若葉
【4】
「遅いのよっ!!」
突然の声にオレ達の目は点になった。
ここは間違いなく隊長の部屋で目の前には立派な机に隊長が座っている。
が、その横には。
「リタ?」
「そうよっ!アタシ以外の誰に見えるのよっ!!」
胸を張る姿はリタそのものだが、…しかし、幼い。
「お前、ちっこいなー」
「ほ、ほっときなさいよっ!!」
物凄く気に触ったようだ。
きゃんきゃん吠えている。
けれど、エステルのハグによりそれは強制終了を迎えた。
「リターっ!会いたかったですっ!」
「えっ!?ぁ、エステル?」
「はいっ!!」
幾分若返った親友の再開。
なんとまー、オレ達との微笑ましさの差が凄い。
「大分騒がしくなってっけど、そろそろ話を進めてもいいか?お前達」
隊長のその言葉に我にかえり、オレ達は一先ずエステル達を無視して隊長と向き合った。
「まずはユーリ。おめぇの判断のおかげで町には欠片の被害も出なかった。よくやった。まー、疑問に思う事は多々あるけどな。それでも町の人間に被害が出なかった。その事実が一番重要だ。それからフレン」
「はい」
「援軍はどうなった?」
「式典後でないと軍を回せないそうです」
「……相変わらず腐ってやがるな」
「そう言わないでくれ、ユーリ。この世界の騎士団長には…」
「まだ、まともだったか?」
言うと、フレンは口を噤んだ。
オレは既におっさんと会っている。
おっさんがあの姿。心臓魔導器を胸に宿した状態なんだ。
アレクセイはもう、真っ当な未来を描いた頃の人間ではない。
「…でも、まだ…修正が効くかもしれない」
「それで…いいのか?」
「分からない。けど、…僕は騎士団にいる。そして、君もここにいる」
「そうか……わかった」
「さっぱり分からん」
『あ…』
オレ達の話しに全くついてこれない隊長が煙管をふかしながら腕を組んでいた。
そりゃ分かる訳がねぇ。
何せ未来の話だ。
ここまで色々やって来て置いてあれだけど、詳しく話していい事だろうか?
視線を皆に送ると、皆も戸惑っているようだった。
そして、最終的に判断を下したのは。
「……分かったよ。おめぇらが話す事が出来ねぇって事はな。兎に角今日は休め。明日また任務を言い渡す」
「了解」
「了解です」
隊長室を出て、流石に詳しい話を詰所でする訳にも行かず、オレ達はオレ達が騎士団にいた頃通っていた酒場へ足を向けた。
そこは依然と同じ、寧ろそれ以上に騒がしく、賑わっていた。
「お、来たわねっ」
声がして、そっちを向くとおっさんが手を振って奥の席に座っていた。
そして、その横には…。
「ユーリっ!!」
ただでさえ大きい鞄が更にでかく感じる。
「カロル、か?」
「うんっ!!良かったぁ〜、合流出来て。レイヴンがここで待ってれば会えるって言うんだけど、どうにも不安で」
「そんなっ!?少年、酷いっ!!」
「カロルも、この時にここにいたのかい?」
「うんっ!!魔狩りの剣にいた時なんだけどね。実は戦いに行くのが怖くて、ここに逃げ、て…」
「がきんちょの得意技ね」
「うぅぅ…」
「駄目ですよ。リタ。カロルはちゃんと成長してます。現に今はこうしてここにいます。ね?カロル」
「エステルぅ〜」
「全く、エステルはガキンチョにほんっと甘いんだから」
「お〜い、そろそろ話しを進めんぞー」
現状を理解出来ないこの状況下でも、何時もと変わらないペースに若干ほっとする。
「じゃあ、今現在分かってる事を整理しようか」
全員、席につく。
そして、現状を報告し合う。
しかし、大筋はオレ達が通過してきた過去と大して違いは無かった。
小さい事をあげると、フレンの親父さんが生きてた、とか。
この世界のエステルはそこまで厳重に監禁されてはいなかった、とか。
色々あるようだ。
けど、そんな事は正直どうでもいい。
今重要なのは。
「結局オレ達はどうすりゃ元の世界に戻れんだ?」
「これはあくまで仮説に過ぎないけど」
「それでも構わない。リタが考えている事を教えてくれないか?」
「最初、ここに飛ばされる前に、変な声を聞いたじゃない?アタシは断片しか聞こえなかったけど、ユーリとフレンにはもっと聞こえていた。その内容が『後悔はないか?』だった。そしてその後『過去変動保持者確認、システム起動』とも。もしかしたら、これは魔導器だったんじゃないかしら」
「魔導器?」
「けど、リタっち。魔導器はコアが無いと」
「確かにその通りよ。けど、ハルルの樹みたいにどんなものにも例外はある。『後悔していたこと』を『やり直す事が出来るプログラム』を組まれていた『エアルの必要が無い魔導器』だったとしたら?」
