若葉
【3】
「がうっ」
「いいから戻れっ!オレが行く。お前は、副隊長達と一緒に門の護衛をしてくれ」
言うとランバートはまだ納得していないようだった。
でもここだけは譲れない。
「…頼む。頼むよ、ランバート」
「…くぅ〜ん…」
ランバートが他の犬たちと共に戻って来た。
これで、ランバートを失わずに済む。
オレは、気合いを入れて森の中へと向かっていく。
ランバート達が飲み込まれてさえいなければ、遠慮なくぶちのめせる。
刀を改めて構え、突進して行く。
エアルの濃い方向へ。
近付けば近付くほど、エアルの作り上げた触手の様な物が迫ってくる。
けど、今更そんなものでビビる程、弱くも無い。
タイミング良く斬り付けて行く。
「ちっ、きりが無ぇな。本体を叩かねぇと、どうしようも、ねぇっ!」
奥へ奥へとどんどん進んで、本体を探す。
この触手を辿って行けば問題無い筈だ。
そして、辿り着いた触手を作り上げたエアルのコア。
とは言え。
コアはゼリー状のエアルの塊の中にある。
「こりゃ、いっきに斬るのは骨が折れそうだな」
呟くと、ガサッと何かが動く音がする。
そして、慣れた気配。
ついつい笑みが浮かぶ。
「まっ、一人じゃなきゃ大丈夫だよな。おっさん」
「あらら。バレてたのね」
笑いを含んだ声の後に、無数の矢がコアに向かって振りかかる。
おっさんが作ってくれた隙を逃さない為に、オレが追撃をかけ敵のエアルを削ぎ払う。
そして、現れたコアに一本の太い矢が刺さり…。
キュゥゥゥゥゥゥッ!!
奇妙な鳴き声のような音を立てて、エアルの塊が蒸発した。
それと同時にレイヴンが木の上から現れ隣に着地した。
「おっさん、本来この時に、ここにいたのか?」
「いたのよ。それが。レイヴンとしてね」
「成程な。スパイに勤しんでいたって訳か」
「ちょ、ちょっとちょっとっ!その言い方はないんじゃないっ!?おっさんだってねーっ!!」
「へいへい。所で、おっさん。フレン達はどうした?」
「それなんだけどねー。多分、皆それぞれこの時代の自分になってると思うのよ」
「どう言う事だ?」
「うーん。そもそも同じ時間時空に同じモノは存在出来ないって事じゃないかね?」
「…それで?」
「それでって、おっさんに言われても詳しい事は分かんないのよ。今の状況から考えてそう言う事だろうなって思ってるだけで」
「そっか。…さてさて、どうすっかな」
「リタっちにあえれば何か変わるんじゃない?来てるんでしょ?」
「多分なー」
「多分ってどいう事よ?」
「おっさんが考えてる事と同じで、予想に過ぎないって事だ」
「…成程ねー」
オレ達は無意識にシゾンタニアに向かって戻り始める。
「所で、青年はフレンちゃん達の捜索に来たんでしょ?少年とリタっちと?」
「カロルとリタとジュディスとパティ、だな」
「あらら。凛々の明星勢ぞろいって感じね」
「やっぱりか。まぁエステルがフレンについてって、それの護衛にラピードをつけたってのは知ってた。おっさんが来てたのは予想外だったけど、…確かに勢ぞろいだな」
「ソディアちゃん達は大丈夫かしら?」
「さぁなぁ。そもそも皆こっちに来てるのか?」
「それもそうなのよね〜」
本来深刻な状況の筈なのに、どうにもおっさんと話してると深刻さが無くなってしまう。
てくてくと会話して戻っていると、ふと小さな声が聞こえた。
「あらら?お迎えね。んじゃ、おっさんは一旦消えるわね〜」
「おー。じゃあな」
軽く手を上げて応えると、おっさんは木の上へと消えて行った。
それと同時に赤い髪が木の隙間から顔を出した。
「やっと見つけたっ!!」
「へ?」
「何処行ってたのよっ!!心配してたんだからねっ!!」
「あー…悪ぃ悪ぃ」
「悪いと思ってないでしょっ!!」
ゴンッ!!
「痛っっ!!」
久しぶりの鉄槌に頭がグラグラと揺れる。
こいつらの拳ってこんなに痛かったか?
そもそも、殴られる事自体久しぶりだ。
頭を抱えてしゃがみ込む。
「さ、とっとと帰るわよっ!!」
「へいへい」
腕をとられて、ずかずかと森を抜けて行く。
町の入口に戻ると、副隊長のユルギスが腕を組んで仁王立ちしていた。
…やべぇ…。何とか逃げれないものか?
何とかもがもがと暴れて逃げようとしていたのだが、それに気付いたユルギスがはぁと大きな溜息をつくとくるりと振り返った。
「そろそろ隊長が戻られる。説教は隊長にガッツリして貰え」
「…マジか」
また隊長の前に立たされるのか…。
げんなりして、追いかけると「きゃんっ」と声がした。
ふと足元を見ると、ラピードがおり無意識に抱きかかえていた。
「ラピード。少なからず、今回はランバートを助けられた」
「きゃんっ!!」
「そうだな。町の皆も無事だ」
なんでだろう。
過去なんて変えられる訳が無い。
それは分かっているのに、ランバートを助けられた事が嬉しくて堪らない。
「…ありえねぇ事なんだけどな。けど…嬉しくて堪らねぇんだ」
「きゃんっ!!」
「なんだよ。お前もか?」
オレとラピードは仲良く、騎士団の詰所へと戻った。
あの時、雨が降りしきる中帰って行ったけれど、今はその雨すら気持ちいい。
犬舎でランバートとラピードの戯れを見守っていると、馬の足音が聞こえる。
帰って来たか。
横になって見守ってるけれど、これは起きた方がいいのか?
