行く。
それが、辛い…。
オレはただ、外を見ていた。
すると、ぽんと肩に手を置かれた。
「…ユーリ」
「フレン?」
夜空に輝く星の様な金髪に目を奪われる。
「明日はザウデに行く。君も少し寝た方がいい」
「…そう、だな。そうするか」
本当は眠らなくても、体力に変化はない。
けれど、フレンの変わらないこの気遣いは嬉しかった。
微笑んで、オレは窓枠から立ちあがり、ベットへと向かおうとすると、ガシッと腕が掴まれた。
「…?、どうした?フレン?」
「あ、いや。すまない。……ただ、君が消えて、しまいそうで…」
ドキッとした。
何かを言い当てられた様な、そんな気がして…。
目の前のフレンが、心配そうにオレの顔を覗き込む。
「何言ってんだ。いなくなる訳ないだろ。オレにはこれから大事な戦いが待ってんだから」
「…確かに、そうだな。すまない…」
「謝る事じゃないだろ。サンキュな、フレン」
今度こそちゃんと、フレンが不安に思わない様に微笑んで、オレはベットへと潜り込んだ。
そして―――次の日。
オレは…間に合わなかった。
アレクセイを止める事が出来なかった。
星喰みが解放され、空から星喰みが姿を現す。
封印が解かれてしまった…。
呆然と空の星喰みをただ眺めていた―――その瞬間。
―――ドスッ。
鈍い音が聞こえ、腹部に痛みが走る…。
霞む視界で、ソディアが見え…そのままオレの意識は落ちて行った。
※※※
目を覚ますとそこは、下町のベットの上だった。
「…ってぇ…オレは…?」
見慣れた天井。体を起こすと腹に痛みが走る。
少し辛いが起きれない事はない。
するとドアが開き、そこへ白い髪の…。
「デューク…?」
「…お前に聞きたい事がある」
「オ、レに?」
「そうだ。『凛々の明星』であるお前に」
「っ!?」
「…お前は、どうやってあれを封印したのだ?」
オレの驚きを無視して、話を進めるデュークにオレは溜息をつき、口を開いた。
「オレはあれを封印したわけじゃねぇ。この星を封印したんだ」
「……どう言う事だ?」
「オレにも満月の子と言われたオレの妹にも、あれを倒す事は敵わなかった。だから、オレと妹の力を使ってこの星自体に結界を張った」
「…成程」
「だが、こうなった以上はもうアレを倒す以外の方法は無くなった」
「…いや、もう一つ方法はある」
「デューク…?」
オレが問い掛けるも、それに答える事はせず、部屋を出て行った。
こっちだって聞きたい事はあったと言うのに…。
仕方なく痛む腹を押さえ立ちあがると、部屋を抜け階段を下りる。
夜で助かった…。
オレは小さく呪文を唱えると、空に大きな魔法陣が浮かび上がり下町を包むようにして半球状のシールドが出来上がり、闇夜に消えて行く。
流石に怪我をしている状態で、更に『人型』を作っている状態で魔術を使うのは体力を消耗する。
歩くに歩けず、その場に立って前だけを向いていると、階段上からワンワンと声が聞こえる。
この声はラピードか…?
「こっちに何があるんです…?」
階段からエステルとラピードが顔を覗かせ、エステルが息を呑んだ。
「ユーリっ!!」
エステルが階段を駆け下り、オレに抱きつき涙を流す。
無事で良かったと、ただただ喜び…。
傷は痛かったけれど、オレはエステルも無事だった事に喜んだ。
傷を治してもらいながら、オレが意識を失った後の事を教えて貰った。
「フレンなんか、何度も何度も探して…。ユーリは生きてるって…。壊れそうな位…」
「……そうか」
エステルは壊れそうな位と言った。
だから、壊れてはいない筈…。
それにエステルに回復して貰った今、もう一度この世界に広がるエアルを伝って皆の記憶を動かす事が出来る。
フレンを…苦しませなくてすむ。
「とにかく、ユーリは今日は休んでください」
「ははっ。分かったよ」
オレはラピードと共に宿屋の部屋に戻る。
そして…ベットへと横になり、瞼を閉じ小さく呪文を唱える。
エアルを通じて、オレを知っている過去のフレンが出て来ない様に。
もうオレの事で苦しむ事が無い様に、…と。
祈る様に夜の間、呪文を唱え続けた。



