若葉
【7】
全力で走り切って、むしろ隊の連中を置いてくる位でオレ達は街へと帰ってきた。
そんなオレ達が見たのは、すべての現況を作った男が連行される姿だった。
「…何故、貴様達まで生きている。死んだのは誰もいないとっ?どういう事だっ!?私の作戦は完璧だったはずだっ!!」
腕を拘束されていながらも尚、攻撃を仕掛けようとするその眼は既に冷静さを保っていない。
あの、オレとフレンに剣を突き付けられた時でさえ変わらなかったのに、だ。
「…ガリスタよ。いい加減諦めちゃどうだ?お前達はこいつらに負けたんだよ」
「認めん…。そんな事認めてたまるかっ!!」
囚人輸送用の馬車にガリスタは放り込まれ、中から叫び続ける。
オレ達はそんな奴の姿を見送り、隊長の部屋へと集まった。
勿論、この隊にいる連中も全員がそろっている。
そして、出た言葉は。
「流石にこの人数がこの部屋にいるのはきついな」
と、その場にいた全員が脱力する隊長の言葉だった。
「って、隊長。あんたが呼び出したんだろうが」
はっと我に返って突っ込みを入れると、その場に笑いが起こる。
けど、実際ここにいて話をするのは難しそうだったため、オレ達は雑談をしながらも、全員が確実に入れるであろう食堂へと向かい、各々落ち着く場所へと移動した。
オレはいつもの様に壁にのっかかって、フレンはエステルの横に立ち、ジュディスはオレの横に。
他のメンバーも隊員達も静かに席についた。
「今度こそ、ちゃんと話をまとめっか」
隊長が大きく頷いて皆に聞こえるように話す。
隊員、皆が大きく頷いて、そして、隊長はオレ達をじっと見た。
「ユーリ、フレン。まずはお前らだ」
「…だな」
「ユーリ。お前はあの時、『過去』に来たって言ってたな」
「…あぁ、そうだ。オレ達はここから数年後の世界から来た」
きっと簡単には信じられない言葉だろう。
そう思って言ったのに。
「やっぱりそうなんだ」
「だよな。あのユーリがあんなに賢いはずがないからな」
「そーそー。数年たってるってんなら、まだ納得がいく」
「むしろこれから起こる事知ってたら誰でも動けるわよねーっ」
あはははははっ。
「って、ちょっと待てこらっ。そりゃどう言うことだっ」
オレの言葉に今度はフレン達まで笑い出す始末。
「お前ら。オレに失礼過ぎだろ」
「後輩はそれぐらい我慢しなさいっ」
「ひでぇな」
相変わらず、おちょくられたままって感じだが。
そんな空気を破ったのはやっぱり苦労性の副隊長だった。
「ほらほら。本題に戻るぞ。隊長もいいですね」
「あぁ。それで、ちょっと聞きたいんだがな」
「はい。なんでしょうか」
「もし、ここにいるお前たちが未来のお前達だと言うなら、ここにいる筈の本来のお前達は?」
…隊長の問いた質問は尤もな事だった。
そう。
オレ達がここにいるって事は、この時代のオレ達はどこにいるのか。
いきなり飛ばされてきて、しかも過去の人間の体に入っている。
正直、こればっかりはわからない。
「…まだ、確証はないけど。ここはユーリとフレンがやり直したい過去。その目的さえ達成すれば、アタシ達は問題なく帰れるはず。そうすれば、本来ここにいる筈のアタシ達も帰れると思うわ」
リタがハッキリと言い切った。
あのリタがここまで言い切るんだ。
きっと確証はないと言っていながらも、リタの中ではその仮説は成り立っているんだろう。
だったら、問題はない。
「そうか。…じゃあ、ユーリ、フレン」
呼ばれて、オレ達は隊長を見た。
すると、隊長はどこか困ったような顔で言った。
「すまねぇが、オレらのユーリとフレンを返してくれねぇか」
「えっ?」
「…お前たちの心残りはオレだったんなら、そろそろ戻れるはずだろ?」
「そりゃそうだ、けど」
「お前たちが、オレの隊にいた、ナイレン隊にいたフレンとユーリだって事はもう十分わかってる。解ってるからこそ、オレにはオレたちの時代のお前らを育てる義務があるんだよ」
「…隊長」
「お前さん達が、こうしてオレ達を助けたいと思えるような人間にするっていう義務がな」
皆の視線がオレとフレンに注がれる。
何か言わなきゃならないだろうか。
口を開こうと息を吸ったその時。
バアアンッ!!
耳を裂くような爆撃音が聞こえて、建物全体が揺れた。
突然のことに、皆咄嗟に膝をつく。
バァンッ!!