…う〜ん…。
悩んでいる間に、雨に濡れて色が濃くなった金色が犬舎の向かいにある倉庫に入って来た。
「……ふぅ」
「よ、お帰り。フレン」
「えっ?」
結局座り直すだけで遠くからフレンを呼ぶ。
すると、驚いた様にフレンはこっちを見た。
「…何だよ。昔みたいに喧嘩した方が良かったか?」
仕方なく立ち上がり、フレンの目の前に近寄り向かい合う。
「まさか…ユーリ、か?」
「まさかって何だよ。オレはユーリだぜ?今も昔も」
「そうじゃない。…いや。そうだな。そもそもそんな話し方を昔はしなかったから間違いないな。ユーリ、どうしてここにいるんだ?」
「どうしてって、そりゃお前等の所為だろ?」
「…そうか。すまなかった。陛下が依頼を?」
「ま、そんな感じだ。っつーか、エステルが心配なんだろうな」
「エステリーゼ様か。それなら」
言うと、犬舎にひょいっとピンクの髪が姿を覗かせた。
「わっ!?ユーリっ!?ユーリなんですっ!?」
「ぉあっ!?」
ぱぁっと目を輝かせてエステルがドレス姿で駆けて飛びついて来た。
「エステル、ちょっと落ち着け。いや、それ以前に、何でお前がここにいるんだ?」
「ユーリには話していなかったけど、僕は帝都に行った時エステリーゼ様にお会いしているんだ。だから、合流する事が出来た。とは言えこっそりと連れてくるのは大分苦労したけれど」
「だろうなぁ」
「ユーリ、その格好、凄く似合ってますっ」
「オレは今片っ苦しくて仕方ねぇよ」
と言ってもエステルのテンションには届いていないようだ。
「それで?お前等オレより早くここに着いてた訳だろ?何か分かってる事ないのか?」
「そうだな。…正直言ってこれと言った情報はないよ。しいていうなら、ここは僕達が生きてきた過去では無いって事くらいかな」
「……お前もそう思ったか?」
「あぁ。帝都へと登って行った道のりで色々そう実感する事があった。でも、一番それを感じたのは…」
「?」
「父が…生きていた」
「っ!?」
一瞬驚きで声を失った。
フレンの親父さんが生きている?
「ちょっと待てよ。それだと…何でお前騎士団にいるんだ?」
そもそもフレンが騎士団に入ったのはオレと一緒に騎士団を変える為。そしてもう一つ。親父さんの様な騎士にはならないと、なりたくないからって。
要はフレンなりの親父さんへ対する意地で騎士になった。
だとすれば、ここにいる、この世界のフレンは何で騎士団に?
「よく…分からないけれど、僕は父さんの様になりたくて騎士になったみたいだ」
「あー…成程。だよな。普通の家庭ならそうなるか」
どうやら、この世界のオレ達は平和に過ごしているようだ。
「?、それならユーリはどうして騎士になってるんです?」
「ん?」
「ユーリはフレンのお父様に憧れて騎士になったんじゃないんです?」
「………ま、オレの事はいいじゃねぇか」
何とか受け流す。
言える訳が無い。
ハンクス爺さんに馬鹿にされたからそれに反発して…とか。
きっと、いや絶対この世界のオレも同じな筈だ。
エステルからそっと視線を外すと、フレンの姿が目に入る。
すると、オレの騎士になった経歴が予想出来るフレンは口元を隠しながら肩を震わせていた。
確実に笑ってやがる。
理解出来ないエステルが一頻り首を捻っていると、わんっ!と話を中断させる鳴き声が聞こえ、ふと足元をみるとランバートがじっとこっちを睨んでいた。
「ラピード、です?」
「いや、ラピードの父親でランバートだ」
「そうなんです?そっくりです」
「ユーリ…、ランバートって」
「…すまねぇ。どうせ、オレ達の世界じゃないのならって助けちまった」
「…そうか」
「ラピードのお父様がここにいるのなら、ラピードは何処です?」
エステルの目が光り輝いている。
オレ達の真剣な会話モードを一々ぶった斬る。
それを何処かありがたく感じながら、オレは真っ直ぐラピードを指さした。
その瞬間、ぱぁっとエステルの表情が晴れ渡り、ダッシュ。
そのままラピードをぎゅー。
きゃんきゃんとラピードは暴れているものの、一先ずラピードに頑張って貰い、オレはランバートに視線を戻した。
「んで?ランバート、どうした?」
ふいっとオレ達に背を向けて歩き出す。
「……はっ!?」
「どうしたんだよ、フレン」
「すっかり忘れていたけれど、僕達、ナイレン隊長に報告しなきゃいけないんじゃ…?」
………。
一瞬の間。
ランバートの足音とラピードの鳴き声がだけが響き…。
………。
更に間。
「行くぞっ、ユーリっ!!」
「おうっ!!」
ナイレン隊長の拳骨を避ける為、オレ達は走り出した。
「え?え?」
「きゃうん?」
「待ってくださ〜いっ!!」
エステルの声が詰所に木霊した。



