若葉
【6】
「ユーリ…?」
隊長の目が不思議そうにオレを見る。
オレは何時ものように余裕の笑みを浮かべた。
「今度こそ、絶対に助けるぜ?隊長が嫌だと言ってもな」
「…ユーリ、お前何言って…?」
「皆、頼むぞっ!!」
叫び、オレは落下する隊長がいる場所へと飛び移る。
「お、おいっ!!」
隊長が焦るが、それもある種想定内だった。
隣に着地して、上を見ると、それなりの高さだ。
そうか、隊長はこんな風にオレ達を見ながら…未来を託してくれたのか。
「何て事しやがるっ!!俺はもう助からないっ!!だが、お前は違うっ!!そんな事も分からないのか、ユーリっ!!」
「…分かってるよ。分かってるから、ここに来たんだ隊長」
「ユーリ…?」
分かってるから…。
「もう、アンタが死ぬ所を見たくないからここに…過去に来たんだっ!!行くぞっ!!こっから脱出して皆で生きて帰るっ!!」
ぐっと込み上げる何かを飲み込み、オレは隊長の腕を肩に回す様に立ち上がる事を促す。
地面はどんどん下へと向かっている。
「皆っ!!あそこじゃっ!!ウチが入って来たあの場所を更に広げるのじゃっ!!」
「はいっ!!」
「了解よっ!!」
「行くぞ、皆っ!!」
四人の術技が一斉にパティが侵入した天井の穴に向かってぶつけられ、大きな音を立て広がった穴。
瓦礫が落ちない位の術技の強さ。
そして、カロルが大きく息を吸い、笛を吹いた。
人には届かない音でも、その音は…。
キュルルゥーッ!!
「みんな、お待たせ」
成長前のバウルとそれに乗っかった若干幼いけど相変わらずスタイルが抜群のジュディスが現れた。
「なっ!?まさか、始祖の隷長かっ?」
「お、流石隊長。物知りだね」
からかう様に言いつつ、オレはジュディスに叫んだ。
「ジュディっ!!隊長を頼むっ!!」
「了解」
ジュディスはバウルと共に旋回し、オレ達の横まで来ると隊長を自分の後ろに乗せて急ぎ高く高く飛び上がった。
「先に行っているわ。みんな。気をつけてね」
「おう。頼んだっ」
隊長が助かったのならこんな場所に用は無い。
『ユーリっ!!』
皆の呼ぶ声に頷き、オレは崩落していく瓦礫から瓦礫へと飛び移る。
っつーか、この鎧動き辛い。邪魔だっ。
鎧と籠手と重い物は全て脱ぎ捨てて、飛び移っていく。
だが、結構落ちていたらしい。
皆のいる所に後一歩と言う所で届かない。
だが、ここにいる訳にはいかない。
ここでオレは死ぬわけにはいかねぇしな。
意を決して、助走をつけて飛び跳ねる。
皆のいる崖まで後少し。
この手さえ届けば、何とかなる。
精一杯手を伸ばし…。
あと、数センチ…。
駄目、かっ!?
オレの手はギリギリで届かない。
けど、その腕をガシッと何かが掴んだ。
それは…。
「フレン…」
「相変わらず、無茶をする奴だな。君は」
「ははっ。オレの専売特許なんでね」
フレンがぐっと力を込めて、オレを引き上げる。
昔と同じようにフレンがオレごと後方に倒れた。
「エステル、フォースフィールドを展開するんじゃっ!」
「はいっ!!」
呪文を唱えエステルの能力で辺りに巨大な防御壁が出来上がる。
急いでオレは立ち上がり、フレンも立ち上がった。
「ヒスカとシャスティルはエステルの援護。騎士団連中もそれに続け。リタは所々道が無くなってる可能性もある。その道を確保。カロルはオレと一緒に先導。フレンはエステルを抱えて走れ。ギルドの連中はパティとしんがりを頼むっ!!皆兎に角出口まで一目散に走れっ!!」
オレの号令に、皆が頷く。
「エステリーゼ様、失礼をっ!」
フレンがエステルを抱き上げ、皆一斉に走り出す。
正直ここまで無傷に近かったんだ。オレ達は全員崩壊する遺跡から無事脱出した。
暴走した魔導器と遺跡が崩壊した際に放たれた衝撃波はやはり過去の通りにシゾンタニアへと直撃した。
※※※
外にいた副隊長達と合流して、オレ達は橋を逃げ切ると、そこにはジュディスとおっさん、そして木にもたれかかる様にして体を休めている隊長がいた。
「エステル、頼む」
「応急処置はしといたから、後は嬢ちゃんに任せるわ」
「はい」
エステルがフレンの腕から降りて、急ぎ隊長に駆け寄る。
「あ、私達も」
「手伝うわ」
「…必要無いわ。寧ろアンタ達の魔導器がエステルには邪魔になる。黙って見てなさい」