爆音は連続で鳴り、建物を揺らす。
一体何が起きたのか、頭がさっぱりついていかない。
「総員、戦闘配置っ!!至急現状を報告っ!!」
流石の隊長が叫ぶ。
その場にいた人間全てが『了解』の一言で動き出す。
オレ達も急ぎ、爆音がする方へと走る。
天井から瓦礫が落ちてくる。
ふと仲間が気になって足を止め振り返る。
「カロル、大丈夫かっ!?」
すると、そこにはしゃがみ込んで頭を抱えて震えているカロルの姿があった。
慌てて走り寄るが、カロルは一目見てわかるくらい怯えている。
「カロルっ!?おい、どうしたっ!?」
「こ、ここ、どこっ…?怖い…こわいこわいこわい…」
「カロル…?」
「ナンの後を追ったはずなのに、どうして僕こんなとこに…」
ナンの後を追って?
何を言っているのか理解が追い付かなかったが、すぐに気付いた。
もしかして…。
「…そういう事ね。…カロル。私と一緒に外に行きましょう。ナンとも合流させてあげるわ」
「ほ、ほんとに…?」
「えぇ。私、嘘は苦手なの。さぁ、行きましょう」
カロルの手を握り、ジュディスが安心させるように微笑むとカロルも何とか立ち上がる。
「皆、『後で』会いましょう」
そう。
カロルは一足先にオレ達の時代に帰ったんだ。
その証拠にカロルはこの時代のカロルに戻っている。
それに気づいたジュディスは、カロルを連れて外に出た。
でもオレ達にはどうする事も出来ない。
その力に抗うすべを知らないから。
ならば、進むしかない。
オレとフレンは走り出した。
隊長たちがいる場所へと。
仲間たちはその間にどんどん未来へと帰っていく。
おっさんが帰り、パティが帰り、リタが帰り…。
皆何故ここにいるのかを疑問に思いながらも、この場から逃げ去り姿を消した。
仕方ない。どうしようもない。
本来ならばここにいる筈のない人間だ。
オレ達もいつ戻されるか解らない。
だったら、とにかく急ぐ。
この状況をせめて解決してから、戻りたい。
走る足を必死に速める。
走り続けてオレ達が辿り着いた場所。
それは…。
「ガリスタの研究室…?」
「そのようだね」
中から戦いの音が、剣がぶつかる金属音や魔術の飛び交う音が聞こえ響く。
「加勢するぜっ!」
「あぁっ!!」
「きゃんっ!」
「はいっ!」
オレ達は各々武器を構え、中に入ろうとした、その時。
ドォンッ。
「きゃあああっ!!」
「ぐあっ!?」
突風に弾き飛ばされ、隊員の皆が散り散りに飛び、窓や本棚に叩き付けられる。
唯一立ってるのは隊長と隊長がかばったシャスティルのみ。
「隊長っ!!皆っ!!」
「おや。まだ鼠がいたようですねっ!」
「なっ!?ガリスタっ!?」
「捕まった筈ではっ!?」
確かに見送った筈の人間がそこに立っている。
その姿に愕然とした。
なんで、捕まった筈の人間がここに?
だが、そんなのは明白だった。
未来を生きた自分には、わかり切ったこと。
「…アレクセイだな」
「っ!?、何故、それを知っているっ!?」
「これにも絡んでいた訳か…。くそっ!!」
この後、きっとパティのアイフリードの事件が起こるだろう。
これも、ガリスタの事件もきっとアレクセイの計画に組まれていた。
こんな事が今になって解るなんて…。
自分の無知さに吐き気がしてくる。
「どうしようもない事に悩んでいる暇はねぇ。今は、ガリスタ。てめぇを止めさせてもらう」
刀を抜き、ガリスタへと向ける。
同じように、フレンが隣で剣を抜く。
一瞬も気を抜けない空気があたりを包む。
カタッ。
小さな破片が落ちる音が、合図だった。
オレとフレンは一斉に走り出す。
右からの攻撃を避けて、左から切りかかり、それを結界で防がれると、エステルの補助魔術で強化されたフレンの剣がその結界を破壊した。
防御壁がなくなったガリスタが自分から遠ざける為に、火の玉が大量に放たれる。
それを切り捨てて、間合いを詰めた。
とどめだ。
剣を握り直し、そして…。
フレンが上から、オレが下から剣を振った。
その時、オレ達が見たものは、
―――ガリスタの勝ち誇った笑い。
闇の刃が、ガリスタの手に表れ、オレとフレンに放たれる。
咄嗟に体が動く訳もない。
オレ達の体に、闇の刃が襲い掛かる瞬間。
目の前に、鮮やかな青が立ち、そのでっかい背中を闇の刃が貫いた。
青が…赤く染まっていく。
「うおおおおおおおっ!!!!」
唸るような叫びが、その鍛えられた手に握られた大剣が、ガリスタの体を貫いた。
ゴフッ。
ガリスタの口から血が吐き出される。
「ガリスタ…。てめぇに、こいつらは、オレの、ナイレン隊の隊員は殺させん…」
大剣が引き抜かれ、ガリスタはそのまま倒れ、もう動く事はなかった。
そして…。
「隊長っ!!」
シャスティルの悲痛な叫びがあたりに響き渡った。