「エアルが必要無い?でも…だとすると」
「使い方によっては凄く危険な魔導器だわ。でも『過去変動保持者確認』とその資格があるものしか起動出来ないなら問題は無いのかも」
「それが、僕とユーリだったと?」
「えぇ、多分。それに…二人が同じ場所に辿り着いた。だとすれば、きっと同じ後悔があるんじゃない?」
同じ後悔。
オレとフレンは言葉を失った。
きっと、フレンとオレが一番後悔している事…それは。
「隊長…か」
「あぁ。そう考えれば父さんが生きていたのも納得が出来る。父さんが生きていれば、騎士団を恨む理由は無い」
「成程な…。オレ達が過去を変えやすい様にそういう流れが出来上がってるって事か」
「その為に必要な人間も集められている」
オレ達の仲間達が揃っていると言う事か。
「リタの言う所の魔導器で違う過去に飛ばされた事は分かった。そうすると結局僕達はその過去の後悔を取り除かないと戻る事が出来ない。そう言う事かい?」
「多分」
「だったら話は早ぇな」
「あぁ。隊長を救えばいい。今度こそ」
オレ達は詰所へと戻った。
流石におっさんとカロルはギルドの方に戻ったが。
翌日、オレ達は隊長と別れてしまう、あの場所へ向かう事は知っていた。
だから、おっさん達とはそこで合流する約束をして。
エステルとリタはヒスカとシャスティルの部屋に泊まらせることにした。
隠すとかえって危険だから、双子にはエステルの素性を明かすと、突然対応が馬鹿丁寧になる。
それにオレとフレンは苦笑いするしかなかった。
その夜に隊長から湖の遺跡に向かう調査が言い渡される。
そして、翌日…。
町民の見送りの中、オレ達は湖の遺跡へと向かった。
リタが未来で得た知識をフル活用して、エアルの影響を受けない制御装置を作り上げ、全員の腕にはブレスレット型のそれがつけられている。
行く途中、湖からエアルの触手が現れるが、リタの強力な冷気の魔法と、オレとフレンの連携で事無きを得た。
正直、当時の時間よりもかなり早い。
あっという間に、遺跡まで辿り着いた。
何時かと同じように、隊は二つに分けられ、そして副隊長に隊長が何かを話している。
フレンの話だと、この時に隊長は副隊長にこの一連の事件の犯人の名を告げたらしい。
オレ達は、一気に中へと向かっていく。
気付けば、オレとフレンは隊の先頭を歩いていた。
何故かしんがりが隊長。
「行くぞっ、ユーリっ!!」
「おうっ!!」
襲いかかってくるゴーレムの弱点も知っている。
ゴーレムを繋ぐエアルの筋を斬り、ガンガン進んでいく。
遺跡の入り口を抜け、中庭の様な場所に辿り着いたと同時にフレンの顔が強張った。
そうだ。
ここが隊長を失った原因の一つ。
今度こそ、助ける。
オレとフレンは大きく頷いた。
「隊長、あっちです。あっちにエアルの貯まっている場所があります」
フレンが隊長に向かって指さすと、隊長は納得したように頷いた。
「良く知ってるな〜、フレン」
「え?あ、その、それはっ」
「上から見えたんだよな、フレン」
横から腹を小突きながら言うと、フレンは必死に頷く。
「へぇ〜。どこどこ?」
言いながら、ヒスカが入口を覗きこむ。
一瞬の空気の流れ。
しまったと思った時には遅かった。
入口から伸びて来る触手。
隊長が素早くヒスカを助ける様に弾き飛ばし、その腕にはエアルの触手が刺さる。
「隊長っ!」
「てぇーーいっ!!」
フレンが呼ぶ声ともう一つの声が重なった。
大きな斧が触手を分断し、追撃をかける様に、隠れようとする触手に無数の矢が落ちる。
「カロル、おっさんっ!!」
「ユーリ、大丈夫っ!?」
「助かった。って、ぞろぞろいるなー」
「よぉ、ユーリ」
シゾンタニアに居座っていたギルドの面々が次々と現れる。
そうか。
翌々考えたら、メルゾムの部下が食われる前に、色々倒して来てるから皆いるんだな。
知っているから、誰も減る事が無い。
「隊長っ!」
ヒスカの声にはっと我に帰り、オレは隊長の方を振り返った。
慌てて、エステルが近寄り治癒術をかける。
きっとここにいる誰よりもエステルの治癒力が一番の筈。
そして、その考えは間違っていなかった。
「こりゃ、すげぇな。血が止まった所か痛みも全然ない」
「エステルの治癒術だからな。それより隊長、もう平気か?」
「あぁ、問題無い」
「よし、んじゃ行こうぜっ。奥に」
更に奥へとオレ達は進んだ。
今度はギルドの面々も一緒に。
オレ達が知っている過去よりもずっとずっと人数が多い。
この奥にはゴーレムが集合して巨大化したゴーレムが待ち受けている。
その事を知っているのはオレとフレンだけ。
オレ達は慎重に奥へと向かった。