ヒスカとシャスティルをリタが押し止める。
エステルは隊長の傷跡に手をかざし、小さく呪文を唱えると。
エステルと隊長の足元に青く巨大な魔法陣が展開される。
もしかして、高度の治癒術のリザレクションだろうか。
そしたらやっぱり、隊長はあの地点で死を覚悟してたんだろう。
フレンを弾き飛ばした時に。
そっとフレンを見ると同じ事を考えていたのか、視線がかちあい…フレンはそっと目を閉じた。
オレも言葉を出そうとは思わず、エステルに視線を戻す。
「…ふぅ」
エステルが大きく息を吐く。
そしてゆっくりと立ち上がると、オレ達の方を振り返った。
「これで大丈夫の筈です。とは言え暫く安静にする必要はありますが」
「そっか。助かったぜ、エステル。サンキュな」
「ありがとうございました。エステリーゼ様」
「いいえ。ユーリとフレンの大事な方なのですから当然です」
穏やかに微笑むエステルを力強く思いながら、オレ達は隊長に歩み寄った。
「隊長。大丈夫か?」
「おぅ。流石に戦闘は無理だがな。しっかし、お前等の連れてきた姫さんは凄いな」
「自慢の『仲間』だからな」
「僕とユーリがこれからの人生で得るかけがえのない仲間達です」
オレとフレンの後ろに皆が立つ気配を感じて、口元に笑みが浮かぶ。
「そうか。そこにいんのはシュヴァーン隊長殿か?」
えっと…。
オレ達が口籠っていると。
おっさんはオレ達の横に立って、素直に頷いた。
「そうだ。お前さん達の上官だ。それで。それを知ってお前さんはどうする?」
じっとおっさんと隊長が睨みあう。
すると隊長はそんな緊迫感を破る様にふっと笑った。
「…いや。一発殴ってやろうかとも思ったがな。その感じだと、多分こいつらに殴られたパターンだろ」
「ははっ。良く分かってるじゃない。ガツーンと一発ずつよこしてくれたわよ。皆で」
おっさん同士で何か通じる物が出来たらしい。
「さ、てと。皆、戻るぞー」
「えっ?隊長。大丈夫なんですかっ?」
「そうですよっ。もう少し休んでてもっ」
「さっきの衝撃波みただろ?これから町が色々忙しくなる。それに、やらなきゃなんねぇ事がある。そうだな?ユーリ、フレン」
隊員の制止を跳ねのけて隊長は立ち上がり歩き出すと、オレ達に背を向けたまま問い掛ける。
そうだ。
まだ、オレ達にやることはある。
オレ達がいた、大事にしていた物を何もかも破壊した人物を捕える事。
だが、隊長が心配なのは確かで。
「でも、折角エステルが治してくれたのにここで無理をしたら無駄になってしまうわ」
「そうじゃの。隊長も実は腹立ってるのは分かるがの。ここを堪え部下に頼むのも上に立つ人間の役割ってもんじゃないか?」
パティの威圧感が半端無い。
何時もは子供の姿にその威圧感がほとんど感じられなかったが、こうなると。
隊長ですら黙らせるその姿を見ていると流石としか言い表せない。
「ユーリとフレンが、どうして過去に戻ってまで隊長を助けようとしたのか。そこをしっかりと考えてやれ。年長者だろう?」
「…そう、だな。美人で切れ者。ユーリ、フレン。お前達はすげぇの仲間にしてんな」
「ははっ。オレ達も実際のその姿を見たのは初めてだけどな」
「うん。まさかここまで貫禄があるとは思わなかったな」
「なんじゃなんじゃ。そんな事ではウチの婿にはなれんぞ、ユーリ」
さっきまでの圧はどこへやら。
何時も通り抱きついてきて、しかも体格差を考えないで飛び込むものだから、危うく倒れかかる所をフレンが支えてくれる。
「じゃあ、私がバウルと一緒に隊長さんを町に連れて行くわ」
「すまねぇな」
「いいえ。こんな素敵なおじ様と一緒に空のデートなんて役得だわ」
「ははっ。こんなおっさんですまんが連れてって貰えるか」
「えぇ。喜んで。色々お話しましょう?色々、ね」
ジュディスの目が光り輝いて、一瞬背筋にぞぞっと何か冷たいものが走る。
「おい、フレンっ」
「ユーリ、嫌な凄く嫌な予感が…」
バウルがやってきて、二人が乗り込み空へと舞い上がる。
「ふふっ。最初は何を聞こうかしら…」
何を、聞こうかしら…?
……。
…………。
「フレン…」
「ユーリ…」
互いに青ざめた顔。
「皆、走って帰るぞっ!!!!!」
オレとフレンは全力で走りだした。
願わくば、隊長がジュディスにオレ達の過去を根掘り葉掘り聞かない事を祈って。



